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オーストラリアの玄関口に新たなコミュ二ティを生む
バーティカル・ビレッジ

[Quay Quarter Tower]Sydney, Australia

シドニー湾に面するサーキュラー・キーは、ヨーロッパからの開拓移住団がオーストラリアで最初に到着した地。周囲にはオペラハウス、アートギャラリー、博物館など数々の文化・芸術施設が点在し、古い金融街もある。つまりシドニーにとっては歴史的、文化的に貴重なエリア。しかし「ここ何十年も何の変化もなく、全体的に古く落ちぶれた雰囲気を醸し出していました」とAMPキャピタルのデベロップメント・ディレクター、マイケル・ウィートリー氏は言う。

進行中の再開発プロジェクトは、サーキュラー・キーの良さを残しながら活気ある街としてリニューアルしようというもの。この土地を60年以上所有するAMPキャピタルがデベロッパーである。まず動いたのは、シドニー市からの開発許可を取ることだった。それには周辺の歴史的な建造物に日陰を落とすような悪影響を及ぼさずに開発を行う必要がある。

「そこでシドニー市とは、1970年に建てられたもともとの建物のコアの68%を利用してそのまま残し、周辺の景観には悪影響を及ぼさないようにする方針で合意しました」(ウィートリー氏)

ビルの名前は「Quay Quarter Tower(キー・クォーター・タワー)」。外観を見ての通り、5つのボリュームを積み重ねた「バーティカル・ビレッジ」がコンセプトで、村のようなコミュニティ感覚をビル全体でつくろうという意欲的なものになっている。それぞれの層はアトリウムと階段でつながれ、テナント企業のコミュニケーションと一体感を高める。5つの層を少しずつツイストさせながら重ねたのは、高層部に対しては、眺望の変化と各ボリュームの屋上にテラスを設け、低層部の地域に対しては威圧感を抑えるため。市民が自由に楽しめるパブリックスペースを十分に確保するようにも配慮され、ビルの東西南北がつながるよう路地や遊歩道をつくり、人の往来を促している。完成予定は2022年。こうしたテナントや地域へのコミュ二ティ意識は市場に好意的に受け止められ、すでにAMP本社やデロイトのオーストラリア支社など、総面積の75%にあたるテナントが決まっている。


エーエムピー・キャピタル
デベロップメント・ディレクター、
キー・クォーター
マイケル・ウィートリー


キー・クォーター・タワー
シニア・デベロップメント・マネージャー
ブライアン・ドネリー

  • キー・クォーター・タワーの外観。5層のボリュームが少しずつズレながら積み重なることで地域への威圧感を抑えながら、入居者には眺望とテラスを提供することができる。
    写真提供:AMPキャピタル

  • オフィスフロア。5層それぞれのボリュームには大きなアトリウムと螺旋階段が備わり、フロア間の視認性を高めコミュニケーションを誘発する。デロイトとAMPの入居が予定されており、他社向けには、限られた数のリース可能なスペースがある。
    写真提供:AMPキャピタル

  • 低層階のリテール側のエントランス。ワークとレジャーのミックスを重要視する若い世代に向けて、ライフスタイルやウェルビーイングを意識した施設やレストランなどをテナントとして募集している。
    写真提供:AMPキャピタル

  • キー・クォーター・タワーが建つサーキュラー・キーの街並み。シドニーの中でも古くから文化施設の集積地、金融を中心としたCBDとして栄えている場所だ。埠頭の先にはオペラハウスが見える。
    写真提供:AMPキャピタル

  • 各層にはテラスがある。こうしたセミパブリックのコモンエリアがあることで、偶然の出会いやコミュニティ意識を醸成する。これも5層をツイストしたことによる恩恵である。
    写真提供:AMPキャピタル

  • キー・クォーター・タワーには市民が自由にアクセスできる庭園があり、ここではパブリックアートや眺望を楽しむことができる。
    写真提供:AMPキャピタル

最新のビルでありながら
テクノロジーへの姿勢は慎重

過熱するテクノロジーのムーブメントについてはどうだろう。「人はやはり、すでに存在するアプリ、慣れ親しんだアプリを使うことを好みますよね」とウィートリー氏。続けて、「英語に『白い象をつくり出す』という言い回しがあります。巨大なものをつくったものの、時間が経てば何の役にも立たないという意味です。アプリは柔軟で、すでに日常の一部であるもののほうがシームレスに使用されます」と言う。「現在使われているテクノロジーと同じものが2年後に使われているとは限りません。(ビルの)完成が近づいた頃に、将来的にアップグレードが可能な優れたテクノロジーを取り入れていきたいと思います。テクノロジーの変化のスピードは建築業界のスピードとは全く違います。それが理由で、今までそれらをうまく合わせることに成功した人はいません」と、最新のビルでありながらテクノロジーに対する姿勢はいたって慎重である。

環境配慮の方針も抜かりはない。企業の環境負荷を評価するグリーンスターにおいて、ビルデザインで最高レベルの「6」を獲得している。一方、ビルのオペレーションについては評価が一段落ちる「5.5」だが、彼らにそれを気に留めている様子は全く見られない。フォーカスしているのは、環境よりもまず「人」だからだ。

「例えばハーブガーデンをつくれば、グリーンスターには認めてもらえるかもしれませんが、コミュニティの場としては全く意味を成しません」(ウィートリー氏)

キー・クォーター・タワーのシニア・デベロップメント・マネージャーを務めるブライアン・ドネリー氏が続ける。「私たちは階段やアトリウムなど、人が『使いたい』と思うスペースに投資することで、健康とウェルネスに対して、より純粋なアプローチを心がけています。階段はちょっとした運動になりますし、ほかの人とすれ違うこともできるので、交流を促進させる役目も果たします。会社にとっても、非常に重要なインフォーマルな情報交換の促進にもつながります。ですが、(そういったヒューマンサイドのアプローチは必ずしも)現在の評価ツールではポイントとは結び付かない。そういうことですね」

  • ポディウムと呼ばれる低層部は、緑豊かな庭園、レストラン、リテールを備える。複数の通りに面するエントランスは中央のアトリウムスペースに視覚的につながり、その透過性によって歩行者の流れを促進する。
    図版提供:AMPキャピタル

  • 5つのボリュームを少しずつずらして積み上げることで、低層部は地域に広く開き、高層部は地域の威圧感を減らし、入居者に眺望と屋上庭園を提供する。単なるデザインではなく合理的に課題が解かれている。
    図版提供:AMPキャピタル

  • キー・クォーター・タワーは、1970年に建てられた古いビルの既存コアをアップサイクル。構造を68%残したままで新しいパーツを加えるというユニークな工法を採用することで、サステナビリティと工期短縮を実現する。コアに4つの新しいエレベーターシャフト、北側に約4万5,000㎡の新しい建築が追加される。
    図版提供:AMPキャピタル

  • いわゆる「ライフスタイルエリア」と呼ばれるショッピングモール。活性化のための各種アクティビティ、イベントなどが計画されている。
    写真提供:AMPキャピタル

  • 写真右手がキー・クォーター・タワー。マンション、レストラン、ライフスタイルやウェルビーイング関連の店舗など、殺風景な旧来の金融街を美しく変化させるさまざまなリテールが並ぶ。
    写真提供:AMPキャピタル

text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto

WORKSIGHT 16(2020.7)より

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