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決済プラットフォーマーを頂点とする産業ヒエラルキー化は起こるか

企業の提供する価値は「便利」から「意味」へシフトする

[藤井保文]株式会社ビービット 東アジア営業責任者、エクスペリエンスデザイナー

ビービットが主催する中国デジタル環境の視察合宿「チャイナトリップ」を経て、経営戦略を変えたとか社内の意識が変わったという企業は後を絶ちません。日本企業はいま中国からさまざまなことを学んでいるのです。

もっとも、中国の成功事例をそのまま日本に持ち込めるとは限りません。日本のデジタル戦略を考えるとき、中国とは違うものになるところがあるでしょう。ポイントは、日本で「起きること」と「起きないこと」を区別することです。

「起きること」の1つは、ユーザー側がデジタルメインの世界に移行していくことでしょう。GAFAを始めとするIT企業が日本で存在感を増す中で、Instagramでいいなと思ったものがあれば、そのまま購入するというシーンは増えるはずです。デリバリーやキャッシュレスといった関連分野の進化もそれを後押しすると思います。

デジタル社会に移行すると、ユーザーがモノと接する際の選択肢が増えます。今までは、例えば車なら新車や中古車を「買う」、あるいはリースやレンタルで「借りる」という道しかなかったけれども、カーシェアアプリの登場によって家族以外の第三者と車を「共有する」こともできるようになりました。

情報もどんどんオープン化されて、企業にとって都合の悪い情報を隠すことがかえってイメージを損なったりもするようになってきました。つまり、ユーザー側に選択権や市場を動かす主権が返されつつあるわけで、この動きは世界的に見ても止めようがないと思われます。

また、企業にとってはユーザーのエクスペリエンスや購買・行動のデータが非常に重要になってきます。ユーザーが選んでくれるような体験や価値をしっかりと提供して、実際の行動データを分析して、それをよりレベルの高いエクスペリエンス還元へと活用する。こうした戦略が重要になることはグローバルはもちろん、日本でも必ず起きるでしょう。

競争原理が変われば産業構造も変わる

一方、日本で「起きない」と思われるのは、決済プラットフォーマーを頂点とする産業のヒエラルキー化です。

前編で、顧客接点を多く持ってデータを蓄積し、それをエクスペリエンスの良さに還元するという改善ループをいかに高速で回せるかが新しい競争原理になると説明しましたが、競争原理が変われば産業構造も変わることになるでしょう。

ビフォアデジタルの世界では、バリューチェーンの上流にいるメーカーを頂点として、顧客接点のビジネスは底辺でヒエラルキーを支えていました。しかし、これからのアフターデジタル環境では、顧客接点を多く持っているプラットフォーマーが最上位となり、サービスを提供する企業がその下に、モノをつくるだけのメーカーはさらにその下、ヒエラルキーの末端に位置づけられることになります。

現に中国ではメーカーが最下層に、サービサーが中間層、決済プラットフォーマーが最上位に位置するという産業構造が生まれています。


株式会社ビービットはエクスペリエンス・デザイン支援事業として、UXデザインコンサルティングやUXグロースハック支援サービスを手掛ける。東京・大手町のほか、台北、上海にもオフィスを展開している。2000年設立。
https://www.bebit.co.jp/

しかしながら、これと全く同じような決済プラットフォーマー主導の構造は、日本では生まれないように思います。というのも、中国ではテンセントとアリババがあまりにも強大だからです。もともと彼らはサービサーのレイヤーにいました。そこから上に行くには大きく2つの機構が必要で、1つは圧倒的なUXによって圧倒的にユーザーがいること、もう1つがそれによってマネタイズがしっかりできることです。

テンセントとアリババの2社はそれができていて、だからこそ上に登れたんですけど、下のサービサーに該当する、例えば中国版uberの「didi」や、デリバリーフードの「ウーラマ」のような企業群は、ユーザーは数億という人数を抱えているものの、いまのところ思うようにマネタイズできていないのが実情です。

(『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文氏と尾原和啓氏の共著、日経BP)p.157の図版を元に作成)

プラットフォーマーが主導権を握る中国と
マネタイズできるサービサーの多い日本

このアンバランスな構造を成り立たせているのが、アリババとテンセントというツートップです。トップの2社がサービサー企業に対して「とにかくユーザーを集めなさい、そうしたらうちで入り口をつくってあげるし、投資もする。事業が拡大できる状況をつくってあげるよ」と誘導している。中国という国では、そういうことが可能なんです。

でも日本だと何億というユーザーが集められないので規模の経済が効かないですし、中国ほど経済成長していないので、将来的なマネタイズのチャンスや投資も見込めません。ですから日本はサービサーがしっかりマネタイズしていて、メーカーやプラットフォーマーと比べてもそれなりに強い状況にあります。

しかも、テンセントやアリババは自分たちの行動データやペイメントデータを、サービサーとして頑張っているプレーヤーたちに分け与えるかといえば、それも怪しいですよね。

特にアリババは多岐に渡る事業を展開していて、ペイメント事業からお金をつくる仕組みを持っています。金融子会社があるので決済や購買のデータも蓄積できるし、スマートシティみたいなものもアリクラウドを中心に頑張っている。必要な産業を自前で持っているわけです。

もう1つ付け加えるならば、日本はプライバシーの概念が確立していますから、中国のように個人の行動データを融通し合える環境にはならないでしょう。日本ではもう少しクローズドなデータ共有になると思うんです。となると、一番強くなるのはサービサーのレイヤーで、決済プラットフォーマーよりも有利な立ち位置につくことも考えられます。

ただ、サービサーに接点が取られていくと、メーカーはサービサーの裏側でモノを売るだけの下請けのような存在になりかねない。そういう意味での産業構造の変化は、日本でも起こり得るかもしれません。メーカーが生き残るには、サービサー化の道を突き進む、もしくはサービサーたちがB to Cの感覚で商品を売りたいと考えたときにパートナーとして連携する仕組みをつくるといった方法を採ることになるでしょう。

サービサーへ変貌する電気自動車メーカーのNIO

実際、メーカーからサービサーへ変貌するという事例は中国で出てきています。ビットオート・ホールディングスが展開する「NIO」という電気自動車メーカーがその代表格です。ビットオートの創設者はリービンというモビリティ系のカリスマ投資家なんですけど、このビジネスは非常に面白いです。

「テスラは鍵を渡すまでが仕事だが、僕らは鍵を渡してから仕事だ」というようなことをNIOでは言っている。自動車メーカーでありながら、高級会員制サービスの側面もあるんです。入会金は600万円で、会員チケットを買ったら、車がお土産として付いてくるという考え方なんですね。

アフターサービスが徹底していて、例えばオーナーは車のバッテリーを時間をかけて充電する必要はないんです。充電が必要になったら、NIOのスタッフが専用トラックで来てくれて、満タンのバッテリーと交換してくれます。交換にかかる所要時間は数分だとか。

点検サービスも充実していて、従来だと土日などオーナーの仕事が休みの日に、車をディーラーへ持ち込んで点検してもらいますよね。そのために1日つぶれることもあるでしょう。でもNIOでは、例えば雨が降って外に出て行く気がしない、今日は1日子どもと家で遊ぼうとなったら、アプリでNIOを呼びます。するとNIOのスタッフが来て、車を持っていってくれるんです。そうしてメンテナンスを終えたら、家までまた戻してくれる。オーナーのクオリティー・オブ・ライフが格段に変わる、というようなことをうたい文句にしています。

ライフスタイルを提示し、コミュニティを醸成してファンを獲得

さらに、NIOのラウンジが中国のあちこちにあって、例えば親子で一緒に絵日記をつくる、英語を親子で学ぶ、親向けのヨガ教室といったイベントが頻繁に行われています。

そうところに行くと、同じくNIOのオーナーで、価値観も近ければ収入や生活レベルも近いような人が集まるので、自然とコミュニティが生まれます。そこで仲良くなった人とはNIOのアプリでコミュニケーションができるので、さらに親密になることもできる。SNS機能もありますし、ポイントをためてNIOが提供している旅行に行くこともできます。完全にサービサー化しているわけです。

ライフスタイルを提示して、そこにコミュニティを醸成し、ファンを獲得していく。こういうビジネスが日本でも出てくることはあり得ます。

かつて、企業が提供する価値の1つは利便性でした。暮らしの役に立つとか、生活が便利になるとか、そういう観点で商品やサービスが選ばれていた。それは中国の生活が不便だったからですよね。でも、そこがある程度改善されて、私自身、上海に住んでいて日本よりも便利だなと感じる場面が増えています。

つまり便利レイヤーでやることがそれほどなくなってきている可能性があるわけです。となると、もう一段上の「意味」があるライフスタイルですとか、あるいは企業の個性といったところに、少しずつ価値が移行しているのかもしれません。

戦略の転換に当たっては、社内の視点を揃えることが重要

日本企業の事例もお話ししておきましょうか。

チャイナトリップに参加された日本のあるメーカーは、会社全体のデジタル変革を推進するために、IoT機器の製造・販売に着手しつつ、社内の視点を揃えることにも力点を置いています。

この企業が問われているのは、単にモノをつくるだけのメーカーから脱却し、サービサーとしてユーザーと接点をいかにたくさん取っていくかという点です。モノ売りから体験を提供する寄り添い型へと、事業の軸足を徐々に移していくことになるわけですが、そうしたデジタルビジネスの基盤づくりのために、グループ会社を含めた社内メンバーにチャイナトリップに参加してもらい、足並みを揃えようとしているのです。

その企業向けにはこれまで4回ほどチャイナトリップを行いました。課長さんクラスからマネージャークラスまでが中国のアフターデジタルの世界を体感し、裏側の仕組みに対する理解も深まってきました。最近はさらに経営層向けのツアーも企画が進んでいます。

「アフターデジタルの波が日本にやってくる。このままでは会社が生き残れない」ということを社内でいくら説いても、実際のアフターデジタル環境のすごさが実感できない人にはピンと来ないでしょう。その点、みんなで同じ景色を見れば共感の輪が一気に広がります。結果としてアフターデジタル時代に向けた戦略の転換がスピーディに進むことが期待できるわけです。

WEB限定コンテンツ
(2019.8.29 千代田区のビービット東京オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo:Kei Katagiri

藤井保文(ふじい・やすふみ)

株式会社ビービット 東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナー。1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年、ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行っている。著書に『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(尾原和啓氏との共著、日経BP)、監修を手掛けたものに『平安保険グループの衝撃――顧客志向 NPS経営のベストプラクティス』(きんざい)。‎

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