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人材のダイバーシティがプラスに働く産業とは?

税制の後押しでイノベーションを促進

[森川正之]独立行政法人経済産業研究所 副所長

経済産業研究所の前所長・藤田昌久さん(経済学者、京都大学名誉教授)がおっしゃっていたことですけど、人と人の知的な交流は円の重なりになぞらえることができます。

例えば、AさんとBさんの知識がほとんど同じだとしたら重なる部分が大きいので、交流しても互いに得るものが少ない。一方、両者が別の知識を持っていれば、互いに刺激を与えあい、創発が生まれる可能性が高まります。

知識というのは出身地、性別、年齢などによって異なります。そういう幅が適度に大きいことが望ましいと藤田さんはおっしゃっていました。この「適度に」というのが肝で、完全に離れているとコミュニケーションが取れないんですね。でも完全に重なってしまうと金太郎あめになってしまう。なるほど、うまい喩えだなと共感したのを覚えています。


独立行政法人経済産業研究所(The Research Institute of Economy, Trade and Industry、略称:RIETI)は、経済産業省所管の政策シンクタンク。2001年設立。
https://www.rieti.go.jp/

 

知識集約型産業では人材のダイバーシティがプラスになる

女性や高齢者、外国人など、職場のダイバーシティを拡大しようと、あちこちで掛け声が上がっています。これはもちろん重要で意義のあることですが、既存の従業員とあまりに違いが大きすぎると、やはりコミュニケーションに齟齬をきたします。

特に伝統的な産業でルーティンワークが多い仕事の場合、ダイバーシティが生産性を損なうことがあります。コミュニケーションコストが増大し、効率化をさまたげることがあるということです。

また、コーポレートガバナンス・コードで、女性の取締役を登用しなければならないとか、社外取締役を一定数以上迎えるといった仕組みを規定して、全ての企業にそれを強制するというタイプのダイバーシティは、収益性や生産性の向上に結びついていないという研究結果* があります。収益性や生産性が高い余裕のある企業ほど、女性や外部人材を登用するといった逆の因果関係にも注意する必要があります。

ただ、ハイテク産業など知識集約型の産業では、人材のダイバーシティがイノベーション創出や生産性にポジティブな効果をもたらす** と思われます。異なる価値観との交流が、新しいアイデアを生み出したり、違う視点を獲得したりすることに役立つわけです。

成果型報酬を上手に採り入れることは生産性に寄与する

生産性向上に向けた企業の施策は他にもたくさんありますけど、例えば個々の労働者に対するマネジメントの改善も課題として挙げられるでしょう。例えば部下と上司とで目標を設定して、その進捗や成果をきちんと共有するだけでも、働く側のモチベーションは変わってくるはずです。

成果型報酬を採り入れることも生産性に寄与する可能性があります。ただ、成果型報酬の是非については議論の余地があって、仕事の成果をうまく測れない業務の場合には失敗することがあります。また、部とか課の中で社員が協力することが成果につながるような業務では、個人単位で成果を測るのは無理がありますし、弊害も生じます。

しかし、基本的に私は成果主義をポジティブにとらえています。やはりきちんと成果を出した人には報いないと、本人のその後のモチベーションに影を差すでしょうし、頑張っても評価されない職場なんだと分かると、他のメンバーのモチベーションにも影響しますよね。

上場企業の場合には、従業員のストックオプションを用意したり、あるいは株式での報酬も一定の有効性があると思います。また、昇進など人事上の処遇への反映はとても重要です。いずれにせよ、これは社会的に一律に制度化できるようなものではないので、企業ごとにベストな形を探っていくことが望まれます。

* 以下などのデータによる。
・Ahern, K.R. and A.K. Dittmar (2012). “The Changing of the Boards : The Impact on Firm Valuation of Mandated Female Board Representation,” Quarterly Journal of Economics, 127(1), 137-197.
・金榮愨・権赫旭(2015).「日本における取締役会の改革の効果分析」, RIETI Discussion Paper, 15-J-060.
(出典『生産性 誤解と真実』(森川正之、日本経済新聞出版社))

** Garnero, A., S. Kampelmann, and F. Rycx (2014). “The Heterogeneous Effects of Worforce Diversity on Productivity, Wages, and Profits,” Industrial Relations, 53(3), 430-477.
(出典『生産性 誤解と真実』)

労働時間に一律の縛りをかけることは生産性を阻害しかねない

高度プロフェッショナル制度は、適用範囲が限られているので、いまのところあまり実践している人は多くないという印象です。***

ただ、専門性が高くて、成果で測れるようなタイプの仕事は、労働時間管理はゆるめたほうがいいと個人的に思っています。例えば、私自身、経済産業研究所の研究者のマネジメントもしていますが、労働時間に一律に縛りをかけると、かえって生産性を阻害するような気がしてなりません。

海外の同世代の人とも連携しながら、研究者として質の高い研究を、しかもいち早く完成させるという国際競争をしているわけです。私たちのような社会科学系でもそうですから、サイエンスやエンジニアリングの分野ではもっと熾烈な競争があることでしょう。

そういう人たちは、ある程度まとまった時間で集中して、物事を考えたり論文を仕上げたりしないといけない。それなのに夜遅くまで働いてはいけないとか、週末に自宅で仕事をするのもいけないとかいわれると、作業がはかどらないばかりか、アウトプットのクオリティも低下します。ですから知識労働型の専門的職種の人に、あまりにも厳格な労働時間管理を行うのは考えものだと思いますね。

知的労働では、仕事かプライベートかの線引きが難しい

私自身もそうですよ。一研究者として、週末に自宅で論文を読んだりします。論文を読むのは確かに仕事の一環でもあるけれども、自分の好奇心を満たす楽しみでもある。どこかのお店で誰かとお酒も交えて話しているときに、いいアイデアを思い付くことだってあるかもしれない。特に知的労働では、仕事かプライベートかの線引きが非常に難しいんです。

工場労働のように、何時から何時まで組み立ての作業をして、定時にきっかり退社するという具合に、仕事の時間が明確に区切れるならともかく、そういうタイプではない仕事が増えているわけです。工場労働者を前提にしたような労働時間管理を、専門性の高いホワイトカラーに機械的に適用するのは限界があるでしょう。

その代わり、一仕事終わったら少し長い休みを取るような自由度を与えるとか、普段の労働時間をフレキシブルにするとかすればいい。職種によって、労働時間管理を外す仕組みに私は賛成です。ただ、現在の高度プロフェッショナル制度は、いろんな理由で枠ががっちりはまっているので、それが企業が導入に二の足を踏む原因になっている気がしますね。

*** 厚生労働省の発表によると、2019年6月末の時点で、高度プロフェッショナル制度を導入する企業は4社、適用する労働者は321人という。

イノベーションには失敗がつきもの。
過小投資を避けるには税制措置が効果的

政府でできる生産性向上のための施策としては、大きくはイノベーションの支援、教育をはじめとする人材育成、それから規制改革の3つに焦点を絞ることができると思います。

イノベーションに取り組む主体は企業や研究機関かもしれないけれども、イノベーションには失敗がつきものなので、過小投資になる可能性が高い。そこを安心して取り組めるように、政府が後押しする必要があるでしょう。

具体的には、研究開発への補助金や研究開発費用に対する減税ですね。こうした税制措置は民間の研究開発を刺激する効果があることを多くの研究が示しています。特に政府の補助は資金面の制約が強い中小企業にとって大きな助けになります。民間のイノベーションを活発化する上で、政府は大きな役割を果たしているわけです。

教育訓練についても、前編で重要性を指摘した初中等教育や就学前教育は政府の管轄です。企業の教育訓練に関しては、最近になって税制上のインセンティブが設けられるようになりましたが、もっと手前の学校教育の方がはるかに重要です。人的資本投資全体で考えたときに、政府の担っている役割は小さくありません。

働き方に関連する課題としては、特に大都市圏の交通インフラ整備が必要でしょう。これも前編で触れたように、テレワークがなぜ重要かといえば通勤インフラとの兼ね合いがあるからです。テレワークができなくても通勤インフラが改善されれば、長時間通勤に伴う副作用を軽減できます。実際、ここ20~30年で地下鉄などいろいろと新しい路線ができているけれども、東京圏の場合にはまだ十分でない可能性が高いと思っています。

社会的規制は、本当に消費者や労働者のためになっているか

国に期待したいもう1つの取り組みが規制改革ですね。日本では1980年代から規制緩和が進められてきましたが、貿易の障壁なども含めて、まだ余分な規制があると思います。

もちろん生命の安全や環境、プライバシーなどを守るための社会的規制は必要ですが、生産性にはマイナスに作用している可能性があります。例えば2007年に起きた耐震偽装事件、いわゆる姉歯事件は建築基準法を強化するきっかけになりました。一級建築士がチェックしなければいけない仕事が増えたわけです。しかし、一級建築士の供給は急には増やせません。

ある研究によれば、その結果、一級建築士の所得が3割ぐらい増えて、マンション価格が約15パーセント上昇しました。**** 要するに、生産性が上がっていなくて、単に建築士に棚ぼたが入るという、そういう規制改革になってしまった。その結果、消費者は高いマンションを購入することになった。そういう制度は意外に多いと思います。

だから労働時間の規制なども、労働者の健康を守るという社会性があることは踏まえつつ、ひょっとすると社会保険労務士の就労機会を提供しているという面があるかもしれないことは留意しておきたい。一律の規制が、本当に個々の労働者のためになっているかどうかは精査が必要でしょうね。

**** Kawaguchi, D., T. Murao, and R. Kambayashi (2014). “Incidence of Strict Quality Standards: Protection of Consumers or Windfall for Professionals?” Journal of Law and Economics, 57(1), 195-224.

生産性と通底する不確実性を探ることも今後のテーマ

生産性と並んで、いま新聞をにぎわしているキーワードが「不確実性」ではないでしょうか。イギリスのEU離脱や米中摩擦など、世界情勢が混迷していく中で、世界経済の不確実性もまた高まっています。

この不確実性に関して私は5、6年研究をしていますけど、さらに探求を続けていきたいと考えています。どこまで深掘りできるかはわからないけれども、これもやはり生産性と通底する要素でもあるんです。

生産性を上げるためにはリスクのある投資をすることが大事なんだけれども、先行きの不確実性が高いと投資を行うのに躊躇します。世界経済、日本経済の将来に不確実性があるのは不可避ですが、政治や政策が不必要に不確実性を高めないことが大事です。

生産性というものは謎が多いんですね。そもそも日本の労働生産性がなぜアメリカの3分の2なのかという理由も、はっきりとは分かっていないんです。地道な分析を重ねながら、生産性や不確実性というものの本質を解き明かしていけたらと思っています。

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(2019.7.12 千代田区の経済産業研究所にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

森川正之(もりかわ・まさゆき)

経済産業研究所副所長。1959年生まれ。東京大学教養学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。同省経済産業政策局調査課長、同産業構造課長、大臣官房審議官などを経て、現職。この間、政策研究大学院大学助教授、経済産業研究所上席研究員。経済学博士(京都大学)。主な著書に、『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)、『サービス立国論:成熟経済を活性化するフロンティア』(同)、『サービス産業の生産性分析:ミクロデータによる実証』(日本評論社、日経・経済図書文化賞受賞)。‎

 

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