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企業フィランソロピーはコストでなく価値の源泉

グローバル企業の成功事例から何が見えるか

[小林立明]日本公共政策研究機構 主任研究員

前編ではフィランソロピー活動に取り組む企業が増えていることを説明しましたが、今回はその具体的事例をひも解いていきたいと思います。

スタイルとして目新しいのは、フィランソロピーの一環としてCSV(社会的共有価値の創造)を実践する例ですね。日本だと、CSV企業を宣言しているキリンが筆頭でしょうか。関連して、シェアード・バリュー・イニシアチブの動向も気になります。2011年にマーク・クレーマーとマイケル・ポーターが提唱してから急速にネットワークが拡大し、現在ではこのコミュニティに参加している専門家が全世界で1万人を超えています。

このイニシアチブがフォーチュン誌と協力して作成した“change the world”は、全世界トップ50のソーシャル・イノベーション企業をリストアップしています。2015年が初回で、ボーダフォン、サファリコムやグーグル、ウォルマートなど、それぞれユニークな活動が取り上げられています。残念ながら、米国企業と英国企業が中心で日本企業はトヨタのみですが、アジアからは、灌漑設備を安価に敷設して農業生産性を高めるインドのテクノロジーベンチャー、ジャイン・イリゲーションや、マイクロファイナンスを普及させているバングラデシュのグラミン銀行、オンラインマーケットのシステムを開発して農民に販路を提供する中国のアリババなどの企業も入っていて参考になります。

ちなみに、今後シェアード・バリュー・イニシアチブに期待したいのは、CSVの評価手法の開発です。FSG* が定量評価のためのロードマップを公表していますが、さらなる精緻化が必要だと思います。グローバル統合報告や社会的インパクト投資のIRIS評価指標と連携させれば、CSVはより大きな広がりを見せることでしょう。逆にいうと、それなしでは単にいい話で終わってしまう気がして、それが気になるところです。

5,000万ドルをかけ10万人の若者に職業支援をするシティ財団

個人的には、 金融機関のフィランソロピー活動に注目しています。特にリーマンショック以降、欧米の金融機関はフィランソロピー活動を強化しています。低所得者へのマイクロファイナンス、都市における貧困コミュニティの開発、金融排除層への金融包摂支援など、金融の本業を通じた支援を行っているのが興味深いですね。ここでは例として、シティ(CITI)財団とJPモルガン・チェースの例を紹介しましょう。

シティグループが擁するシティ財団は、さまざまなフィランソロピープログラムを展開しています。

2014年から取り組む「Pathways to Progress」は、3年で5,000万ドルをかけ、10都市の10万人の貧困層の若者を対象に、起業訓練やリーダーシップ育成、メンター支援などを通じて彼らの就業と起業を支援するというものです。この2年で3,500万ドルを投入し、70のビジネスをスタートさせるなど、既に7万人を支援しています。従業員も1万7,000人がこのプログラムにボランティアとして参加し、貯蓄の大切さを教えたり、銀行への起業プレゼンテーションの仕方を指導したりと実践的な金融教育を施しています。

「サービス・ワークス」というプログラムではNPOの協力を得て、若者にボランティア活動への機会を提供します。また、夏休みを利用したアルバイトの紹介と金融教育を同時に行う「サマー・ジョブズ・コネクト」や起業訓練を行う「Make Your Job」、キャリア準備と職業訓練を行う「メンターシップ2.0」、就職支援の「Youth Opportunity Fund」など、多彩なラインナップで厚みのある支援を行っているという印象です。

面白いのは、金融包摂** の分野でも内外のさまざまなプロジェクトに資金を提供していること。マクロファイナンス機関であるアクシオンのようなグローバルネットワークの活動を支えるとともに、チャリティ財団の金融教育や起業支援のプロジェクトなどもサポートしています。

金融包摂を促進し、マーケット開拓も視野に入れるJPモルガン

JPモルガン・チェースも財団を通じて貧困の問題に取り組んでいます。2014年には、全米50州と世界44カ国の非営利組織に2億ドルを提供。4万人の従業員がボランティアに従事しているといいますから、規模の大きさがうかがえますね。

財政破綻したデトロイト市に1億ドルを投資してコミュニティ開発、中小企業向けローン、就業支援、将来の経済成長への投資などを行っているほか、社会的インパクト投資に6,800万ドルを投入。農業、住居、教育、水と衛生、保健医療、運輸など多様な領域で、4,400万以上の人々にケアをもたらしています。

貧困層への金融サポートである「Financial Capability」プログラムは、金利の高い融資を避けるなど金融能力の強化を目指したコーチングや、金融サービス開発機関に資金を提供して金融包摂を促進する新たなテクノロジーと商品を開発しています。アプローチも多彩で、融資仲介サービスのプラットフォームを提供して債務の解消とクレジット履歴の向上を支援する「LandStreet」や、金融行動のモニタリングに基づいて信用を構築し、サブプライムローン利率を引き下げる「Ascend」、スマートフォンによる支出行動の分析を通じて少額の貯蓄形成を支援する「Digit」など、貧困層の生活を向上させると同時に、FinTechを活用して彼らをターゲットにした新しいサービス開発を行う、そこに可能性を感じます。

ボランティアにしても社員の専門性を生かしているのが面白いですね。「Technology for Social Good」プログラムはソーシャル・セクターに役立つテクノロジー開発のために社員がボランティアをするというもので、Code for Good Challengeへの参加やForce for Goodによる社員派遣などを行っています。

また、シンクタンクに依頼して自社のフィランソロピー活動の社会的インパクトを評価する手法の開発と評価、成果共有ネットワークの構築を行うなど、定量的把握にも努めています。このあたりは戦略の奥深さを感じさせます。もっと言うと、JPモルガンのすごいところはフィランソロピーでモデル事業を実施し、成果があがればこれを政府に提言して制度化していこうという姿勢ですね。社会変革の担い手としての熱意も感じますし、また、将来的にはビジネスとしての展開も視野に入れてビジョンを描いている点にアメリカのフィランソロピーのダイナミズムを実感します。

テクノロジーを武器にユニークなフィランソロピーを展開するグーグル

企業フィランソロピー全体で見ると、いま一番面白い分野はITテクノロジーだと思います。

グーグルのフィランソロピー部門「Google.org」は、毎年1億ドルのグラントと20万時間のボランティア、10億ドルの製品を提供しています。規模もさることながら、その切り口が先端的でまさにフィランソロピー活動を通じて新しい時代を実現しようとしていて面白いです。

例えば、絶滅危惧種の野生動物にタグをつけ、特別なセンサーでモニタリングし、密猟・密売を阻止しようというWWFの活動に資金を出しています。また、彗星発見からホエールウォッチングまでさまざまな科学的調査に市民が参加してデータの収集・解析に協力できる「Zooniverse」というプラットフォームの構築にも資金を出しています。こういう「わくわく感」のあるプロジェクトを支援するところがグーグルらしさですね。しかもおそらくどこかで商品化できそうだということで取り組んでいるんでしょう。

もちろんNPO支援もしていますし、GmailやGoogleカレンダーなどアプリを無償配布しているのも社会貢献の1つです。Youtubeに寄付ボタンをつけてファンドレイジングを支援しようとする動きもあります。これは、NPOの資金調達に革命をもたらすかもしれません。

ビジネスと社会貢献に境界を設けず、自分たちが面白いことをやって、それでお金が集まって社会も動くならいいじゃないかという観点ですね。グーグルの成長を見てもわかるように、こうした姿勢は結果的にイノベーションの創出にも役立っていると思います。


一般社団法人 日本公共政策研究機構は公共政策に関する研究、教育、データ整備及びネットワーク形成を目的として、NPO、NGO、市民社会、フィランソロピー、ソーシャル・キャピタル、ソーシャルファイナンス、公共政策に関する研究・情報収集などを行っている。代表理事は大阪大学大学院国際公共政策研究科教授の山内直人氏。
http://www.jipps.org/

* FSG
Foundation Strategy Group。2000年にマーク・クレーマー氏とマイケル・ポーター氏が創設した非営利のコンサルティング・ファーム。CSVだけでなく、マルチセクターで社会貢献を推し進める「触媒型フィランソロピー」を提唱している。

シティ財団は他にも、30カ国1,820万ドルをマイクロファイナンス機関に提供する「マイクロ起業アワード」、全米11都市で低所得者層の起業・就業を支援する「シティ・アクセラレーター」、2年間で2,000万ドルを投じ、都市の低所得問題に取り組むNPOの基盤を強化する「コミュニティ・プログレス・メーカーズ・ファンド」などを実施している。

** 金融包摂
貧困層も含めた全ての人に金融サービスを提供しようとする考え方。

経営陣がコミットして、本業、財団、
フィランソロピーを有機的に組み合わせる

こうした事例を横断的に見ていくと、フィランソロピーを成功に導くポイントがいくつか浮かんできます。

第一は、全社的な取り組みが必要だということ。経営陣がコミットして、本業、財団、企業フィランソロピーを有機的に組み合わせるのです。一般論として日本の企業ではまだCSRが傍流という印象ですが、グローバル企業はCSRを経営の中核として戦略的に位置づけています。

そのうえで、これは第二のポイントになりますが、企業リソースを積極的に活用すること。CSVであれCSRであれ、専門分野の強みを発揮することです。社員のボランティアなら、街の清掃のような単純労働ではなくてプロボノとして専門性で貢献する、あるいは単なる寄付ではなく本業部門でコミットメントするという具合です。

例えば金融機関なら農業の開発に貢献してもできることは限られますから、金融のネットワークとノウハウを使ってどのように社会貢献できるかを考える。そういうスタイルが主流になっていくと思いますし、翻っていえばそのような取り組みをしているところが成功すると思います。

第三に、良きパートナーを見つけること。具体的にはNPOとの連携ということになるかと思います。企業だけが単独で実施しても効果は限られるので、グローバルに展開しているNPOと協働する方が大きなインパクトが見込めるでしょう。

第四に、フィランソロピー活動を将来への投資ととらえること。現在、さまざまな金融企業系の財団が、開発途上国の貧困層にFinTechを通じて金融サービスを提供するという活動を展開し、成功を収めています。仮にこのモデルが先進国に適用され、低所得者層の金融包摂が可能になれば、結果的に金融機関は今まで手つかずだった大きなマーケット拡大の可能性を手にすることになります。

第五に、全てのステークホルダーへの説明が挙げられます。JPモルガンなどは非常に読み応えのあるCSR報告書を提出しています。投資家向けには、潜在的なマーケットとしてアメリカの貧困層にこれくらいの価値があって、だから我々は資金を投入するんだという説明をしっかりして、投資としての価値を正当化している。もちろん、顧客やNPO向けには、自分たちの取り組みが貧困コミュニティにおける金融包摂を目指すCSRなんだということも明確に発信します。また、発信の仕方も、成果を定量的に把握し、数字を交えて客観的に説明します。こうした努力を通じて、株主を納得させ、同時に顧客やNPOの信頼も得ることができるのです。

利潤追求・経済価値至上主義ではないもう1つのオルタナティブへ

最後に、今後のフィランソロピーの可能性について、企業フィランソロピーと、個人やNPOを含めたフィランソロピー全体の2つの文脈で考えてみます。

まず企業フィランソロピーでは、企業価値とは何かという根本的な問題が問われていることに留意したいですね。株価だけを指標とする株主資本主義が金融危機で挫折し、非財務的な価値が見直される中で、企業が社会にどのようなポジティブなインパクトをもたらすのか、あるいはネガティブなインパクトを最小化していくのかといったことまでトータルにとらえて、初めて企業価値が定義される時代になってきました。

このような大きな転換の中で、「フィランソロピー=コスト」という発想から「フィランソロピー=価値創出」という発想に変わっていくと思います。これをジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所のレスター・M・サラモン教授は「フィランソロピーのニューフロンティア」と呼んだわけですが、近年、提唱されているこれ以外のさまざまなアイデア*** もこの大きな転換点を何とか概念化しようという試みだと思います。

利潤追求・経済価値至上主義ではない新たなオルタナティブを求めた結果が、「フィランソロピーのニューフロンティア」としての企業フィランソロピーやCSVであり、これが目指すのは、非財務的価値を含めたトータルな企業価値の向上である。こうした大きな流れの中で企業とフィランソロピーの関係を考えると、企業の社会貢献活動を経営の中核に統合し、マーケティングから人材育成、サプライ・チェーン・マネジメントまで、企業活動のさまざまなレベルで相乗効果を図ろうという発想が生まれてくるのだと思います。

例えば、IBMの「Corporate Service Corps」はトップマネジメント候補者を選抜し、新興経済国に4週間滞在して現地コミュニティの課題解決に取り組むというプログラムですが、これは要するにCSRを使ったリーダーシップ育成ですね。企業はフィランソロピー活動を通じて、人材育成すら図ることもできるということです。掛け声だけでなく、企業の価値はCSR活動を通じて高まっていくことを象徴するプログラムといえるかもしれません。

フィランソロピーは10年先の新しいビジネスモデル構築の手掛かり

歴史的には、企業の社会貢献は寄付やボランティアなどの企業フィランソロピーからCSRへ、そしてCSVへと発展してきました。ESG投資の発展や国連責任投資原則の普及など、企業の社会的責任が資金調達や格付けに影響するようにもなっています。

さらにグローバルな動きとして環境、社会、労働、人権など非財務情報の開示も進んでいますから、企業は自然とESGに自覚的にならざるを得ないという実情がある。フィランソロピーが企業価値に直結する時代が始まっていると思います。

また、フィランソロピーによるBOPマーケット支援やテクノロジー開発は、企業に新たなビジネスチャンスをもたらす可能性も持っています。先ほど申し上げたようにJPモルガンやシティ財団が行っているフィランソロピーは、開発途上国で発達した金融包摂をリバース・イノベーションの形で先進国に持ち込んでいるわけです。先進国の貧困層マーケットに金融が参入する余地は大きい。そういう意味でもフィランソロピーは10年先の新しいビジネスモデル構築の手掛かりになり得ます。

こうして見ていくと、資金調達、人材育成、商品・サービス開発、マーケティング、企業ブランディング、パブリック・リレーションズなど、全ての面でフィランソロピーが有効なツールとして利用される方向に向かっているのではないかと思います。

個人の社会的価値を創造する行為として発展が見込まれる

個人レベルのフィランソロピーも変わってくるでしょう。フィランソロピーという行為は、ボランティア、寄付、倫理的購入、社会的投資、クリック募金のワンクリックなど、どのような形であっても、人と肯定的につながり、社会の中に改めて自分を価値づける契機となります。フィランソロピーは個人にとっても自らの社会的価値を創造する行為として発展していくのではないでしょうか。

特に日本は人間関係が希薄ですよね。ことによると自分と世界をつなぎとめる絆を見失いかねません。そのとき最初にやるべきことは「与える」ことだと思うんです。「与える」とそこから人間関係が始まります。フィランソロピーは「与える」場を人々に提供することで、結果的に人とのつながりや社会との関係性を回復させていくツールだということもできるでしょう。

例えば、サイト上のボタンをクリックすると企業からNPOに寄付が回るクリック募金は、自分がお金を払わなくてもできる身近で手軽な社会貢献として注目を集めていますし、NPOの募金活動にスマートフォンを通じて参加できる「かざして募金」も登場しています。フィランソロピーは余裕のある人だけのものでなく、誰でもどんなシチュエーションでもできて、かつポジティブな価値を生み出すものになりつつある。この流れをテクノロジーが後押ししている気がします。


小林氏が翻訳を手掛けた『フィランソロピーのニューフロンティア――社会的インパクト投資の新たな手法と課題』(ミネルヴァ書房)では、欧米の新たなフィランソロピーの概要と課題を分析している。著書はジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所のレスター・M・サラモン教授。

*** 例えばBlended Value、Collaborative Capitalism、Conscious Capitalism、2000年代初頭にビル・ゲイツ氏らが示したCreative Capitalism、経営学者のフィリップ・コトラー氏が言うソーシャル・マーケティング、フィランソロピーとキャピタリズムを組み合わせたPhilanthrocapitalismなど。

モニターインスティチュートが2010年に発表した「What’s next for philanthropy」には、触媒型フィランソロピーや共同ファンディングなど新たなフィランソロピー手法が紹介されています。コミュニティ型のフィランソロピーも進化していくでしょう。フィランソロピーの手法はこれからも多様に発展し、個人や社会により身近な存在になっていくのではないか、そうなるといいなと期待を込めて行方を注視していきたいですね。

WEB限定コンテンツ
(2016.4.20 江東区の日本公共政策研究機構 東京ラボにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

(小林氏提供の図版を元に作成)

小林立明(こばやし・たつあき)

1964年生まれ。東京大学教養学部相関社会科学専攻卒。米国ペンシルヴァニア大学非営利指導者育成修士課程修了(修士)。国際交流基金、日本財団、日本NPOセンター勤務等を経て現職。2012年9月より2013年12月まで、ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして、「フィランソロピーのニューフロンティアにおける助成財団の役割」について研究。主な関心領域は、フィランソロピーのニューフロンティア、社会的投資、戦略的グラントメイキング、社会的インパクトのための戦略策定・評価など。日本評価学会認定評価士。日本NPO学会理事。関西国際交流団体協議会理事。‎

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