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テクノロジーを開放し
自ら“つくる”人材を支える

歴史的建造物がソーシャルイノベーションの起点に

[Waag Society]Amsterdam, Netherlands

  • 先端技術を一般に開放する
  • 個人に向けて様々なオープンプログラムを開発
  • インターネットからナノテクノロジーまで多岐に展開する存在へ

Waagはオランダ語で「計量所(Weigh House)」の意。かつて商取引が行われた建物内に計量所があったことが名の由来だ。

ギルドとして使われた部屋も今に残る。レンガ職人のギルドは会議室として利用。最上階は外科医のギルド。はるか昔、犯罪者の死体を用いた解剖実験が行われたという。壁に掛けられたレンブラントの絵画「テュルプ博士の解剖学講義」の舞台はここなのだ。

現在、建物を使用しているのは、ワーグ・ソサエティ。ここを拠点に市民と先端テクノロジーを結びつけ、ソーシャルイノベーションを生み出すための公益団体だ。言うなれば「テクノロジーを民主化する」試みである。

取材日はちょうどオープンデイにあたり、多くの市民が訪れていた。彼らは建物2階のファブラボが目当て。無料で自由に使える、個人のためのものづくりスペースだ。プラスティックカッターやレーザーカッター、3Dプリンターなど様々な工作機械が揃う。いずれもMIT推奨の最新機材だという。

年齢・性別・人種を問わず多様な利用者が訪れる

ファブラボは今や世界的なムーブメントだが、「ユーザーの意向をくみながらワーグ・ソサエティならではの特色を出していきたい」とオープンデザイン・ラボのカレン・ファン・デル・モーレン氏。

スペースを無料開放する見返りに作品や家具を提供してもらう「持ちつ持たれつ」の関係もあるらしい。実際、ワーグ・ソサエティ内の家具や内装品は、ほぼファブラボで作られたもので賄われている。

この日は、家具デザイナーの作業風景を見ることができた。3Dで図面を書き、カスタムメイドの家具を組み立てるビジネスアイデアを模索中とのこと。子ども連れの日本人女性の姿も。聞けばご近所らしく「子どもはサイエンスが好きなんです」「今日はステッカーを作りました!」。

様々な製品のプロトタイプが無造作に転がっている環境下、ふと壁に目をやると義足が飾られていた。インドネシア等に向けて義手や義足を開発する研究チームがあるそうだ。金属ではなく、現地で調達しやすい竹やパイナップル、バナナの繊維などのマテリアルに取り組んでいるという。


もともとは計量所として建てられ、一時は博物館として使われたこともある建物を約20年前にリノベーションし、現在に至る。

創業:1994年
職員数:42人
https://www.waag.org


壁に飾られた義足。現在FabLabでは、インドネシアなどに向けて、現地で手に入る安価で自分で調節のできる義足の開発に取り組んでいる。

  • もともとはレンガ職人のギルドが入っていたというスペースは、現在会議室として使われている。レンガ職人の技術力を見せるためのショールームとして使われていたそうだ。

  • 最上階のイベントスペース。かつて公開解剖が行われていたことにちなみ、レンブラントの絵画「テュルプ博士の解剖学講義」が飾られている。

  • ワークショップなどに使われるスペース。建物内部は、さまざまな機能の異なるスペースがシームレスにつながっている。

  • 建物の角のデッドスペースを利用して設けられた会議室。ごく少人数でしか使えないものの、適度に閉じられた空間であるため、そこが気に入った利用者は多いのだそう。

産官学の連携を促すだけでなく
一般市民も参加できるプログラム

政府と協力した市民参加型のプログラムが運営されている。医療・介護関連のクリエイティブケア・ラボ、子どもにテクノロジーを教えるプログラムを開発するクリエイティブラーニング・ラボ等6つのプログラムがあるが、この建物を主に使っているのはオープンデザイン・ラボ。マテリアルを用いた手作業が多く、下の階のファブラボとのつながりが深いためだ。クリエイティブラーニング・ラボのカリエン・フェルメーレン氏にオープンデザイン・ラボで進行中のプログラムを解説してもらった。

「大手電力会社と財務省、ワーグ・ソサエティの共同で、スマートメーターのプロジェクトに取り組んでいます。家のエネルギー消費のデータが常にアップロードされるもので、ヨーロッパでは設置の義務づけに動いています。でも人々はその機能をまったく知らなくて。そこでメーターを分解して中身を見てもらい、データの内容やデータの扱い方を一緒に考えていく。電力会社から『ワーグ・ソサエティにアドバイスを求めたい』という話をもらったのを機に始まったんですよ」

この例に限らず、6つのラボで動いているプロジェクトは、外部からの提案という形で始まることが多いという。ワーグ・ソサエティ全体で取り組むものもあるが、プロジェクトの内容が明快なら、該当するラボに振り分ける。

ラボに集まる人間のバックグラウンドは、メディア研究、多文化コミュニケーション、心理学、建築、映像、工学、工業デザインと、多様の一言だ。彼らは皆1つのラボに所属しているが、知識や技能を求められて他のラボに参加したり、ラボ同士が共同作業したりすることもままある。


大航海時代、1階は計量所、2階はギルドとして使われていた。外観はもちろん、内装も当時のものを極力残しているという。


(左から)
ディレクター
マリーン・スティッカー

クリエイティブラーニングラボ
カリエン・フェルメーレン

オープンデザインラボ
カレン・ファン・デル・モーレン

  • バイオテクノロジーとライフサイエンスを扱うオープンウェットラボの様子。バクテリアの色素を使ってインクに代わる新しい絵の具をつくり出す実験が行われていた。

  • 電子工作系の作業に使われるスペース。工具も豊富に揃っている。

  • 作業中の家具デザイナー。3Dで基本の図面をつくり、顧客の希望に合わせてサイズを変え、家具を販売する事業の実験段階とのこと。

  • レーザーマシンを使って写真を加工している若者たち。友人の卒業写真にレーザーを焼き付けてレトロな風合いに加工し、プレゼントするのだという。

先端テクノロジーの開放が
利用者の起業につながるケースも

ソーシャルイノベーションが使命のワーグ・ソサエティとあってプロジェクトは建物外ともつながる。大学やメディアパートナー、専門家、またテクノロジーの恩恵を直接受けるユーザーなどを巻き込むのが常だ。オープンデイに一般からアイデアが持ち込まれることも珍しくないらしい。また年1回、各ラボのリサーチアジェンダがレビューされるが、そこにも外部の第三者を招く。そのアジェンダに社会的な価値があるか、厳しく問われる場だ。

そもそもワーグ・ソサエティの誕生は1994年。アーティストを含めた一般市民がインターネットに触れる場として設立された財団法人だ。時代が移るにつれて、医療やファブリケーション、バイオテクノロジー、ニューロンテクノロジーと新しいテクノロジーに取り組んできた。彼らの使命の第一は、そうした先端テクノロジーを一般に普及、定着させること。とはいえ、ワーグ・ソサエティは新しいテクノロジーを用いた製品を生み出す場所としても優秀のはず。

「ラボにおけるリサーチの成果を市場に出す意図で、スタートアップのような団体をつくったこともあります。ワーグ・ソサエティのスピンオフですね。『Fairphone』というソーシャルエンタープライズ(社会事業)も。財団としては直接関わることができないので、独立した会社として設立されています」と語るのは、ディレクターのマリーン・スティッカー氏。

その資金の20%は、クリエイティブ関連産業やアムステルダム市、文化省などからの提供による。また50%はヨーロッパの教育やヘルスケアに関するプログラムから。残りはリサーチ契約、共同研究費として企業や団体から提供されたものだ。

活動をすべてオープンにし、社会事業につなげていく

ただ、ワーグ・ソサエティはあくまで独立した財団法人であり、大学や政府とのつながりはない。ここでの成果は全てパブリックドメインとして公に発表、共有される。

むろんソーシャルイノベーションを促すためだ。オープンリサーチにオープンソース、全てがオープン。必要であればスピンオフの会社も生まれるが、それも社会事業であることが必須だ。市場主導型であるものの株主主導ではない。社会的な価値主導型の組織とでも言うべきだろう。

今後ラボが増える可能性もあるというが、やはり社会との関わりを第一に問われる。「社会の将来にインパクトを与えられるか、ということですね。それから、企画する人間の遊び心と情熱、テクノロジーをパブリックドメインにするというワーグ・ソサエティの理念。これらの条件を満たすプロジェクトなら、どんなものでも」(スティッカー氏)

ワーグ・ソサエティによるテクノロジーの開放がこの国の個々人のクリエイティビティに活力を与えている。

コンサルティング(ワークスタイル):自社
インテリア設計:自社
建築設計:歴史的建造物

WORKSIGHT 07(2015.4)より


「THE FAB CHARTER」と名付けられた、FabLabの憲章。組織のミッションなどについて書かれている。


かつてFabLabのインターン生が卒業制作で作ったというボードゲーム。現在はFabLab内に飾られている。


オープンウェット・ラボに飾られた遺伝子組み換えについて問うアート作品。

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