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労働時間短縮は生産性の向上に直結しない。
最大の鍵は、働く意欲を高めること

生産性を上げるエンジンは「イノベーション」と「人材の質」

[森川正之] 独立行政法人経済産業研究所 副所長

日本経済にとって、生産性の向上は大きな課題です。G7の中で日本の生産性は一番低いとされていますし*、アベノミクスでも生産性革命が看板の1つに掲げられています。企業関係者の間でも生産性を巡る議論は活発ですよね。

しかしながら、では生産性とは一体何か、どのような要素でとらえられるのかと聞かれて、明快に答えられる人は、企業にも、また官公庁にも少ないという印象です。生産性の概念自体は知っていても、実際にどう測るのか、どうすれば生産性を上げることができるのかということになると、さまざまな誤解や俗説があると感じています。

生産性をとらえるためのさまざまな指標

生産性を測るときによく使われる指標は「労働生産性」です。一定期間に1人の労働者が1時間当たりどれだけの付加価値(金額もしくは物理的な生産量)を生み出したかを示すものです。ここでいう付加価値は、経済全体の場合にはGDP、企業単位では利益や賃金を足し上げた付加価値額、あるいは生産量ということになります。分母は労働投入量(マンアワー)です。

もう1つ、ときどき使われる指標として「資本生産性」があります。これは資本ストックを分母に置きます。農業で1ヘクタール当たりの収穫量を「単収」といいますけど、これは資本生産性の好例ですね。現代の小売業なら、仮に販売床面積当たりの売り上げが他の店舗よりも多ければ、資本生産性が高いということになります。

労働生産性や資本生産性のネックは、計算の元となるデータを精緻にとらえるのが難しいこと。労働時間の把握や製品やサービスの質の向上、価格の変化などを正しく反映するのが難しいので、計測結果に誤差が生じがちです。

何より大きな欠点は、実際の生産活動は労働と資本の両方を用いていることです。労働と資本のどちらか一方だけを分母にして生産性を測るのでは、一面だけしかとらえられません。

例えば労働生産性が高い産業としては、電力や電鉄・鉄道などの装置型産業が挙げられます。資本設備が大きいので、労働者1人当たりの労働生産性は高いですが、だからといって効率的だということを必ずしも意味しません。資本生産性は逆に低いはずです。全ての産業で生産性を的確に測ろうとするならば、労働と資本という両方の要素を考慮しなければなりません。


独立行政法人経済産業研究所(The Research Institute of Economy, Trade and Industry、略称:RIETI)は、経済産業省所管の政策シンクタンク。2001年設立。
https://www.rieti.go.jp/

 

* 日本生産性本部が2018年12月に発表した「労働生産性の国際比較 2018」によると、2017年の日本の時間当たり労働生産性は47.5ドルで、米国(72.0ドル)のおよそ3分の2。G7の中では最下位。

労働と資本を分母にするTFPで生産性の実態をとらえる

そこで重要になるのが、複数の生産要素を考慮した「全要素生産性」(以下、TFP)** です。例えば、日本経済全体のTFP上昇率を測る場合、マクロ経済全体の付加価値である実質GDP成長率から、労働投入時間(労働者数×平均労働時間)の増加率×労働の寄与度、資本ストックの増加率×資本の寄与度を差し引いた数字になります。産業や企業ごとのTFPを計算する場合、それぞれ労働と資本の寄与度は異なります。

労働と資本という単位の違うものが分母になるため、TFPには単位がなく、時系列での数値の推移や企業間比較など、何パーセント上昇したとか、何パーセント高いといった相対的な形でしか表現できません。そのため、TFPは直観的に分かりにくいという人も多いですが、多様な経済活動を正確にとらえられる生産性指標だといえます。

冒頭、G7の中で日本の生産性が低いと申し上げましたが、これは実は労働生産性の「水準」を比較した結果です。TFPの上昇率で見ると、日本だけが特別に生産性の伸びが低いわけではありません。むしろ世界経済危機以降、2009~2016年の各国のTFPの伸びを比べると、日本の上昇率が高い一方で、アメリカやイギリスは上昇率が鈍化しています。

生産性を正しくとらえるために、こうした指標を注意深く見る必要はありますが、いずれにしても生産性の向上は主要国に共通する課題であるといえるでしょう。

デジタル技術をうまく使いこなす産業が増えることで経済が活性化

生産性を上げるエンジンは2つあって、「イノベーション」と「人的資本の質」です。

イノベーションに関しては、政府の成長戦略でも人工知能や介護ロボットなどが注目されています。そうした「第四次産業革命」ともいうべき分野でイノベーションが多く生まれ、活用されることが、今後の生産性向上に効いてくると思われます。

例えば、アメリカでは1990年代の半ばから10年ぐらい生産性上昇率が高まりました。いわゆるIT革命の時期です。特に「流通」「金融」「運輸」の3つの産業で、ITによるイノベーションが現実の事業に利用され、産業全体の生産性に大きく寄与したことが背景にあります。

ですから、ハードウェアやソフトウェアを製造する産業よりも、ITを使う方の産業がどれだけハードやソフトをうまく使いこなすかが課題になります。その意味で、人工知能など新しいテクノロジーは利用範囲が広い「汎用技術」なので、それらを上手に利用できれば、そのインパクトは潜在的にかなり大きいと考えられます。

働き手の学ぶ力は幼児期~学童期につくられる

生産性向上のもう1つのエンジンである人材の質に関していえば、教育投資が重要です。特に学校教育、中でも幼児期から学童期の教育ですね。小学校や幼稚園・保育園、あるいは家庭での教育が、長い目で見て国の生産性を左右することになります。

学ぶ力の根幹は幼少期につくられるもので、中学生や高校生になってからではキャッチアップが難しい。ですから早い時期に、学ぶ力を身につけることが必要です。基礎がしっかりしていれば、応用はいくらでも可能ですから。

質の高い人材を育てるために、小学校の先生の質は非常に大事です。教えるのがうまい先生は子どもの付加価値を高めます。教育の生産性が高いともいえますね。ですから、いかにいい教員を採用できるか、そして採用した教員の質をいかに高めていくかが重要課題といえるでしょう。

日本は国際的な学力テストで比較的高い成績を収めているので、日本の教育は先生の努力で高いレベルを維持しているといえます。ただ、昔は女性が民間企業で活躍する機会が限られていたため、優秀な女性が教員になったのですが、最近は企業で働く女性が増えて、優れた女性教員を採るのが難しくなってきています。女性の社会進出はもちろん歓迎すべきことですが、教育界としては教員の処遇をどうするかなど工夫のしどころですね。

短期の人材投資という意味では、職場の教育訓練も大切です。私が以前、企業内研修や外部組織への派遣などOff-JTと生産性の関連を調べたところ、費用対効果あるいは投資収益率が非常に高いことが分かりました。現状は過小投資になっている可能性が高く、もっと教育訓練投資をしてもおかしくありません。OJTは投資の額や内容がはっきり分からないので定量分析しにくいんですけど、Off-JTと同じくらいか、もっと大きな効果があるような気がしますね。

** TFPはtotal factor productivityの略。多要素生産性ともいう。


森川氏の著書『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)。サービス業や製造業を含めた産業全体の生産性について、エビデンスを元に論じている。

心身の負担軽減や働く意欲の向上が
生産性を高めることにつながる

労働時間の短縮やワークライフバランスの向上が生産性にどう影響するかという点については、いくつかの実証研究があります。ワークライフバランスの場合、それと企業の生産性との間に「相関関係」は見られるのですが、もともと生産性の高い企業がそうした施策を採るという関係で、ワークライフバランスを改善すると生産性が高くなるという「因果関係」ではないことが指摘されています。***

もちろん過度に長い労働時間を減らした方がいいのは、肉体的・精神的な健康の観点から当然ですが、極端な長時間労働でない場合に労働時間を短くしたから時間当たりの生産性が上がるという強い実証的根拠はありません。要は、労働時間の短縮が生産性の向上に直結するわけではないということです。***

とはいえ、働き方改革はやっぱり大事ですよね。これは2つの理由があって、1つは働き手のモチベーションを高めるためです。個人がどれほど能力を高めても、意欲がなければパフォーマンスを発揮できません。フレックスタイムの導入、ワークライフバランスの実現、あるいは上司との良好な関係構築や無駄な会議の削減といったことで、心身の負担が軽減されたり働く意欲が高まったりするのであれば、それは生産性向上に寄与するだろうということです。

ワークライフバランスの実現は賃金アップと同様の効果

もう1つの理由として、ワークライフバランスが実現することは、それ自体に価値があるわけですよ。生産性を上げるという目的にはあまり関係ないけれども、企業やマネジメントがそれに取り組むのはもちろん望ましいというのが私の考えです。

例えば、給与の額が変わらなかったとしても、本人が以前よりストレスなく仕事ができるようになって、私生活も充実したとしたら、その会社で働くことの価値が高まるでしょう。すなわち、実質的に賃金が増えたのと同じ意味を持つわけです。まして、いまは女性の就労者も増えていますし、ワークライフバランスに価値を見出すタイプの働き手が増えているので、そうしたニーズに応えることに意義があると思います。

働き手の価値観も多様化していますよね。労務管理はマネジメントの重要課題といえますが、例えば「今日は思いきり仕事をしたい」と思っている人に対しては、健康に害のない範囲で残業を認めてもいいんじゃないでしょうか。また、仕事することを通じて学習するという面もあるので、若い人にとってスキル、生産性を高める効果もあります。現在のように法律に基づいて一律に長時間労働を是正することが本当に労働者のためになっているかということは、検討の余地があると思います。

私は以前、労働組合が企業の生産性にどれだけ寄与するかを研究したことがありますけど、昔は労働組合が働き手の細かい要望や不満をすくい取って経営層に伝えていたんですね。また、新しい技術の導入・活用を労使が協力して行っていました。アメリカの労働組合は賃金を上げるための交渉役という趣が強くて、生産性は低くしているという研究が多いですけど、日本ではどちらかといえば逆です。

最近は労働組合のない会社が増えているので、マネジメント層が働き手のモチベーションを高めるために目配りをして、経営に伝えて改善するという役割が大事になっています。労使間の協力がうまくいけば、機械的な規制よりも合理的な解決ができるはずです。

*** 以下のデータによる。
・Yamamoto, I. and T. Matsuura (2014). “Effect of Work-Life Balance Practices on Firm Productivity : Evidence from Japanese Firm-Level Panel Data,” B.E. Journal of Economic Analysis and Policy,14(4)
・Bloom, N., T. Kretschmer, and J. Van Reenen (2011). “Are Family-Friendly Workplace Practices a Valuable Firm Resources?” Strategic Management Journal, 32(4), 343-367.
(出典『生産性 誤解と真実』)

テレワークは生産性を高め、オフィスの有効活用も促す

働き方改革の中で、生産性にプラスの影響を与えるものとしてはテレワークが挙げられます。これはエビデンスによる裏付けがあります。****

テレワークは、それ自身が直接に生産性上げる効果を持っています。2つのメカニズムがあって、1つは働きやすくなることによって処理件数が増えるということ。労働者の物理的な生産性が上がるわけですね。

もう1つは、オフィスにデスクを全員分用意しなくて済むことも大きい。都心のオフィスは賃料が高いですから、スペースをシェアすることで賃料を圧縮でき、従って資本の投入を減らすことができます。例えばフリーアドレスを導入すると、資本設備への投資が減り、生産性が高まるという効果が期待できます。

**** Bloom, N., J. Liang, J. Roberts, and Z.J. Ying (2015). “Does Working from Home Work? Evidence from a Chinese Experiment,” Quarterly Journal of Economics, 130(1), 165-218.
(出典『生産性 誤解と真実』)

コールセンター業務の在宅勤務でTFPが30パーセント上昇

さらに、テレワークによって特にサービス産業の生産性が高まることが挙げられます。

サービス産業は都市型産業なんです。製造業は工場の広大な敷地を確保するために郊外や地方に拠点を置きますけど、サービス産業、特に対個人サービスの場合は周りに顧客が稠密にいることで稼働率が上がり、生産性が上がるわけです。都市部では人との交流も増えるので、知識のスピルオーバー(普及・拡散)が起きて、結果として生産性が上がるという側面もあります。

東京一極集中の是非はさておき、都市の活力を生かすことがサービス産業の生産性を高めるうえでは重要ということなんですが、それを実現しようとすると通勤時間が長くなるという副作用が生じます。

しかし、テレワークを導入することでそれが解消できるわけです。私が日本の就労者約7,000人のデータを元に行った分析では、仕事時間よりも通勤時間が長くなる方が嫌と答える人の方がはるかに多いという結果が出ています。***** サテライトオフィスのテレワークでも効果はあると思いますけど、特に在宅勤務のテレワークで威力を発揮すると見られます。

従って、物理的な生産性の向上やオフィススペースの節約といった経路でTFPを押し上げる効果と同時に、長時間通勤という副作用を軽減するメリットもあるということなんですね。

中国のコールセンターを対象とした実証実験では、在宅勤務を導入するとTFPが30パーセント上がるという結果**** が得られています。コールセンターのように情報通信インフラを活用できる業務や、個人で集中して取り組むクリエイティブ職のように、テレワークができる仕事であれば、なるべくそれを推進していくのが得策だといえそうです。

WEB限定コンテンツ
(2019.7.12 千代田区の経済産業研究所にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

東京に接する埼玉、千葉、神奈川や、大阪に接する奈良は長時間通勤する人が多い。これらの県では子育て期に当たる25~44歳女性の就労率が低い傾向があり、仕事と家庭生活の両立の難しさを示唆していると森川氏は見る。 「長い通勤時間を避けるために働くのをやめて子育てに専念するという現象が起きているのでは。長時間通勤が少子化の遠因になっている可能性もあると思います」

***** Morikawa, M. (2018). “Long Commuting Time and the Benefits of Telecommuting,” RIETI Discussion Paper, 18-E-025.
(出典『生産性 誤解と真実』)

森川正之(もりかわ・まさゆき)

経済産業研究所副所長。1959年生まれ。東京大学教養学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。同省経済産業政策局調査課長、同産業構造課長、大臣官房審議官などを経て、現職。この間、政策研究大学院大学助教授、経済産業研究所上席研究員。経済学博士(京都大学)。主な著書に、『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)、『サービス立国論:成熟経済を活性化するフロンティア』(同)、『サービス産業の生産性分析:ミクロデータによる実証』(日本評論社、日経・経済図書文化賞受賞)。‎

 

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