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リバタリアニズムは日本の社会も変えていくか?

ミレニアル世代の価値観に合った事業戦略が必要

[渡辺靖]慶應義塾大学SFC 環境情報学部 教授

自由市場、最小国家、社会的寛容を掲げるリバタリアニズムがアメリカ社会、特に若者の間に浸透していることを前編で説明しましたが、日本でも似たような傾向があると思います。

私は慶應義塾大学SFCで教鞭を執っていますが、学生たちの発想はリバタリアンと親和性が高いと感じます。特にこのキャンパスがインターネットや起業に熱心な学生が多いことも影響しているんでしょうね。公務員を目指す学生は少ないですし、財政赤字が膨らむ中、福祉や社会保障には頼れそうもない、ならば市場をも動かす社会的事業を自分たちで立ち上げようと考える学生は多いです。

価値観の面でも、日本における保守的なナショナリズムや排外主義はナンセンスだととらえる学生が少なくありませんし、セクシャリティの多様性を認める傾向も強い。もっとも、このあたりはSFCに限らず、日本の若い世代に広く共通している考え方かもしれません。日本の若者もリバタリアンとの共通項があるのではないでしょうか。


慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)環境情報学部は、先端科学やテクノロジーを活用して未来のグローバル社会をつくる人材の育成に取り組む。
https://www.sfc.keio.ac.jp/

若い世代にオルタナティブな社会を模索する動きがある

アメリカのリバタリアンは政党としての結束力はそれほど強くないですが、それも日本との共通項といえるかもしれません。

日本で自民党を支持する若者は、他の党よりはましという程度で、かといって共産党に共鳴するかというとそうでもない。既存の政党に対しては期待しない、というか関心がないという人が多いような印象です。

ただ、国の成り立ちからして自由を求めてきたアメリカと違って、日本の場合は、明治維新以降、ずっとお上に頼ってきたところがある。大きな事故や自然災害などがあると、「もっと国がきちんと管理すべきだ」とか「国が規制を強化すべきだ」という論調が強まります。一般に、国や自治体の援助を求めていくという発想が強いんですよね。

とはいえ、そういう発想が限界に直面してるのもまた事実でしょう。今年6月に金融庁が、年金制度に頼らない自助の経済設計を勧めるレポートを出して注目を浴びました。この議論の是非はさておき、老後の生活資金を国に依存する従来型の年金制度には、かねてから限界を指摘する声はあったわけです。そうした古いモデルから脱却して、新しいオルタナティブな社会のあり方を模索する動きは、下は学生から上は30代くらいまでの若い世代に特に多く見受けられるように思います。

イノベーションを阻害するような社会制度は排除されていく

リバタリアニズム的な思想が若年層に響いているということは、日本の市場も少しずつ変わっていく可能性があることを示唆しています。

国によるお膳立ては今後期待しにくくなることは、社会保障だけでなく公共事業もしかりですよね。恐らく、否が応にもそのトレンドは受け入れていかざるを得ない。そうなったときにどうやって今享受しているサービスや生活の質を維持するかというと、イノベーションで対応していくことになるでしょう。

裏を返せば、イノベーションを阻害するような社会の制度は排除されていくとも考えられます。例えば、会社ではよく出張旅費を申請したりしますよね。そのときに印鑑が押されていないといけないとか、5枚くらい同じ書類を手書きで書かないといけないといった手続きがあるとしたら、印鑑が廃止されるとか、オンラインで申請できるようになるといった効率化が進むでしょう。

今の社会の仕組みや慣行がどれだけ現実と不一致を起こしているかということに対して、いろんなところで声を上げる人が出てくるでしょうし、そうしたある種のコンフリクトによって、よりイノベーションに適した社会へのデザインがなされていくと思います。

企業としても、技術を活用する、個人の自由を追求するといったミレニアル世代の価値観に合った製品やサービスが問われることになるでしょう。メーカー側が一定のサイズやデザインの製品を押し付けるのではなく、オーダーメイドに近い小ロットの生産で顧客を取り込むビジネスが今以上に増えてくるかもしれません。

リバタリアンの共同体は参加も離脱も自由、
他の共同体を挑発・攻撃しないことが前提

リバタリアンと聞くと、政府に頼らない自助的な社会を目指して仲間内でコミュニティを作るのか、それが乱立すると社会の分断を産むのではないかと危惧する声もあるようです。

実際、アメリカのみならず世界でトライバリズムが問題になっています。個人が自分の繭の中に閉じこもって、知りたい情報だけ知って、気の合う人とだけつるんで、外部の人には一切の関心を持たない、ひどい場合は他者を排除・抑圧しようとする、そんな同族意識があちこちで高まっているのは事実です。

ただ、これはリバタリアンの考え方とは相容れません。リバタリアンは自分の自由は保障してもらいたい、しかしその代わりに相手の自由も侵害しません。気の合わない人がいるからといって、その人たちを侮辱したり、弾圧したりすることは相手の自由を侵害することになりますから、それは明確に否定されるわけです。

アメリカのリバタリアンの中にコミューンを作る動きは確かにあるのですが、その条件として2つのポイントがあります。1つは参加も離脱も自由であること。もう1つは、そのコミューンが他のコミューンに対して挑発的な態度を取らないということです。この制約がある限りカルト化はしないと考えられますし、コミューン間の自由を担保する存在としてのみ、政府を認めるというのが基本的なリバタリアンの最小国家の発想です。

互いの自由を尊重することを前提に、棲み分けはあり得る

ただ、このコミューンの問題をもう少し突き詰めて考えると、例えば経済力やライフスタイルによる分断はあり得るかもしれません。お金持ちの人はお金持ちのコミュニティを作り、貧しい人は貧しい人だけのコミュニティを作ることもあるかもしれない。そこで国が互いの相互理解が必要だと両者を無理に融合させようとすることは、かえって反発を強めることになるということで、彼らは政府の介入は拒否するでしょう。

多少の棲み分けは、リバタリアンはおそらく是とすると思います。それぞれのコミュニティに市場ができて、そこで頑張った人が報われて、別のコミュニティに自由に移ることができるのであれば、それはリバタリアンの思想に合致しています。

政府が平等な社会を成し遂げるために介入すべきだという考えがある一方で、リバタリアンからすると、介入して平等になるかもしれないけども、平等だからといって個人が自由でいられるとは限りません。共産主義社会で癒着や政治の汚職、表現の自由の制約などがあるのは、分かりやすい例といえます。

棲み分けはあるけれども、それが差別や排除の論理に基づくものでなく、また相手の自由を制限するものでないという大前提においてなされることなので、トライバリズムを助長するようなことにはならないと思います。

白人至上主義に見る人間のネガティブな側面も掘り下げたい

ただ、トライバリズムをさらに先鋭化したような、アメリカの白人至上主義の台頭も目につきます。おとといまでその会合を取材していましたが、黒人やヒスパニックの増加を受けて、白人の自由が奪われていると警戒している右派の人々が主要メンバーでした。リバタリアンとは思想が真逆なんですね。リバタリアニズムを研究する中でその存在が視野に入ってきて、私の今の最大の関心は彼らにあります。

世界的に見ると排外的な運動が強まってきて、それが単なる社会的な例外としてではなく、政治的にも力を持つようになってきています。それとポピュリズムの動きが絡んで、例えばイギリスのEU離脱や、トランプ大統領の誕生といった事態を招いているような気がしてなりません。

やっていてあまり明るくなるような研究ではないですけど、人間の持っているそういうネガティブな側面、性悪説に立っているような価値観を今度は徹底的に掘り下げていきたいと考えています。

2020年にはアメリカ大統領選があります。リバタリアニズムやトライバリズム、あるいは過激な排外主義がどのような形で影響力を持ち得るか、今後も現地調査を続けながら、日本のみなさんに実情を報告していきたいと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2019.5.23 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

組織を1つの共同体として考えると、独断的なワンマン経営はリバタリアンから敬遠される可能性が高い。
「女性や外国人、マイノリティなどへの差別のない、バリアフリーのオフィス環境が今後望まれることになるのでは。個人の自由を極大化するという面からいえば、兼業や副業を認める会社も増えていくかもしれません」(渡辺氏)

渡辺靖(わたなべ・やすし)

1967年、札幌市生まれ。慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)環境情報学部 教授、政策・メディア研究科委員。1997年ハーバード大学大学院博士課程修了(Ph.D.社会人類学)。ハーバード大学国際問題研究所、オクスフォード大学シニア・アソシエート、ケンブリッジ大学フェローなどを経て、2005年より慶應義塾大学SFC教授。専門はアメリカ研究、文化政策論。日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞受賞。著書『リバタリアニズム――アメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書、2019年)、『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、2004年、サントリー学芸賞、アメリカ学会清水博賞、義塾賞受賞)など多数。

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