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“ご機嫌な職場” フローカンパニーのつくり方

「フロー社員」を増やして経営課題を解決する

[辻 秀一]スポーツドクター 株式会社エミネクロス代表

フローな状態で仕事をする「フロー社員」を育成し、組織全体がフロー化された「フローカンパニー」を目指していく。これを経営戦略として掲げる企業の取り組みを紹介したいと思います。

半導体関連の世界シェアを誇るディスコでは、社内に「フローリーダー」を育成する社長直轄のプロジェクトが進行しています。私がプロジェクトリーダーを務める形で始まり、今年で3年目。これまで60人程度のフローリーダーを輩出しています。

同社の関家一馬社長は極めて合理的な考え方の持ち主で、それは経営にも強く反映されています。何しろ「原因を追究しろ、『なぜ?』を5回繰り返せ」という社風ですからね。言い換えれば「認知の脳」(外界の環境や出来事などに意味づけや分析を行い、取るべき行動の内容を決める脳の働き)が強い企業なんです。社員たちは未来を見据え、過去を振り返りながら、全力でPDCAサイクルを回しています。

でも関家社長は「それだけだとうまくいかない」ということを熟知されている素晴らしい方です。ディスコには「Always the best, Always fun」という社内共通のValuesがあります。the bestは苦しみながらも何とか実現できるかもしれませんが、そんなノンフロー状態では、Always は難しい。なおかつ Always fun、いつも楽しく仕事をし、ベストを出し続けるには、フロー化が不可欠だというわけです。

体感のシェアでフローが組織に浸透する

ディスコに限らず、フローのトレーニングは、大きく3つのステップに分かれています。第一段階がフローに関する知識を習得する。第二段階が知識を「意識する」こと。得た知識を意識する習慣をつけると、やがて、それまでとは違う体感が生じます。第三段階が、体感を語り合い、シェアすることです。例えば「いまに生きる」を意識しているうちに、気持ちの切り替えが早くなった、気分転換に吸うたばこの本数が減ったといった変化を感じられるようになります。こうした体感を社員同士シェアすると、フローが組織に浸透していきます。

ディスコでのトレーニングの対象は、すべての部署、すべての階層の社員です。関家社長の意向で自由意思による参加としているので、役職者に混じって若手社員も奮闘しています。毎回15人ずつ半年間ぐらいトレーニングを受け、今のところ60人くらいが受講し、今もフォローアップしています。彼らをフローリーダーとして、組織全体のフロー化を目指しています。いつも機嫌がよく元気でいるフロー社員が、あらゆる場所にいて、周囲にいい影響を及ぼしている。そんな組織を作ろうとしているんです。

一方、役職者をフローにしようと僕がトレーニングしているのは、監査法人のトーマツです。パートナーと呼ばれる経営管理職に昇進するすべての方に私のトレーニングを2日ほど受けていただき、その中から人事役員が選んだ数十名に半年から1年間、ライフスキルのトレーニングを実施しています。公認会計士という職業柄、分析や課題設定にはみなさん非常に長けておられます。つまり認知のレベルは極めて高いけれども、パフォーマンスを上げたい方、結果を出したい方ほど積極的にトレーニングに取り組まれ、実際に成果をあげられています。

大企業が続々とフローカンパニーを目指している

フローは、企業が抱えるさまざまな経営課題を解決する可能性を秘めたものです。それこそES(従業員満足度)、CS(顧客満足度)だって上がるんです。社員の機嫌がよくなれば、その社員と相対する顧客の機嫌もよくなるわけですからね。

他にも、「環境の変化に柔軟性をもって対応できる社員を増やす」効果があります。これを目的に私がトレーニングを行っているのがファイザー、MSDといった外資系製薬会社です。製薬会社に限りませんが、外資系の企業ではドラスティックな環境変化が起こります。その速度も急激で、海外からいきなり「明日からこうしてください」と指示が下る。そのストレスからノンフロー状態に追い込まれる社員が後を絶ちませんでした。そこでライフスキルのトレーニングを施すことで、心を整え、環境変化に対応できるフロー社員を増やしたんです。

また、「コミュニケーションの量を増やす」効果もあります。めまぐるしく環境が変化する時代にあっては、過去を分析し、未来を予測して戦略を立てても、正しい答えは出てこない。それは企業もわかっているんです。むしろ、社内コミュニケーションを活性化し、そこから生まれるアイデアに期待しよう、社員をフロー化すれば、コミュニケーションの量も増えるはずだ。そんな思惑から、私にトレーニングのオファーをしてくる企業があります。

キリンホールディングスは「ダイバーシティ(多様性)の実現」のために導入としてフロー理論を取り入れてくれた企業の1つです。女性社員の元気とパフォーマンスの向上を実現し、また周囲の上司、部下、役員等の男性の心も整えようと。私は全国20カ所近くでセミナーを開き、1人でも多くの女性社員をフロー社員にするべく、トレーニングを行いました。

全日空からは、現在ANAホールディングス会長の大橋洋治氏が社長だった時代にCA向けトレーニングのオファーを受けました。目的は「ホスピタリティナンバーワンを目指す」というもの。乗客にはいろいろな方がいます。中にはクレームをつけてくる方もいるでしょう。でも、接しやすい乗客にだけホスピタリティを提供しているうちはナンバーワンとは言えません。どんな乗客の前でもフロー状態でいられてこそ、ナンバーワンのホスピタリティを提供できるはずです。そんな発想から、CAの中でもリーダークラスを対象に、数年間トレーニングを続けました。

同様の目的で、ジャパネットたかたでも高田明社長(ジャパネットホールディングス)の依頼で全従業員のトレーニングを行いました。中でもコールセンターではどうしても顧客から厳しいことを言われますが、トレーニング後は上手に気持ちを切り替えられるようになり、離職率が低下したと高田社長に喜ばれました。

辻秀一氏は応用スポーツ心理学をベースにした独自のメソッドを活用し、講演、メンタルトレーニング、産業医、カウンセリングなど多岐に活動している。
http://www.doctor-tsuji.com/

辻氏が代表を務めるエミネクロスのオフィス風景。すっきりと見晴らしがよく、快適に仕事ができる。エミネクロスでは辻氏のスケジュール管理や講演会、ワークショップ、セミナーなどを主催・運営している。

「結果エントリー」から
「心エントリー」の時代へ

この記事を読むビジネスパーソンに誤解してほしくないのは、社員がライフスキルを磨くのは、会社のためではなく、第一に働いている人自身のためだということです。自分の機嫌をとるというのは、自分の心を大切にすること。それは何より、その人自身の幸福につながります。

そして、それが周囲のためにもなるんです。機嫌がよければ他の人を配慮しようとする余裕も生まれるし、人の話を素直に聞くこともできる。人を動かすポジションにいる人には、「まずあなた自身が機嫌よくいることが、リーダーの第一条件です」とお話しています。役職が上になるほど機嫌が悪くなる要素は増えていく。しかし、だからこそライフスキルを磨いてほしいんです。

結果を出したい人ほど、まず心を整えること

もう1つ、念を押しておきましょう。機嫌をよくすることを重視するからといって、目標を達成することや結果を出すことを軽視するわけではありません。

むしろ、結果は何よりも大切です。私のところにはオリンピック選手やプロアスリートが相談にやってきますが、彼らはみな勝ちたいと強く願っています。ビジネスパーソンだって常に結果を求められる環境にあります。それにはどうしたって、過去を振り返り、PDCAサイクルを回さなければならない。未来を考え、目標に向かって計画を立てないといけない。認知の脳を捨てるわけにはいかないんです。

でも、それだけでは心がノンフローに向かいます。機嫌が悪くなればパフォーマンスは落ち、結果を出せません。だから、ライフスキル脳を磨いて、心の状態を整える必要があるんです。そうすればパフォーマンスは上がり、PDCAも自然とうまく回る。つまり成果もついてくる。心を整えるのは、何より結果を出すためなんです。

結果から考えて物事に取り組む「結果エントリー」* ではなく、フローな心の状態をつくることから物事に取り組む「心エントリー」へ。今、ビジネスパーソンに求められるのは、この転換なんです。

心を軽視する時代の終わり

これまでビジネスシーンにおいては、こういった「心の話」は軽視されてきました。誰かが「心が大事だ」といい始めると、怪しげなスピリチュアルにハマっているのか、あるいは宗教の勧誘かと心配されてしまうわけですね(笑)。

でも、それはおかしな話なんです。「昨日は楽しかった」「営業がうまくいかなくて悔しい」、これだって心の話じゃないですか。スピリチュアルでも宗教でも何でもない。人間は心で動いていて、心の状態によってパフォーマンスの質が決まる。その事実にフタをしながら仕事をするのは、不自然です。

心のことなんて考えずにうまくいっていた時代がかつてあったのかもしれません。でも本当に「うまくいっていた」のでしょうか。大きなストレスに押しつぶされそうになりながら、なんとか踏み留まりながら仕事をする。みんな頑張っているのが事実だとしても、それではベストなパフォーマンスが継続的にできるはずがない。

あらゆるビジネスにおいて、結果が求められる時代です。そのため人間の心が軽視されてきました。でも、本当に結果を求めるなら、まずパフォーマンスの質を左右する心を整えよう、そのための力を鍛えましょうということ。いつも楽しく機嫌よく働ける自分をつくろうと個々人が心掛けること、そういう社員が増えることで「ごきげんな職場」すなわちフローカンパニーが実現しますし、そういう組織こそ成長を持続できるのだと思います。

WEB限定コンテンツ
(2014.3.13 渋谷区のエミネクロスオフィスにて取材)

* 結果エントリー
結果エントリー思考には弊害もあると辻氏は指摘する。結果や成果を重視し過ぎる組織では社員に強烈なプレッシャーがかかり、精神を病んだり体を壊す原因にもなるという。

辻秀一(つじ・しゅういち)

1961年東京生まれ。慶應義塾大学病院内科、同スポーツ医学研究センターを経て、独立。応用スポーツ心理学とフロー理論を基にしたメンタル・トレーニングによるパフォーマンス向上が専門。セミナー・講演活動は年間200回以上。多くの企業やアスリートなどをサポート。著書に『フローカンパニー』(ビジネス社)、『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『自分を「ごきげん」にする方法』(サンマーク出版)、『心を磨く50の思考〜誰でもできる「いい気分」のつくり方〜』(幻冬舎エデュケーション)など多数。また、プロバスケットボールチーム「東京エクセレンス」を設立。2013年度、NBDL(日本のバスケットボールリーグ)にて優勝を飾り、同リーグの初代チャンピオンになる。http://www.doctor-tsuji.com/‎

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