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顧客に提供する全ては「サービス」。
企業の使命はその価値を最大化すること

サービスデザインの本質とその可能性

[長谷川敦士]株式会社コンセント代表取締役、インフォメーションアーキテクト、HCD-Net認定 人間中心設計専門家、Service Design Network National Chapter Board、Service Design Network Japan Chapter代表

サービスデザインの概念がグローバルに普及してきています。私は、サービスデザインの国際組織であるService Design NetworkのNational Chapter Boardおよび、日本支部の代表を務めており、サービスデザインに関する国内外の動向を見聞きする立場にありますが、特に日本では「サービス業におけるサービスの最適化」と単純認識されがちで、それは本質を外した理解だと感じています。

サービスデザインとは、サービス産業と呼ばれるものだけではなく、製造業や販売業などを含めた全てのビジネスが顧客へのサービスである、という考え方の元に事業自体を再定義するものです。ここで言うサービスとは「顧客の利用体験(=ユーザー・エクスペリエンス)」であり、これを軸として、製品であるモノ自体、およびそれに紐づいてユーザーに提供されるソフトや体験全てをひっくるめて「サービス」ととらえ、企業と顧客との関係性を見つめ直し、その顧客への提供価値を最大化することが、サービスデザインの本質なのです。

グッズ・ドミナント・ロジックからサービス・ドミナント・ロジックへの移行

サービスデザインが広がりを見せる背景には、企業の事業運営についてのパラダイムシフトがあります。

先進国ではモノがあふれて飽和状態にあり、さらに新しい何かを提供することが難しくなっています。機能や性能をひたすら追い求めたところで、それがユーザーのニーズと本当に合致するわけではありません。

ユーザーが真に必要とするものを問い直し、モノ、コトに関わらず全体をサービスとして提供し、ユーザーが受け取る価値を最大化する。すなわち、モノ主体のグッズ・ドミナント・ロジックから、サービス主体のサービス・ドミナント・ロジックへとビジネスの視点を移行させているのです。

グッズ・ドミナント・ロジックサービス・ドミナント・ロジック
概念顧客に提供されるのは、製造された「モノ」自体顧客に提供されるのはサービスであり、「モノ」はそれを構成するための一要素
顧客への提供価値「モノ」自体の交換価値・サービス全体の使用価値
・顧客と事業者との関係性

図:サービス・ドミナント・ロジックとグッズ・ドミナント・ロジック(長谷川氏提供の図版を元に作成)

株式会社コンセントは、「モノ(=成果物)」だけではなく「コト(=体験・しくみ)」のデザインで、長く良い関係を企業と消費者との間に築くことをコンセプトに事業を展開。印刷媒体、ウェブサイト、インタラクティブコンテンツなど幅広く企画、開発するほか、ユーザーエクスペリエンスデザイン、サービスデザインを軸とした、商品・サービス開発支援なども行っている。
http://www.concentinc.jp

多くの日本企業は、顧客を第一に考えるとか、ユーザーとの接点を大事にしてユーザー・エクスペリエンスを改善しようといった姿勢を掲げてはいるけれども、実際には現場には数値的な売上目標があり、収益性を重視する体質から脱却しきれずにいます。数値目標が達成できた上でユーザー・エクスペリエンスをよくするのだと、ユーザー・エクスペリエンスを付加的なものとして認識している。そうではなく、サービスの提供を第一義に考えて、それを実現するためにモノを売る、サービス主導で事業をとらえるわけです。

また、サービスを普及させれば売上が毎年上がっていくというモデルがそもそも成立するとは限らないわけで、根本から事業のあり方を問い直すのがサービス・ドミナント・ロジック型の企業経営です。そういうパラダイムシフトの中で、ではそのサービスをどうやって設計していくかを考える、その思考の枠組みがサービスデザインなんです。

サービスデザイン思考の5原則

サービスデザインの基礎概念は次の5原則に集約されます。

  1. ユーザー中心
  2. 共創
  3. インタラクションの連続性
  4. 物的証拠
  5. ホリスティック(全体的)な視点

特に重要なのは「ユーザー中心」「共創」の2点でしょう。ユーザーを第一に据えても、サービスを提供する側と受ける側を対立構造的に捉えてしまうと、サービス自体がモノとして扱われてしまいます。良いサービスを享受するにはユーザー側の参加意識が必要です。

サービスを企画し、生み出し、消費するシステムにユーザー自身も参加することで、サービスというバリューを受けると同時に、サービスを洗練させる。その過程でユーザーはひょっとしたら自己変革が図れるかもしれないし、深い理解が得られるかもしれません。あるいは、自分自身がサービスの提供者になることもあり得るでしょう。ユーザーと事業者、企業内の部門同士、あるいは事業体全体の横断的なつながりなど、関係性を一緒に作っていくことが重要です。

生産をオープンにするということはリスクも発生します。参加者を広く受け入れることに対する批判もあるでしょうし、情報を制限することによるアドバンテージを失うことにもなります。しかしそれも織り込んだ上でのサービスを提供する姿勢が問われるということです。

3つめの「インタラクションの連続性」は、一定の時間をかけて展開するものであるサービスの、時間軸をよく考慮するということです。例えばコーヒーショップに行って、注文を急かされればあわただしく感じますし、コーヒーが出てくるのが遅ければじれったいと思いますよね。前者はレジの問題で、後者はバリスタの問題かもしれません。機能で切り分けていればユーザーが実際に感じるストレスを把握することはできませんから、連続するユーザー・エクスペリエンスの視点でサービスを捉えることが必要です。これはロングタームのサービスについても当てはまることです。

触れるものは全てサービスの構成要素たりうる

4つめの「物的証拠」については、サービスというものがインタンジブルな(触れられない)概念であることに由来します。コーヒーショップの例でいえば、味や香りなどコーヒーそのもの、カップ、照明、チェアやテーブルの使い心地などから、その店独特の雰囲気や心地良さが作られます。つまり、そこで提供されるサービスはモノを通じて体験されるわけです。

どんなサービスであれ、じかに触れられるものでしか人は体験できません。最終的には全てモノに還元されるということを、サービスをデザインするからこそ意識しなければいけません。言い換えれば、触れるものは全てサービスの構成要素たりうるということでもあります。

5つめの「ホリスティックな視点」というのは、サービスを取り巻く環境全体に包括的に目を配るということです。

事業単位でビジネスが動き、収益性も重視されるという現状から考えると、サービスデザインを導入するには難易度が高い面もあるでしょう。その際、例えば事業ドメイン以外のことは他社と連携する道も考えられます。企業が儲けを得るためという企業視点ではなく、サービスが継続的に提供され得るには、事業主体としてどうシステムを作って維持していくか。そこまで考えるのがこれからの事業のあり方です。

事業者が勢いでサービスを作っても、やがて息切れして途絶えてしまうとしたら、ユーザーとしてはそんなサービスは最初からない方がいい。例えば、Dropboxが急になくなったら、はしごを外される感じで困りますよね(笑)。その意味で、事業者のサステナビリティもサービスデザインでは極めて重要で、そのために事業者は適切な利益を上げることが求められます。

図:サービス・ドミナント・ロジックとグッズ・ドミナント・ロジック(長谷川氏提供の図版を元に作成)

株式会社コンセントは、「モノ(=成果物)」だけではなく「コト(=体験・しくみ)」のデザインで、長く良い関係を企業と消費者との間に築くことをコンセプトに事業を展開。印刷媒体、ウェブサイト、インタラクティブコンテンツなど幅広く企画、開発するほか、ユーザーエクスペリエンスデザイン、サービスデザインを軸とした、商品・サービス開発支援なども行っている。
http://www.concentinc.jp

『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases――領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計』(マーク・スティックドーン、ヤコブ・シュナイダー編著、ビー・エヌ・エヌ新社)はサービスデザインについて基礎概念、思考ツール、導入事例などをまとめた格好の入門書。長谷川氏も日本語版の監修に参加している。

サービス開発と体制作りが
企業の抱える2大検討課題

サービスデザイン思考が世界的に広がりを見せる中で、企業が抱える課題は大きく2つ挙げられると思います。

1つは具体的に良いサービスをどうやって作ればいいか、サービス自体の設計をどうするかということ。もう1つは、良いサービスを作るために組織や事業はどうあればいいか、すなわちサービス・ドミナント・ロジック型の組織をどう作るかということです。

理想は体制作りを先に行い、そこから良質のサービスを作りだすこと。実際、海外ではその動きが加速していて、いわゆるシリコンバレー系(米国ITベンチャー企業)のスタートアップは、最初からサービス・ドミナント・ロジック型の概念で組織を作り、次いでサービスを開発していくケースが増えています。国際会議でも数年前まではサービスデザインの手法論に注目が注がれていましたが、最近では組織作りに主眼が移ってきています。

この点、日本企業はやや立ち遅れています。組織の形をどうするかという議論の前に、ユーザーに良い体験を提供したいという意識はあってもなかなか体系立てられていないので、今はまず1番目の良いサービスを作るための課題を掘り下げているという印象です。実際、コンセントでもその部分のサポート案件が大変多いです。

立ち遅れている要因はいろいろあると思いますが、1つ言えることは、多くの日本企業では、ビジネスの発展やサービスクオリティの向上がトップダウンの指揮でなく、現場の社員による最適化によって成し遂げられてきたことが関係しているということです。

現場の意識の高さは諸刃の剣

日本企業は“お客様”の声を聞くことは大変うまいです。銀行でもコンビニでも、多少の差こそあれ接客は丁寧で店内も清潔です。顧客側の要求水準の高さによって、日本企業のサービスは高い水準を求められるようになったという側面と、日本人がそもそも持っている丁寧さや貢献意識といった気質、価値観も、モノやサービスの提供水準を高度に発展させたと思います。

接客の規範が社内にあったとして、これが例えばアメリカであれば規範内のことをして終わりでしょう。でも日本では規範以上のことまでしてくれる従業員がいます。会社に言われたからでなく、「お客様が喜ぶから」とサービスクオリティを勝手にボトムアップで高めているところがある。事業者側が意図したものではなく、マーケット主導のサービスクオリティの向上という側面があると思います。

ボトムアップの最適化によってユーザーのニーズを満たす、この日本ならではのサービスのあり方は諸刃の剣でもあるでしょう。

プラスの面は現場の自律性、自発性が高いということで、権限を与えればアメーバ的に改革の実現が期待できます。現場のボトムアップで成立するシステムのほうが、中央集権で全てコントロールされるシステムより無理が生じません。自然界を見ても多様性のあるものの方が生き残っていくし、生態系としてはリアリティーがあります。

ただ、大企業に限っていえば現場に多様性があるということは、企業のアイデンティティが保ちにくい事態を招きますが、両方をバランスよく担保することができれば、ボトムアップで動くシステムで日本はアドバンテージを発揮できると思います。

一方のマイナス面は、ドラスティックな一大変革、すなわちイノベーションが起こりにくいことです。ユーザーは自分の潜在ニーズを自分で把握できません。革新的な価値というものは構造が全く違うわけですからユーザーは認識できないんです。

現場の最適化で実現するのは、あくまで場面ごとのユーザーのニーズに合わせること。本質的な価値が何かを俯瞰し、今はそこに無いけれどもあった方がいいものを斬新な切り口で提示するには経営の意思決定が必要です。しかし、多くの日本の企業はボトムアップで状況最適化を図ってきたので、これがなかなかうまくいかない。従って抜本的な改革を生み出しにくいという面があるのではないでしょうか。

意思決定の仕組みそのものを見直す

多くの日本企業では、現場の方々がサービスデザインの必要性に気づいて、導入したいと声を上げていますが、そうした意思決定の仕組みそのものを見直す必要もあるかもしれません。特に大きなエコシステムの醸成は、1つの組織が単独で取り組むには難しいうえリスクもあるので、全社的な取り組みが求められます。経営層を巻き込んだ論議、あるいは経営層の発想の転換も大きな鍵となるでしょう。

グッズ・ドミナント・ロジック型からサービス・ドミナント・ロジック型へと舵を切り、さらにそこで生まれたサービスを継続的に提供し続けるために自社がどういうポジションを取るべきなのか。それを社内で問い直すことが、これからの日本企業の課題と言えるでしょう。

ただ、先にも言ったように現場主導でサービス最適化がもたらされることは日本企業の持ち味でもあるわけです。トップダウンのイノベーションは苦手だとしても、それがうまいだけが能ではない。ボトムアップから生まれる新しいサービス、突然変異的な価値をもっと生かす方向での事業再構築は大いに考えられると思っています。

WEB限定コンテンツ
(2014.12.5 渋谷区のコンセント オフィスにて取材)

人が自らの潜在的欲求を自覚しにくいことについては、米国フォード・モーター社の創設者・ヘンリー・フォード氏が指摘していたと長谷川氏はいう。馬車に乗っている人に何が欲しいかと尋ねれば「車」でなく「早い馬車」と答えるという名言を残した人物だ。

長谷川敦士(はせがわ・あつし)

1973年 山形県生まれ。東北大学理学部物理学第二科卒業。 東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士前期課程修了(理学修士:素粒子物理学)。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了(学術博士:認知科学)。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立、代表取締役に就任。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計(BNN新社)』、監訳書として『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計(BNN新社)』『デザイニング・ウェブナビゲーション(オライリージャパン)』などがある。武蔵野美術大学、多摩美術大学、産業技術大学院大学非常勤講師。Service Design Network National Chapter Board。Service Design Network Japan Chapter代表。NPO法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。情報アーキテクチャアソシエーションジャパン(IAAJ)主宰。株式会社AZホールディングス取締役。
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