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機能的な階段をハブにして
ワーカーは「アジャイル」に動き回る

[Jemena]Melbourne, Australia

オーストラリア、メルボルンを拠点にするエネルギー会社、ジェメナ。電気、ガス事業をビジネスのコアとしており、現在は中国の大手送電会社である国家電網公司の傘下にある。そのジェメナが本社オフィスを移したのは2017年5月のことだった。

メルボルンの商業・ビジネスの中心であるコリンズストリート567番地に建つジェメナの新しいグローバル本社は、5層のオープンなワークスペースと2層の顧客対応フロアで構成されている。総面積14,000㎡のオフィスでは、以前は複数の場所に分散していた約800人のワーカーが働く。1カ所に人員を集中させることによってワーカーとそのワークスタイルを再活性化させる、つまりこの移転は「コラボレーションを高めるための統合移転」なのであった。

「オフィスが郊外に分散しているのは問題です。統一された企業文化を築くのが難しくなりますからね。だから、7フロアのビルを1つ建てて、複数のチームをここに集めたわけです。おかげで、それぞれが知識を共有し、グループとしてより速く移動・反応できるようになったのではないかと思います。振り返ってみれば、彼ら(ジェメナ)自身が必要としている空間について考え直すいい機会になったのではないでしょうか」(新オフィスのデザインを担当した設計事務所ウッズバゴットのシニア・アソシエイト、スー・フェントン氏)

新オフィスのコンセプトは、移転プロジェクトの過程でウッズバゴットが制作した「デザイン・インテリジェンス・ドキュメント」というペーパーにまとめられた。空間計画のコンセプトは、ジェメナのエッセンスを取り込みながら、空間全体の素材感とカラーリングにインスピレーションを与えた4つの重要なアイデア——『スパーク(Spark)』『キネティック(Kinetic)』『フロー(Flow)』『フォーカス(Focus)』を中心にして展開された。

1つ目の「スパーク」は人々がつながる場所を示す。いわゆる到達地点(廊下など移動空間ではないところ)、ソーシャルスペース、ロビーなどだ。2つ目の「キネティック」はコラボレーション・ゾーン。廊下ですれ違ったときに会話した人たちがそのまま簡単な打ち合わせができるようなスペース。「想定外のミーティングには柔軟性のあるスペースが必要なので、このスペースはいろいろな形に変化させることができます。オープンなオフィスは誰にでも適しているわけではないというのはみんなわかっていて……これはタスクもそうですよね。必ずしもオープンがいいとは限らない。なので、サポート・スペースやプライベート・スペースをたくさん設けたわけです」(フェントン氏)。

3つ目の「フロー」は人や物の循環するゾーンや廊下などを活性化させ、動きを促進させるための場所。そして4つ目の「フォーカス」は共同スペース、つまりワーカーが多種多様なタスクを自分自身のデスク以外でやりたいときに使う場所を指す。フェントン氏はこう補足する。「実は、動き回るとき、移動するときに人々は関わり合い、部署同士のシナジーが起こります。(こうしたスペースを)フロアのあちこちに設置することで、移動中に一緒に仕事をしている人たちとも社交的になり、より親密な関係が築けるのです」。ウッズバゴットの提案の根底には、「アジャイル・ワーキング ※」」がある。「この考え方が、スペースをどう移動するか、異なる作業方法をどのようにスペースがサポートできるかについて考えるきっかけになりました」とフェントン氏は言う。

さらに、これらのスペースは用途に合わせて色分けされている点が非常にユニークだ。社交的な空間である「スパーク」はオレンジとピンク。コラボレーションを生む「キネティック」はブルー。個人での仕事を進めるための隠れ家のような「フォーカス」はイエロー。そして、この3つのスペースを結ぶのが曲線でできた廊下、「フロー」だ。「フロー」には、ジェメナの事業の象徴である水道管をモチーフとした銅製のパイプがデザイン上のアクセントとして至るところに使われている。そう、このパイプの色、赤銅色が「フロー」のテーマカラーというわけだ。

「色の理論については、誰もが同じように感じているわけではありませんが、ある程度の普遍的な証拠があると思います。暖色系で強い色使いは人の目を覚まさせ、強い刺激を与えます。そのような色は活発なエリアで主に使われていますね。青系の色は頭をすっきりさせる効果があり、朝(使われることの多い)空間で、落ち着いて仕事をする場所に振り分けられています。そして、これに関してはそこまで哲学的な思いは入っていないかもしれませんが、黄色系の色が『フォーカス』になっています」とフェントン氏は言う。これらのカラーリングはいずれも薄い色が選ばれているが、これには、全般的に薄い色にすることで光を反射させて色を奥まで届けるという狙い、またオフィス内で多用している木材との調和を考えてのことであるらしい。


(左)
ウッズバゴット
シニア・アソシエイト
スー・フェントン

Sue Fenton
Senior Associate
Woods Bagot

(右)
ジェメナ
プロバティ・チーム
ワークプレイス・ストラテジー・コーディネーター
カイリー・グレイナー

Kylie Grainer
Workplace strategy Coordinator
Property Team
Jemena

※オーストラリアでは座席を固定しないノンテリアオフィスの働き方を総称して「アジャイル・ワーキング」と呼ぶことが多い

  • 7つのフロアを結ぶ階段が、忙しく動き回るワーカーたちの偶発的な出会いを促す。

  • 階段を中心に、至るところでインフォーマルな会話をする風景が見られた。

  • 階段の周辺にはさまざまなアクティビティが行えるよう、多くのサポート的なスペースが設けられた(以下同)。こちらはコミュニケーションスペース。ちょっとしたミーティングが行われることもしばしば。

  • ワーカーが自由に使えるキッチンスペース。

  • 「ハイブ」と呼ばれるテックバー。「ここは、スタッフが抱えるIT系の問題を解決できる、立ち寄り型の場所です。故障していても目の前で解決してくれるので、とても便利ですよ」(ジェメナのプロパティ・チームでワークプレイス・ストラテジー・コーディネーターを務めるカイリー・グレイナー氏)

  • 階段周りには、作業に集中できるスペースもある。「『クワイエット・ルーム』と呼んでいます。いちおう、『No Camping Rule』というものがあるんです。自分専用の場所として使い続けてはいけない、というルールですね」(グレイナー氏)

  • 執務スペースはグリーンを使ったパーティションでいくつかのグループに分けられている。デスクは一人ひとりに割り当てられているのではなく、ワーカーが自由に選ぶ。

  • 「(こうしたグループを)私たちは『ネイバーフッド(地域)』と呼んでいますが、各事業ユニットのネイバーフッドの中では各人が柔軟に仕事ができるようになっています」(グレイナー氏)。

  • ワーカーが持ち寄った本を集めたスペース、「ブッククラブ」。この取り組みは自主的に始められたという。「基本的には信頼ベースで成り立っていて、各自が本を勝手に取って、読み終わったらここに戻すというルールにしています」(グレイナー氏)

  • レセプション前の待ち合いスペース。天井にはブロンズのパイプが張り巡らされている。

  • 11F、窓の外に設けられたガーデンスペース。休憩やちょっとしたミーティングに使えるスペースだ。

新オフィス実現の背景には
「リターン・ブリーフ」による合意形成が

そして、これらの設計を中央で支えるのが、新オフィスの象徴とも言える階段だ。フェントン氏は、彼女たちがジェメナにさまざまなバージョンの階段を提案したときのことをこのように振り返る。「ジェメナ側はこの階段をダイナミックなものにしたいと意気込んでいました。電気やガスを人々に届ける場所の象徴となることに加えて、広々としたエリアでスタッフ同士が気軽に会い、どこかに行く途中で話ができるような場所になることを期待していたのです」

ジェメナが入居する7フロアすべてを縦につなぐこの大階段は、ワーカーがフロア間を移動するためだけにあるものではない。開口部が大きく上下のフロアが見渡せるほか、階段自体が移動するワーカーたちの偶発的なミーティング、コラボレーションを促す。さらに、各フロアの階段周辺にはラウンジ、キッチン、ランチに使えるスペース、ロッカーなどの共有スペースを設けており、これらが「スパーク」の機会を提供している。

しかし、日本的に言えばエネルギー業界は重厚長大、そして保守的なイメージだ。そのような業界内で確たるポジションにあるジェメナが、どうやってここまで斬新な形でアジャイル・ワーキングを取り入れることができたのだろうか。そのためのカギとなる合意形成のプロセスが、「リターン・ブリーフ」である。

通常、こういったプロジェクトにおいては、まずクライアント側から「こうしてほしい」という要望(ブリーフ)が出され、「了解しました」と話が進んでいくものだが、ウッズバゴットはその点の進め方が少々異なる。まず、クライアントと社内のエキスパートによるワークショップを開いて徹底的に仮説を立てて議論を続ける。フェントン氏によれば、この「リターン・ブリーフ」と呼ばれる手法は、ブリーフを固めると同時に、様々なアイデアを試行錯誤する良い機会にもなるという。

「(私たちとしてはクライアントに対して)アジャイルであるべき、ABWであるべき、と言い切りたいわけではないのです。『私たちの提案を見てください』だけでプロジェクトを終えたいわけでもない。会社はそれぞれ特徴があるので、私たちの仕事も毎回変わってきます。そういうことを『リターン・ブリーフ』のプロセスを通して具現化できるので、誇りに思っています。そういう意味では、より『耳を傾ける』『寄り添う』プロセスなのではないかと考えています」

フェントン氏はさらに続ける。「ワークスタイルをアジャイルにすることがオーストラリアでこのように効果を発揮していることはうれしいですね。当初、私たちが社内ツアーなどで訪問客にこうしたアイデアをお見せしたとき、『毎週1日は自宅で仕事をする』というワークスタイルに対して多くの方が懐疑的でした」

コラボレーティブなオフィス、そして大幅なコストダウンの実現にはこうした背景があったというわけだ。「私たちは、お互いにアイデアをシェアし広げることができるスペース、すなわち多くの人々が集まることによって素晴らしいことが起き、多くのメリットを享受できるスペースの可能性を示すことができたいのではないでしょうか」。フェントン氏は最後にこう胸を張った。

  • フロアプラン。ジェメナは11Fから17Fまでの7フロアに入居している。それぞれ11F、14F、16F。さまざまな働き方を奨励したいとジェメナは考えており、いまだ試験段階にあるフロアも存在する。
    提供:ウッズバゴット

  • フロアプラン。ジェメナは11Fから17Fまでの7フロアに入居している。それぞれ11F、14F、16F。さまざまな働き方を奨励したいとジェメナは考えており、いまだ試験段階にあるフロアも存在する。
    提供:ウッズバゴット

  • フロアプラン。ジェメナは11Fから17Fまでの7フロアに入居している。それぞれ11F、14F、16F。さまざまな働き方を奨励したいとジェメナは考えており、いまだ試験段階にあるフロアも存在する。
    提供:ウッズバゴット

  • 階段の構造を示した資料。階段のスペースぎりぎりではなく、吹き抜けスペースを余裕を持って広めにとり、各フロアをつなぐ階段がランダムに構成されている様子が見て取れる。移動しながら上下のフロアの存在が感じられる設計だ。
    提供:ウッズバゴット

  • 階段の構造を示した資料。階段のスペースぎりぎりではなく、吹き抜けスペースを余裕を持って広めにとり、各フロアをつなぐ階段がランダムに構成されている様子が見て取れる。移動しながら上下のフロアの存在が感じられる設計だ。
    提供:ウッズバゴット

【追加質問: コロナ後の働き方について】

Q1: オフィスへの出勤状況について教えてください。何割の人がどのくらいの頻度で来ていますか?
A: COVID前、本部のオフィスは、メルボルンの社員約800人全員を収容することが可能でしたが、実際の占有率は、在宅ワークをしているか、またJemenaの別のオフィスにいるかといった各人の就業方法によって変動しました。平均すると、占有率は75%程度でした。

Q2: テレワークの状況について教えてください。どの職種で行っていますか?また勤怠管理はどうやっていますか?
A: テレワーク、または在宅勤務という就業スタイルは、Jemenaの、特に本部での企業機能にはきわめて適しています。具体的には、カスタマーサービス、デジタル・デザイン、庶務やマーケティング、法務などです。業務の内容から、また技術が必要とされる現場のクルーやコントロール・ルーム・マネジャーたちは、オフィス、または別のJemena関係の現場で仕事を続けています。健全なワーク・ライフ・バランスを奨励し、規定する1日7.5時間を、各人が自分の就業時間にあわせて管理したりアポイントメントを取れるようにしています。各チームのメンバーと就業時間を相談して合意を取り、仕事のパフォーマンスや就業率をモニターする業務は、マネジャーに任されています。

Q3: スムーズに対応できていますか? またあらかじめテレワークへの準備はしていましたか?
A: 技術面での確実性を確保することは明らかなチャレンジではありますが、これが改良されるとともに問題は解消されてきました。最大のチャレンジは、個人間での交流が足りないことです。人がいわんとすることの多くが口頭以外の方法で伝えられることを考えると、対面で向かい合うほうが、相手を理解することは格段に簡単です。また在宅ワークは、一部の人たちを孤立させたり、孤独な気持ちにさせたりする可能性もあります。チーム感覚を維持するために、定期的につながりあうための具体的な方策を講じなければなりません。

Q4: テレワークの面白さはどのように感じていますか?
A: 在宅ワークは、普段だったら目にしない人々の生活の一面を見せる結果になりました。同僚をより知る機会だと考えています。

Q5: テレワークの難しさはどのように感じていますか?
A: 在宅ワークを支援するためのテクノロジーが潤沢に存在する一方で、すべての従業員が同じようにテクノロジーの利用に適用するとは限らないことに留意しなければなりません。誰もが似たレベルのスキルを持つ状況を確保するために、トレーニングが必要になります。

Q6: コロナ後は、働き方を元に戻しますか? あるいはテレワークを残しますか?
A: まだ時期尚早だとは思いますが、われわれの職場復帰計画は、オフィスで働く人の人数を最小に留め、ソーシャル・ディスタンシングを維持しながら、テクノロジーと在宅ワークに大きく依存することになることは確かでしょう。

text: Yuki Miyamoto
photo: Hirotaka Hashimoto

WEB限定コンテンツ
(2019.10 メルボルンにて取材、追加質問は2020.7)

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