このエントリーをはてなブックマークに追加

ノイズこそ大切に守るべき創造性の種

良質なオフィスはモノづくりにいい影響を与える

[鈴木健]スマートニュース株式会社 代表取締役会長 共同CEO

スマートニュース株式会社では「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」ことをミッションに、スマートフォン・タブレット向けニュースアプリ「SmartNews」を開発・運営しています。SmartNewsの特徴は多彩なジャンルから厳選した話題の記事を、電波圏外でもストレスなく読めるところにあり、世界的にも高い評価を得ています。*

“良質な情報”を届けるにはコンテンツの質はもちろんのこと、見やすさや操作性などのインターフェースと、それを裏側で支えるシステムやネットワークも含めたソリューション全体の質の高さが問われます。

社員には現状に満足せず、常に創造的で生産的な仕事を目指してもらわないといけません。そのためにマネジメントがすべきことの1つは、オフィス環境の整備だと考えています。

「個体の知能」と「集合知の知能」を引き出す

脳だけを使っていても創造性は十分に発揮できません。人間を含めて、生命というものは身体を使って知能を実現しているからです。身体が感知する情報を元に世界を理解し、世界へ働きかけているわけです。

身体と環境は密接な関係にあり、相互作用している。ということはつまり、環境をデザインすることで身体性に基づいた知能を活性化して、創造性や生産性を高められるはずです。また、環境はそれぞれの個体が相互作用する場でもあるので、集合知を創り出す力もあると考えられるでしょう。

同時に、会社で働く人は起きている時間のほとんどをオフィスで過ごしています。そこを社員にとって過ごしやすく創造性を発揮しやすい空間にしておくことが、「個体としての身体の知能」と「集合知としての知能」を引き出すことにつながります。

スマートニュースは世界のニュースアプリのデファクトスタンダードを作ってきた、イノベーションを起こしてきたという自負があります。そして、これからもイノベーションを起こし続けなくてはなりません。他のどこにもない独創的なアイデアを生み出していかなくてはならない。これはスマートニュースに課せられた使命でもあると考えています。

その意味でも環境の力を援用して社員の創造性を高めていくことが重要で、オフィスデザインはそのために考えなくてはならないと僕はとらえているのです。

社員の多様なワークスタイルに対応するために

今のオフィス(渋谷区神宮前)へは2015年2月に移転してきました。といっても一通りの工事が終わったのが同年5月のことで、今も少しずつ変化している途中です。

以前のオフィス(渋谷区桜丘)は125坪で、現在は540坪ですから、スペースは4倍強に拡大したことになります。移転の理由はいくつかあって、1つは社員が増えてきて手狭になったこと。会社の規模が大きくなっても、組織の一体感を維持するためにワンフロアで働ける環境がほしかったんです。今のところ社員数は50人程度ですが、将来的に150人くらいに増えても一緒に仕事ができるということで、ここへ移転してきたというわけです。

知的生産性の面でもいくつか改善したい点がありました。1つは、社員の多様なワークスタイルに対応しきれていなかったこと。例えば、桜丘のオフィスは活気があってコミュニケーションも活発でしたけど、引きこもって集中するのにふさわしい場所が少なかったんですね。2つある会議室の小さい方にエンジニアが引きこもってプログラムを書いたりしていて、そこは「精神と時の部屋」** と呼ばれていました(笑)。

そこでオフィス刷新にあたって、引きこもれる場所を随所に作りました。フロアの奥に壁で仕切った集中エリアを導入したほか、海外とのカンファレンスに使うフォンブースでも仕事に没入することができます。フロアの隅や壁の陰にも、あえてちょっとしたスペースを空けてあるので、さりげなく引きこもることも可能です。

同時に、コミュニケーションをより活性化して創造性の種ともなるノイズを増やしたいとも思いました。そこで固定席を設けて仕事の生産性や能率を確保しつつ、フロアのあちこちにテーブルとチェアを置いてフリーアドレスでも作業できるようにしました。また、靴を脱いで上がるフリースタイルゾーンでは、寝そべりながら新しいアイデアをひねり出したり、地べたに座ってのミーティングでフラットな議論を交わすこともできます。


スマートニュース株式会社は、独自開発のウェブ解析技術を基盤に各種ニュースメディアと連携したニュースアプリ「SmartNews」を150カ国以上に展開、ダウンロード数は世界で1500万を超えている。サンフランシスコとニューヨークにも拠点を持つ。代表取締役は鈴木健、浜本階生の両氏。2012年6月設立。
http://about.smartnews.com/ja/

* SmartNewsは、一般社団法人デジタルメディア協会の「デジタル・コンテンツ・オブ・ジ・イヤー‘14/第20回記念AMDアワード」の「優秀賞」「AMD理事長賞」や、「Google Play Best of 2013」の「アプリオブザイヤー 2013」を受賞している。

** 漫画『ドラゴンボール』に登場する外部と隔絶された異空間。

  • 奥の固定席エリアとフリーアドレスである左手前のボックス席が共存するオープンなオフィス空間。

  • フリースタイルゾーンでは各自が思い思いの体勢で仕事に取り組む。

  • 壁全体がホワイトボードなので、どこでも図や数式を書きながら議論できる。

  • 集中エリア。部屋ごとに壁の色を変えており、気分に合わせてブースを選べる。

  • 3つあるフォンブース。スカイプで海外のオフィスとやりとりするほか、英会話学習や集中作業の部屋と しても活用されている。

  • ニューススタンドに並ぶ紙媒体は、ニュースアプリの作り手の素養を磨く。

壁一面のホワイトボードが
スケールの大きな議論を生み出す

創造性向上の面での課題の2つ目は、ホワイトボードの不足です。以前のオフィスでは議論の際にボードを求めて移動しなければいけないのが不便で、何よりボードの大きさは議論のスケール感に影響を与えます。小さいスペースに書いていくと、数式やアイデアを拡張できないので話も小さいスケールに留まってしまう。

そこで新しいオフィスではアイデアペイントを塗って壁や柱をホワイトボード化して、議論の場所やスケールに制約を持たせないようにしました。実際、どこでも議論ができるようになったし、話をどんどん拡張できるようにもなって、社員のクリエイティビティはより深化していると感じます。

“どこでもホワイトボード”のアイデアは、アメリカのサンタフェ研究所にならっています。以前、この研究所を訪れたとき、いたるところにホワイトボードやペンで書けるガラスがあって、研究者たちがあちこちで活発に議論していました。これはすごい、いつかそういうホワイトボードだらけの空間を作りたいと思っていた。それがようやく実現した形になりますね。

状況に応じて役割を変える、なめらかなオフィス

もう1つ、僕らは良質なコンテンツを配信することをミッションにしているので、社内でも新聞や雑誌など紙のコンテンツに触れる機会を増やしたかった。これも課題でした。

以前のオフィスでも新聞や雑誌をマガジンラックに置いていましたけど、あまり手に取られていなかったんです。そこでニューススタンドの形にして、食べ物や飲み物を物色するように頻繁に立ち寄って手に取る場所を作りました。これも効果はあって、紙媒体に触れる頻度が上がったと感じています。

どこからでもアクセスできない場所を作りたくない、分野をまたいで社員の交流を促したいという思いから、オフィス全体に仕切りがほとんどありません。壁を設けるのでなく、カーペットの色を分けることでゆるやかにゾーニングしています。

そして、1つのスペースが複数の役割を兼ねています。例えばフリースタイルゾーンは自由なワークスタイルの場であり、フラットな議論の場であり、時にはストレッチや軽い運動の場にもなります。フリーアドレスのスペースも、打ち合わせや来客応対に使ったりします。エリアとエリアがなめらかにつながり、その時に応じて役割を変えたり、拡張・縮小したりする。いわば、なめらかなオフィスです。

フリースタイルゾーンやホワイトボード、ニューススタンド、そしてオフィス全体のなめらかさ。いずれも一見無意味に思えるかもしれませんが、僕らにとってはこうした環境が生み出すノイズこそ大切に守らなくてはならない創造性の種、イノベーションの呼び水なんです。

オフィス環境の向上は生活の質の向上に直結する

良質なオフィスは、中長期的にいいモノづくりに影響を与えると思います。いいモノを作るためには、いいモノに触れている必要がある。僕らが作っているのはニュースアプリですけれども、それを通じてユーザーにどういういい体験をしてもらいたいかを考えるとき、人生のありとあらゆる体験や記憶がデザインや意思決定に影響を与えるわけです。

最初に話したように、僕らは起きている時間のほとんどをオフィスで過ごすわけですから、オフィス環境を向上することは生活の質そのものの向上をもたらします。生活のあらゆる場面で脳の中で起きる感覚、何が心地よくて何が不快かといったことを自分が味わっていないと、それをどうやってユーザーに味わってもらうか思いを巡らせることができない。そこはマネジメントにおいて忘れてはいけないことだと思います。

僕らは技術力を大きな武器にしているけれど、だからこそ技術だけが先走って、人間にとっての心地よさが置き去りにされることのないようにしなければいけない。細部にまでしっかりと気が配られたモノづくりを続けていくために日常の中に良質なデザインやコンテンツとの出合いが必要で、だからこそこのオフィスは僕たちのモノづくりの力を底上げしてくれるものと確信しています。

WEB限定コンテンツ
(2015.11.16 渋谷区のスマートニュース本社オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Takafumi Matsumura


壁のホワイトボードにスケッチされたアイデア。

鈴木健(すずき・けん)

スマートニュース株式会社 代表取締役会長 共同CEO。1998 年慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。情報処理推進機構から天才プログラマーに認定。著書に『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)。東京財団研究員、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター主任研究員等歴任。現在、東京大学 特任研究員。2006年株式会社サルガッソー設立。2012年スマートニュース株式会社(旧:株式会社ゴクロ)を共同創業。

RECOMMENDEDおすすめの記事

新たなビジネスの潜在価値を社員にリマインドする

[AUTODESK]San Francisco, California, USA

インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは

[尾木蔵人]三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際営業部副部長

シェアの概念を取り入れて、オフィスを脱・類型化する

[成瀬友梨×猪熊純]株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する