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心地よいミクロの体験を、自分たちの手でつくり上げるために

モバイルハウスは現代版の数寄屋建築

[塩浦一彗]SAMPO Inc. 共同創業者、Chief Architecture Officer

日本の都市にはいろいろな問題があると思います。問題が多すぎて、一言で貫通する言葉が見つからないくらい。

例えば、都市計画では市民の生活にミクロな目線を当てないまま、取りあえずトップダウンで地図を引いちゃいますよね。一番分かりやすいのは再開発での駅ビル建設でしょう。地上げで困る人も出てくるし、古くからある駅前の文化とか飲み屋街とか、いろんなものを消し去ってしまう。

ずっと昔の赤線や青線、闇市なんかも開発で姿を消しました。風紀や治安を守るといった理由はあるんでしょうけど、でもそういうものをひっくるめて地域の文化が成り立っていたわけで、いわば歴史に裏打ちされた都市の深みでもあるわけじゃないですか。それが開発を名目に一掃して、きれいになったらいい都市なのかといえば、全然そんなことない。モロッコみたいに1000年続いている都市もあるわけですしね。

まちづくりに市民のリテラシーが問われる時代

ベルリンのクロイツベルク地区は労働階級層が多く住んでいるんですけど、Googleが巨大社屋を建てようとしたら猛烈な反対運動が起こって、結局Googleが断念したんです。やろうと思えばボトムアップでまちをつくることは可能なんですよ。都市計画課やデベロッパーの計画に不安や不満があるなら、それを覆せるのは消費者側ということ。そういう意味では市民のリテラシーが問われる時代だと思います。*

例えばロンドンだと、古くからのお店を取り壊して駅ビルをつくっても、住民は価値がないと感じて寄りつきません。日本のデベロッパーみたいな動きをロンドンでしても、お金にならないということです。資本主義のルールに則りながらも、住民の美意識や価値観が反映された良いまちになっているところがロンドンのすごさです。

日本はそういうリテラシーの部分で弱さがあるように思います。住む人がまちをつくるという意識がヨーロッパと比べると薄いのはもったいないこと。駅ビルはつくるほうもつくるほうだけれども、できたところでめちゃめちゃ人が来るのであれば、結局は消費者の責任なんでしょうね。

解像度の高い豊かさを促進できる建築

前編で、日々の暮らしの一瞬一瞬の解像度を高めたいと話しましたけど、トップダウンの都市計画を許し続けていると、そういう個人の視点はいつまで経ってもないがしろにされたままです。心地よいミクロの体験を、どうやって自分たちの手でもう一度つくり変えるのか。それは大きなテーマだと思うんですよ。

建築が提供できるのは、あくまで体験のためのグリッドでしかなくて、実際に体験して価値を見出すのはそこに住む人たちです。どれだけかっこいい空間をつくったところで子どもは落書きするかもしれないし、しかしそれが逆に思い出になるかもしれない。それはユーザーが勝手に獲得していった、ものすごい解像度の高い豊かさってことだし、設計やデザインでは及ばないものです。

都市計画でも、どこまでを設計して、どこまでをグリッドとして見て、どこまでを余していくか。そこをメタに考えるのが建築の本来の役目だと思いますけど、いまの都市計画ではインフラとか交通量みたいな分かりやすい指標を前提にした設計しかされていない。ドンと区画整理して建売住宅をコピーするという価値観では、住む人の無数の解像度に対応するなんて到底無理ですよね。

となると結局のところ、一人ひとりが自分の生活を能動的につくり上げていくしかないのかもしれない。それを促進できるような建築が求められていて、その1つの答えが、僕らの提供する可動式個室の「MOC(モック/Mobile Cell)」であり、インフラ施設の「HOC(ホック/House Core)」なんだと思います。

「初めて何かを所有した気がする」

実際、僕らがつくるMOCはユーザーの個性や価値観がビビッドに反映されて、見た目も中身もばらばらです。

軽トラの空っぽの荷台部分だけ見たら、ここに住めるなんて思えないけれども、不思議なことに柱が立つとにわかに住空間のイメージが湧いてくるんですよ。建築が門外漢の人もDIY未経験の人も、「ここはこうしたい」「ここにこれを置きたい」とか言い始める。

自分で釘を打ってトタンを敷いて、窓ガラスをはめて、完成したらそれが雨風をしのいでくれるわけですよ。断熱材で中はちゃんと温かいし、窓から光が差し込んでくる。それを目の当たりにした瞬間、「ああ、自分でつくったんだ、この家を」と実感する。このプロセスは何か本能的なものが目覚める感じで、これがまさに建築の醍醐味なんでしょうね。

中には「初めて何かを所有した気がする。自分の手で生きることを獲得した」とまで言ってくれた人もいます。その人は「MOCづくりは消費経済システムからの脱洗脳プログラムだ」とも言ってましたね(笑)。それまでいろんなものを買ってきたけれども、ただお金と交換しただけで、所有しているつもりになっていたということなんでしょう。でも、いまの日本はこういう人が大多数なんじゃないでしょうか。

ただの箱が、個性の凝縮した豊かな空間へアップデートされる

出版社に勤める若い女性もユーザーの1人です。彼女はDIYと無縁で、自分では内装をいじった程度で、ほぼ僕らがMOCを完成させました。

それでもMOCで暮らしていると、だんだんクリエイティブになっていくんですよね。日暮里のHOCに接続して、朝6時に起きて弁当を作って会社へ行くというルーティンをこなしつつ、でもその当たり前の日常の中にモバイルハウスがあるだけで自分の価値観がクリアになっていく。

MOCのユーザーは多かれ少なかれ、みんなそうです。MOCをつくる過程で、自分は何が好きなのかを自問するじゃないですか。なぜここにこれを置きたいのか。ここでどんな作業をしたいのか。服の収納スペースはどれくらいあればいいのか。みんな自分の価値観で決めていく。それは要するに「自分って何?」と掘り下げる作業なんですね。

そのプロセスで、ただの箱だったものが、その人らしさが凝縮した豊かな空間にアップデートされていくんです。モバイルハウスは現代版の一種の数寄屋建築なんじゃないかとさえ思う。自分の手でつくることにも大きな意味があるんです。


SAMPOの設立は2016年11月。日本でモバイルハウス事業を展開しているほか、シンガポールでもモノづくりを中心としたモバイルビレッジのプロジェクトなどに参画している。
https://www.sampo.mobi/

* ベルリンの都市計画に関するワークサイトの記事はこちら。
「ベルリン市民が自らの手で取り戻した“みんなのための場所”」
https://www.worksight.jp/issues/1082.html

モバイルハウスづくりは子どもの恰好の学習教材になると塩浦氏は見ている。高校や美術系大学の授業に取り入れようという動きもあるそうだ。 「ソーラーパネルで太陽光発電もするので電力やエコについても学べます。力を合わせれば小学生でもできるはず。遊具としても教材としても、これ以上のものはありませんよ」(塩浦氏)

HOC2階のアクセサリー工房。つくった作品はイベントで販売する。

スクラップ・アンド・ビルドの建物に対し、
道は淘汰されず残り続けるのが日本流

都市計画に話を戻しますけど、東京の成り立ちってユニークなんですよ。

関東大震災と東京大空襲で、ハードウエアは実はほぼ全壊してるんです。でも、残り続けているものがあって、それは何かといえば道です。

ヨーロッパでは土地の所有とランドスケープがフラットだから、都市計画で大胆にグリッドを引けます。でも日本は縄文時代から変わらない入り江の構造に沿って道ができて、しかもそれが文化的な基盤にもなっている。川沿いに宿場町ができて、上流の方に武家屋敷や神社ができて、それらの名残の土地に住宅街や公園ができて、みたいなことですね。

基本のランドスケープが変わっていない上に、道に沿って土地が細分化されているから、直線的にグリッドを引くことができない。だから甲州街道とか環八(東京の環状八号線)が残っているんです。建物はこんなにスクラップ・アンド・ビルドしてるのに道はそのままというのは、すごく日本的ですよね。

災害対策はやり方次第で素晴らしい文化になり得る

これから大きな地震が起きたとしても、恐らく道だけは残り続けていくでしょうし、この日本ならではの都市のあり方に対応する建築がモバイルハウスだと思うんです。

移動式の空間だったら、道を通ってどこへでも行けますからね。被災地に早く入ることができれば、それだけ地域の立て直しにも役立ちます。仮設住宅の建設にはお金と時間がかかるけれども、モバイルハウスなら運ぶだけだし、住む人の心の健康やコミュニティの維持といった課題でも優位性があると感じます。

さらに言えば、道を通って箱が運ばれてくる、それが何かしら良いもの、活気あるものをもたらすという景色は、祭りのみこしにも通じるんじゃないでしょうか。モバイルハウスは避難所や医療拠点のみならず、屋台もライブハウスも服屋も持ち込めるわけですから。

日本は本気で災害対策を講じないといけないし、それも行政任せでなく、市民全員が構えを持つ必要があります。でもそれは決して悲壮感漂うものではなくて、やり方次第でその構え自体がポジティブな素晴らしい文化になり得るはず。それにモバイルハウスというものが、文化的にも機能的にも強く作用できるように思うんです。

家がおまけでついてくる500万円のキャラメル

もう1つ、SAMPOで取り組んでいることに「CARAMEL POD」** があります。

キャラメルのおまけみたいな感じで家が買えたらいいよねということで、コンテナハウスやモバイルハウスがおまけでついてくるキャラメルを500万円で販売しています。これまで6個売れました。

で、さらにCARAMEL PODのプロジェクトに「TOGENKYO PROJECT(東源郷プロジェクト)」というものがあるんです。モノづくりのスキルを持つ「VENDER」、資金を提供する「SEEDER」、夢を追ってプロジェクトで実際にプレーする「SEEKER」、土地や物資、インフラを提供する「GIFTER」という四者で1つのプロジェクトを進めます。それぞれの資源を持ち寄って1つのことを成し遂げるわけです。

実際にあったケースとしては、和歌山の山奥でギターを頑張っている人がいますと。その人をデビューさせたいと応援している人がSEEDER となってCARAMEL PODを買いました。ギタリスト志望の人がSEEKER。空間をつくる僕らや、音楽プロデューサー、ファッションデザイナー、ロゴやポスターのデザイナー、映像クリエイターなどがVENDERやGIFTERとなって、プロモーションビデオをつくりました。購入者は家を手に入れただけでなく、いつでもこの人のライブを聴けることもリターンになっています。

好奇心や熱量が新しいものをつくる基盤になる

このTOGENKYO PROJECTに関していえば、SAMPOとしてはビジネス的なメリットはそれほどありません。500万円を関係する人たちに分配して、夢を実現する場をつくる感じですね。

売上うんぬんよりも、何をしたいのかが先に来るみたいなところもあるんです。でも、この好奇心や熱量が、新しいもの、面白いものをつくる基盤になるんじゃないかと思います。

一方で、大手ハウスメーカーや遊具メーカーとのコラボもあったりします。防災につながる活動やポップアップのイベントも続けながら、規模も分野も幅広く、いろいろ泥くさくやっていきたい。ジャンルの垣根を超えて多様な人と協働しながら、解像度を高める空間づくりにこれからも注力していくというのが、僕自身の今後のビジョンです。

WEB限定コンテンツ
(2021.4.12 世田谷区の三軒茶屋HOCにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

** CARAMEL PODはSAMPO、浮遊亭骨牌、株式会社MicroNationsが参画するcaramel pod合同会社の事業。
www.caramelpod.com/

塩浦一彗(しおうら・いっすい)

1993年生まれ。ミラノの高校を卒業後、ロンドンに渡りロンドン大学バートレット校にて建築を学ぶ。2016年9月に帰国。建築新人戦2016最優秀新人賞を獲得。建築事務所を経て、SAMPOを村上大陸氏と設立する。

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