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ステークホルダーとの共創で生み出す
GEのインダストリアル・インターネット

世界の産業やインフラをインテリジェント化

[カトリーヌ・ラウ]GE シニアUXリサーチャー

2016年1月、サービスデザインをテーマとする日本最大規模のカンファレンス「Service Design Japan Conference 2016」が開催された(主催:Service Design Network日本支部)。

登壇者の1人であるGE シニアUXリサーチャー、カトリーヌ・ラウ氏の講演内容と、その後のメールでの質疑応答に基づき、GEにおけるサービスデザインの取り組みについて紹介する。

IoT(Internet of Things/モノのインターネット)が世界中に広がりを見せている。スマートセンサーを内蔵して手軽に最適な温度を維持できる暖房器具や、身体の状態をモニタリングしてくれるウェアラブルのヘルスケア機器、スマートフォンや携帯電話を通じてコントロールできる建物のセキュリティシステムなどはよく知られているだろう。

IoTはこうした生活に関わるものだけでなく、規模の大きな産業機械やインフラにも広がっている。「ゼネラル・エレクトリック(以下、GE)が取り組んでいるのは、まさにその部分です」とカトリーヌ・ラウ氏は説明する。風力発電やジェットエンジン、ガスタービンなど、産業分野へのIoTの実装を進めているのだ。

GEではこれを「インダストリアル・インターネット」と呼んでおり、「大きなモノのインターネット(Internet of Big Things)」と見なすこともできるだろう。

2020年までにインダストリアル・インターネットによって2兆ドル規模のビジネスチャンスが生み出されると見られる。2025年までにインターネットにつながる事業関連アセットの数は、あらゆる種類のデバイスを含めると実に450億に上るという。このうちコンシューマ向けがおよそ160億、広告向けが120億、産業向けが170億を占める。

消費者の実感としてインダストリアル・インターネットのインパクトを感じるのは冒頭に挙げたようなコンシューマ向けプロダクトではあるものの、それを上回るチャンスが産業分野に広がっているわけだ。

「産業機械」「ソフトウェア」「人間」の3つの要素をつなげる

GEが取り組むインダストリアル・インターネットとは具体的にどのようなものか。

まず、航空機、パイプライン、エンジン、鉄道など、あらゆる分野にオンライン化された機械、いわば“インテリジェントな機械”がある。数年前まではネットにつながっていなかったものも接続されるようになり、産業機器やデバイスが生み出す膨大なデータをソフトウェアで管理したり分析にかけることができるようになった。

その結果をワーカーや管理者といった人間にフィードバックする。そこからさらに効率よくインテリジェントな機械を動かすように人間が工夫を加えていく。
「産業機械、ソフトウェア、人間という3つの要素をつなげ、よいシナジーをもたらすことで、初めてインダストリアル・インターネットが成立するのです」(ラウ氏)


ゼネラル・エレクトリックは世界最大の機械、重工業メーカー。航空、医療、鉄道、エネルギー、家電など幅広い分野で事業を展開。設立は1892年。本社はアメリカ・コネチカット州。
http://www.ge.com/

2014年3月にはGE、AT&T、シスコシステムズ、IBM、インテルの5社がインダストリアル・インターネット・コンソーシアムを設立、2016年1月現在、参加企業は世界220社以上に上る。
インダストリアル・インターネットは、ドイツが提唱する「インダストリー4.0」、中国が進める「互聯網+(インターネットプラス)」「中国製造2025」と並び、産業のスマート化を目指す世界規模の大きな潮流になっている。

1パーセントのインパクトで産業全体の無駄を削減

ソフトウェアが人間に与える影響は大きく、そこにこそデザインの重要性があるといえる。

「これまで産業用部門ではあまり人間という要素が重視されてきませんでした。それは注目すべき点です。この産業という文脈の中で我々GEがリーダーシップを発揮できるのは人に着目しているからです」とラウ氏は述べる。

デザインの際は常に人間を中心に考え、人間を産業のプロセスの中に取り込んでいるという。GEでは顧客に対して、エンドユーザーをどう巻き込んでいくかについてコンサルティングを行っているが、それはこういう背景があるからだという。

もう1つ注目すべきポイントとして、インテリジェントな産業機械をつなげていくことで多くの無駄をなくすことが挙げられる。

GEは航空、医療、輸送、石油、ガス、電力といった事業を行っているが、同社の試算では、例えば航空機の燃費を1パーセント改善すると15年間で300億ドル、石油・ガスで設備投資を1パーセント減らすと15年間で900億ドルもの費用が節減できるという。

医療や鉄道、エネルギー分野でも1パーセントがもたらす影響は極めて甚大だ。インダストリアル・インターネットによって省エネが実現すれば、産業全体において非常に大きなインパクトをもたらすことができるだろう。

産業界の因習を変えていくために

大きなメリットのあるインダストリアル・インターネットだが、実用化は簡単ではないとラウ氏は言う。

理由の1つは産業界の歴史の長さだ。特に大規模な製造業は昔からある機械が多く、古いインフラがまだ現役で動いていることが少なくない。そうしたものをオンライン化していかねばならない。また多くの人にとっても、古いしきたりから抜け出すことには大きな努力が伴う。ユーザーである顧客に考え方を変えてもらうことが重要なのだ。

とはいえ、今この瞬間にも爆発的に、しかも膨大な量のデータが発生している。世界に現在存在するデータの90パーセントは過去2年間に生み出されたものとラウ氏は指摘する。全世界で日々、家電やウェアラブル機器、SNSなどがデータを生み出している。このとてつもなく膨大なデータをどう活用するか、賢く考えなければならない。

エネルギー産業を例に挙げれば、200万マイル(320万キロメートル)ものパイプラインが世界中に敷設されている。そのうちの半分は1970年以前に敷設されたものだ。インダストリアル・インターネットを使えば、設備の状態やメンテナンスのタイミングも把握できるので、古いインフラからの流出事故を防ぐこともできるだろう。

機械が発し、ソフトウェアが分析するデータを人類は賢く使っていく必要がある。データは他の人が担当するものだと考えるのではなく、自らの仕事の一部に位置付けなければならない。

ちなみに、パイプライン3万マイルごとに17テラバイトのデータが生み出されるが、これは世界最大の図書館であるアメリカ議会図書館に収蔵された書物の総量より多い。データが増えればセキュリティの面でも、アクセシビリティの面でも課題が増えるが、ユーザーにとってパフォーマンスは重要な要素なので、デザイナーとしてデータの問題にも取り組んでいかねばならないとラウ氏は説く。

インダストリアル・インターネットを実現するコ・クリエイションの手法

GEでは、ラウ氏らデザイナーとデータ分析チームは密に連携しているという。データを深く掘り下げて、ユーザーにいかにスマートに有益な情報を提供することができるか、その方法を検討する必要があるからだ。したがって、現場に出向いて実際に仕事をしているユーザーへのリサーチは必要不可欠だ。

例えば油田の掘削現場にユーザーがいるなら、心肺蘇生訓練や墜落時の脱出訓練を含めたヘリコプターの搭乗訓練を受けてまでも、はるばるその掘削現場油田まで足を運んでリサーチを行わばなければならない。ユーザー理解は極めて重要であり、手間も時間もコストもかける必要がある。
「実際にユーザーにアクセスし、何が起きているかを理解しなければ、真に有用なUX(ユーザー体験)のデザインも、そしてインダストリアル・インターネットも実現しません」

これはデザイナーにとっては改めて言うまでもない事実だろう。しかし、社内のメンバー、特にデザインについて専門外の人々には理解しにくいことかもしれない。

人間は本能的に未知の世界に触れることを恐れる。テクノロジーが進化し、ビジネスを取り巻く環境も変化の激しい時代だが、この状況でインダストリアル・インターネットやUXデザインという未知のものをどうやって受け入れるか。1つの答えにコ・クリエイション(共創)がある。GEで利用している手法の1つだ。

機械、ソフトウェア、人間という3つの要素をつなげ、よいシナジーをもたらす。(ラウ氏提供の図版を元に作成)

マサチューセッツ工科大学スローンマネジメントスクールの情報媒体「MIT Sloan Management Review」にはGEのインダストリアル・インターネットの取り組み事例が紹介されている。(以下サイトは英文)
http://sloanreview.mit.edu/case-study/ge-big-bet-on-data-and-analytics/?utm_source=
GE&utm_medium=referral
&utm_campaign=eycasege16


「Service Design Japan Conference 2016」(Service Design Network日本支部主催)が、2016年1月に横浜で開催された。ラウ氏はここでプレゼンテーションを行った。本稿はその内容をベースにしている。

ソリューションが不明確で合意形成が必要なとき
コ・クリエイションは力を発揮する

GEではコ・クリエイションについて、多様なステークホルダーが一緒になって画期的な問題解決法を生み出すプロセスと定義している。キーワードは「多様なステークホルダー」だ。

会社や部門を超えて、顧客も含めた多くのステークホルダーが一緒に仕事をすることが重要だとラウ氏は言う。
「インダストリアル・インターネットのデザインをするのはデザイナーやデータの専門家だけではありません。いろいろな機能、職能をミックスしていく、そしてそこにリーダーシップをもたらすことが重要です」

エンドユーザーのためのデザインを実現するには、経営トップとエンドユーザーも含めた対話する必要がある。ステークホルダーが一堂に会することで、初めて有意義なワークショップが可能となる。

コ・クリエイションが効果を発揮するのは、以下のマトリクスの右上の部分だ。

明瞭なソリューションへと一緒に到達する

例えば、できあがった製品を販売する段階では、どんなニーズがあり、そのニーズに最適なソリューションは何かということは、おおむね明快になっているはずだ。しかしコ・クリエイションは違う。どんなチャレンジをすべきか、そしてその解決策は何かを顧客と一緒に定義していくのだ。

「コ・クリエイションは新しいアプローチであり、協働の初期段階からステークホルダーが明々白々にソリューションを理解していなくても構わないのです。明瞭なソリューションへと一緒に到達するんです」とラウ氏は強調する。

「まだはっきりしていない状況でステークホルダーと話をする、それでいいんです。何が可能で何が不可能かを言う必要はない。それはみんなで明らかにしていけばいいのです」。これは日本ではまだ知られていない方法だ。アメリカやヨーロッパでは先鞭が着けられているものの、やはり目新しい手法である。

社外に対してだけでなく、社内のステークホルダーとのコ・クリエイションも重要だ。ラウ氏は顧客とのセッションと同じように、社内の他のチームとコ・クリエイションのセッションを行っているという。例えば、ラウ氏はマーケティングとセールスを担当する部門にいるが、新たなコ・クリエイションに引き込むために営業チームとともに顧客を訪問するという。そうすることで顧客はデザインの重要性、不明瞭な状況に取り組む新しいアプローチの重要性を理解することになる。社外と社内、どちらかだけでなく、双方向で取り組まなければ、価値あるコ・クリエイションを実現する関係は構築できないのだ。

WEB限定コンテンツ
(2016年1月23日に横浜で開催された「Service Design Japan Conference 2016」の内容およびメールでの質疑応答を元に構成)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

ソリューションが明確に定義されておらず、なおかつステークホルダーの方向性が明確に一致していない場合に、コ・クリエイションは効果を発揮する。(ラウ氏提供の図版を元に作成)

カトリーヌ・ラウ(Katrine Rau)

GE シニアUXリサーチャー。ヘルスケアやリテール、通信など、さまざまな分野のコンサルティング業務を経て現職。事業目標を特定し、サービスのイノベーションを通じてユーザー課題の解決へ向けた支援を手掛ける。GEでの業務を通じて世界最大のエネルギー事業に貢献。

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