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オープン・イノベーションのためにやるべきこと

組織の反発を防ぎ、果実を手にする第一歩とは

[冨山和彦]株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO

前回の記事でダイバーシティの重要性について触れましたが、社内のダイバーシティを確保したとしても、異物を取り込んで達成しようとするオープン・イノベーションには、たいてい反発がつきまといます。例えば、社内にあるスペシャルな技術やサービスを社外に流出させるのは損失だ、といった声もありえるわけです。

確かに、画期的な技術というものは、長年の蓄積のある大企業が持っていることが多い。でも、要素(シーズ)のレベルでイノベーティブな技術を持っていることと、ビジネスのレベルでイノベーションが起きるということは次元が違うんです。

例えば、アップルのマウスを使ったグラフィカルなパソコンのインターフェース技術は、もともとゼロックスが開発したもの。でも、ゼロックスがそれらを開発したのは、コンピュータのモニタ上で新聞・雑誌・書籍の編集・レイアウト・印刷を行うという専門領域の仕事(デスクトップパブリッシング)を効率化するためでした。この技術を応用すれば、当時、文字入力での操作が当たり前だったコンピュータを知識がない人でも直感的に扱えるようになるとは、考えもしなかった。

「この技術があれば、誰もが普通にコンピュータを使う世界が実現できる」という壮大なビジョンをゼロックスは持っていなかったのです。そこへたまたまやってきたジョブズとウォズニアックが「これは使える」と考えた。そうして、1人ひとりが自宅で使うパーソナル・コンピュータ(パソコン)が生まれたんです。世界を変えたのは、ゼロックスの技術ではなく、ジョブズのビジョンでした。このように異質な者がもたらすアイデアから生まれるのが、ビジネス・イノベーションなんです。

オープン・イノベーションが有効なのは、ジョブズとウォズの例のようにビジネス・イノベーションのほうです。確かに、決してオープンにしてはいけない技術もあります。でも何でもかんでも門外不出にしていると、異質な発想に出会うことなく、ビジネス・イノベーションが生まれない。宝物をわざわざ蔵の奧に眠らせておくようなものです。

イノベーションは成功の約束のない確率論

オープンにしたからといってすぐに成果が出るとも限りません。またイノベーションは確率論の世界です。「こんな果実が手に入るはず」と事前に予測することもできない。改善改良の世界は「こうしたら生産性が何%向上する」と目標を立てられますが、イノベーションは、成果が予測できないからこそイノベーションなんです。となると、とにかくやってみるしかないということになります。

ジョブズにしても、なるべくして成功と富を得たと思われがちですが、そんなことはありません。確率論的にいえば、ジョブズは“ただの運のいいヤツ”なんです。ジョブズと同等程度の才能なんて、シリコンバレーにはゴマンといる。彼ら100人のうちの1人がたまたますごい金脈を掘り当てたというだけなんです。そして、それこそが重要。つまり100のうちのたった1つが、世界を変えるぐらい画期的なものかどうか。

日本の製造業が得意な改善改良は、コツコツとヒットを積み重ねるようなもの。でも、大ホームランでないとイノベーションとは言えないんです。100やって99失敗しても、「イノベーション開発とはそういうものだ」と納得するしかない。

オープン・イノベーションの
「窓」を設ける

日本国内でも少しずつオープン・イノベーションに積極的な企業が出てきています。1つのモノサシは、古い大企業が若いベンチャーをうまくM&Aできているかどうか。通信系の会社に見られる動きで、最近だと、KDDIが意欲的に挑戦しています。

昔のKDDIは光ファイバーを引いて通信回線を引いて…というインフラを整備するだけのオペレーショナルなビジネスモデルでした。しかし、今ではその回線の上に乗るものにこそ付加価値があるということで、外部から異物を取り込もうとしています。

アメリカでは、昔からオープン・イノベーションを目的としたM&Aが盛んですね。オラクルなどは買収に次ぐ買収で成長してきましたから、自前の事業など残っていないといっても過言ではありません。

特にシリコンバレーでは、M&Aといえば、シェア獲得よりもイノベーションを取り込むために行われることがほとんど。彼らにとってM&Aはイノベーション型の人的資源を得るための採用活動の一貫なのです。オラクルぐらいの規模になると、自社内からイノベーションを生み出すのは難しいと彼ら自身もわかっている。だから若いベンチャーを常にウォッチして、「これ」と思ったら青田刈りするというスタンスなんです。

異質な「個」を共同体的論理から切り離す

では、その取り込んだ異物をどうマネジメントするか。これはM&Aでも通常の採用活動でも一緒で、結局は「個」をどう扱うかという課題になります。企業という共同体的な性質を強くもっている集団と、異物であるイノベーターとがどう付き合うか、と言い換えてもいい。

前回お話したように、異物を取り込むと短期的には業務の効率が下がりますし、余計な仕事が増えます。でも、そのストレスに耐えられるよう、事前に社内のダイバーシティを高めておかないといけない。そしていざ異物を入れるというときも、いきなり大きく入れるのではなく、例外的にオープン・イノベーションを模索するようなチームを作り、少しずつ慣らしていく必要があります。

そのチームにおいては、本人達に大きな権限を与え、チーム外の意向をいちいち確認しないで進められるようにしてやります。共同体の住人というよりは、独立したプロフェッショナル集団として仕事ができるような環境においてやる、ということです。

組織の中にそういう部署なり領域なりを作るのか、あるいは個人レベルでアサインするのか、あるいは両方の組み合わせになるでしょう。現実的には、技術開発や新事業開発などの領域がそうしたチャンネルに馴染みます。いずれにせよ、イノベーションをもたらす「個」を共同体的な論理から切りはなしてあげるということが大事なんです。

日本企業には外圧を利用した方法が有効

社内の活動でイノベーションが生まれる土壌を醸成することは難しいが、M&Aのような大胆なこともやりづらい、という場合は、外部からの圧力を上手に使うという方法もあります。むしろ、日本の企業にはそういうやり方のほうが向いているかもしれません。

知恵を借りるという意味でも、政治力学的な影響力という意味でも、取引先からの要望に対して「こういうオーダーが来てしまったのだから、対応せざるを得ない」という形で取り込んで、組織に浸透させていくわけです。そうすれば、合弁会社を設立するなど、新しい基軸が生まれて事業が変化する可能性が広がります。

日本には、大企業でも、こういう外圧が比較的通りやすい文化があると思います。有名デザイナーなどに依頼をした場合、彼らは個に過ぎないわけですが、「あの人が言うならしょうがないね」と意外に柔軟性を見せる場合が多い。仮に同様の発言を社員がしたとしても、それは潰されてしまうことが多いわけですが。

日本社会には、共同体の和を重んじ亀裂を生むような対立構造を抱え込むことを避ける文化的傾向があるので、社内で自分からイノベーションを起こそうとして動きすぎると、「面倒くさいヤツだ」と煙たがられ、排除されてしまうのです。明治維新で日本は劇的な変革を実現させたわけですが、あれも欧米からの外圧を開国派がうまく利用して、一気呵成に事を進めた、という一面があったと思います。

社内にイノベーションをもたらしたいと考えている人には、そういう意味でのずるさ、したたかさが必要でしょう。政治的にそつなく立ち回れるかどうか、という話です。そして、このようなやり方で社内に改革をもたらすことに成功できれば、その人は間違いなく将来のトップ・マネジメント候補になるといえるでしょう。

私がコンサルタントとして企業と関わる場合、私自身が外圧としての役割を果たすこともあれば、別の外圧を引き込んでイノベーションのきっかけを誘発することもあります。常に組織全体の枠組みの変化をウォッチして、「どの部署にどんな刺激(外圧)を与えるか」を計算しながら進めなければならないので、戦局に応じたリアルタイムの判断や対応が必要です。要するに、イノベーションを実現するには、「何をイノベーションするのか」というwhatについての戦略と同時に、「どうイノベーションを実現するのか」というhowについての戦略も立てて動く必要があるわけです。

KDDIによる「無限ラボ」の取り組み

私たちが関わっている事例を挙げましょう。KDDIと共同で立ち上げた「ムゲンラボ*」です。これはいわばIT版の「スター誕生」。毎回100を超える応募の中から選ばれた若者を数カ月間鍛え上げ、そこで生まれたサービスをプレゼンさせ、出資者を募ります。

ムゲンラボはシリコンバレー発の「ワイコン(Yコンビネータ)**」をモデルにしています。ワイコンが生まれた背景には、シリコンバレーですら、ITの進歩についていけなくなっているという現状があります。

というのも、優れた個人の思いつきで世界が変わる時代においては、イノベーションのシーズを発掘するのが難しい。以前なら、スタンフォード大学の教授と付き合いがあれば、ときどき顔を合わせて話をするだけで、シーズをいち早くキャッチすることができたかもしれません。ところが昨今の若き天才たちは、スタンフォードのラボではなく自宅でイノベーションを起こしてしまう。これでは彼らをフォローのしようがないんです。

となると、公募形式にして彼らのほうから来てもらうしかない。彼らは彼らで、どのルートから世に出ようかと画策しています。つまりワイコンは、彼らをデビューさせるためのプラットフォームなんです。

ムゲンラボをKDDIの立場から見れば、それは、オープン・イノベーションを生むためのチャンネルです。いきなり強烈な「個」を社内に取り込むのは負荷が大きいので、社外の“出島”を彼らとの接点とする。こうして、異物に対する免疫を高めておこうというわけです。また、彼らの思いつきがそのままビジネスになるものではありませんが、ブートキャンプ式に集中トレーニングを施せば、そこからビッグビジネスが誕生することもあり得る。仮にモノにならなかったとしても、将来のスター候補たちとのネットワーク作りになるんです。

細かく見ていけば、他にもさまざまなオープン・イノベーションの手法があると思いますが、手法レベルでの正解はありません。さまざまな手法を組み合わせながら創意工夫していくことです。1つがダメならまた次を考える。それしかないと思います。

繰り返しますが、オープン・イノベーションはすぐに成果が上がるというものではありません。しかし、オープン・イノベーションなくして、企業の競争力を確保することはできない。さらにいえば、オープン・イノベーションがなければ、ビジネスのグローバル化にも対応できないでしょう。

グローバル化とはあらゆる異質なものとのぶつかり合いですから。今取り組んでおかないと、10年後、20年後に取り返しのつかないことになる。それほど、昨今の日本企業にとって、オープン・イノベーションは重要なキーワードなんです。

*ムゲンラボ(∞ Labo)

オープンプラットフォームにおける革新的なインターネットサービス開発を目指す人材発掘のため、KDDIが2011年に立ち上げたプラットフォーム。プログラムかHTML5機能を使ったツールやサービスを応募し、審査に通れば、サービス開発やプロモーション、事業化・経営などの面で支援を受けることができる。
http://www.kddi.com/mugenlabo/index.html

**Yコンビネータ
(Y Combinator)

2005年、カリフォルニアに設立されたシード・アクセラレーター(ベンチャー・キャピタル)。設立以来、550以上のスタートアップを初期投資などで支援している。DropBox、Redditなど日本でも知られている成功例も多い。
http://ycombinator.com/index.html

2013年7月17日、WORKSIGHT LAB.セミナーにて行われた冨山和彦氏の講演の様子。
日本企業がオープンイノベーションを実現させるために必要なポイントなどを中心に語っていただいた。

→この動画はYouTubeでも見ることができます。

WEB限定コンテンツ
(2013.6.27 千代田区のオフィスにて取材)

冨山和彦(とやま・かずひこ)

経営共創基盤代表取締役CEO。1985年東京大学法学部卒業。在学中に司法試験に合格。ボストンコンサルティンググループに入社し、コーポレイトディレクション設立に参画。その後、スタンフォード大学にて経営学修士および同校公共経営課程修了。2001年に同社代表取締役、2003年に産業再生機構代表取締役専務兼COOを経て、2007年より現職。近著に『稼ぐ力を取り戻せ!―日本のモノづくり復活の処方箋』(日本経済新聞出版社)、『結果を出すリーダーはみな非情である』(ダイヤモンド社)、『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』『30代が覇権を握る! 日本経済』(共にPHPビジネス新書)など。

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