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“I-Deals”で才能や潜在キャリアを柔軟に生かす

求職者は企業のメッセージの一貫性をチェックしている

[服部泰宏]神戸大学大学院 経営学研究科 准教授

働き方はいま社会で大きなテーマになっていますが、学生を始めとする求職者にとっても就職先を選ぶ際の一大関心事であることは間違いありません。

企業側が等身大の姿を求職者に見てもらうことはリアリティショックを防ぎ、仕事へのモチベーションをかき立てます。ですから、社員の働き方をオープンに見せることは意味があるでしょう。

働き方のモデルを示すことは学生にとって価値がある

特に学生は会社で働くことがどんなことなのかピンと来ません。学生生活とも違うし、アルバイトとも違う。自分の親の世代ともおそらく違うだろうということで、どんな仕事をするのか、どれくらい忙しいのか、残業がどれくらいあるかといったことがイメージできないんです。従って、働き方のモデルを示すことは学生にとって価値ある情報になりますし、そこが不透明だと企業への信頼感が損なわれます。

ちなみに学生の大企業志向はここに由来すると思いますね。有名な企業は働き方や給与の待遇などが比較的オープンにされている印象があり、安心感を抱くわけです。本当はそうとも限らないわけですが、彼らにとっては不安を払拭してくれるはずだという見込みのもと、リスクを最小化する形で大企業志向が出てくる。ですからベンチャー企業や中小企業は自社の働き方や就労環境などを、大企業よりも意識的に説明する必要があると思います。

もう1ついうならば、大企業志向の背景には自分のキャリアを優位なところからスタートさせたいという思惑もあるでしょう。若者は安定志向と言われますが、入社した会社が30年、40年後も安定している人は少ないです。最初にどんなキャリアをスタートしたら自分のキャリアが良くなるか、そういう意味の安定志向なんですね。

まず大企業に行けば経験を積ませてもらえるとか、安定した収入が得られて経済基盤も固められる。そうなれば中小企業やベンチャー企業にも転職しやすいのではないかと彼らは考えているわけです。ですから小規模の企業で、いい経験を積んで良質のキャリアが築けると自負しているのであれば、それをアピールすることも採用活動を有利にするはずです。

オフィス環境から感覚的なメッセージが伝わることが重要

働き方を示すという点ではオフィスも重要な役割を果たすでしょう。学生からするとオフィスの物理的な環境は労働時間に次ぐくらいの重要性を持っています。彼らはよく「渋谷で働く」「丸の内で働く」などと言いますが、つまり立地を重視しているんですね。そのうえでオフィス環境への高い関心も持っています。

例えば新規事業をどんどん作って、新しい市場を開拓しようなどとイノベーティブな理念や方向性を打ち出しているのに、オフィスが旧態依然としたものだったら、そのギャップに腰が引けてしまうこともある。

さらにいえばコーポレートカラーやホームページのデザインの一貫性もチェック対象です。ホームページのデザインが洗練されていても、あるいは会社の戦略や方針が先進的であっても、何か他の要素で矛盾を感じると志望度が下がるという声は実際にあります。学生はちゃんと見ているんですね(笑)。

オフィスはものを語るわけではありませんが、そこに感覚的なメッセージが感じられることは大事な要素だと思います。オフィス環境、働き方、経営方針、企業理念・文化など、定性的なメッセージの一貫性についても企業は意識すべきでしょう。

side01神戸大学大学院 経営学研究科は、経営学分野でグローバルに活躍する研究者を育てるPh.D.コース、企業の経営リーダーを育てるMBAコース、将来の経済界を担う人材を育てる学部の3つで構成されている。
http://www.b.kobe-u.ac.jp/

能力や事情に応じて働き方をカスタマイズ。
「特別扱い」で「理想」を具現化する

働き方をめぐる最近の注目すべき変化といえば、働き手の能力や適性に応じて、その人なりの働き方、労働時間、環境などをある程度カスタマイズしていこうとする動きがあることです。企業の狙いは個々のニーズに応えて離職を防ぎ、人手不足を解消すると同時に、さまざまな人材、能力を確保することで組織として強みを発揮することにあります。

例えば、夜中に働くと抜群のパフォーマンスを発揮する凄腕のエンジニアがいたとしましょう。従来的な日本企業の常識からすると「夜中に働くなんて論外だ、定時に来るのが会社のルールだ」ということで、その人を採用することは断念せざるを得ません。

しかし海外の企業では、優秀な人であればその人なりの雇用条件やオフィス環境を提供してでも来てもらうべきだという流れが出てきています。“I-Deals”(アイ・ディールズ)という考え方で、日本語では「特別扱い」ですね。これは2つの言葉を組み合わせた造語です。1つはidiosyncratic(特別な、特異な)で、つまりその人の能力や適性に応じて働き方や環境を特別に用意するということ。企業はそこまでしなければ優秀な人材を確保できない状況にあるのです。

もう1つの意味は、それをすることがideal(理想的)ということです。昔の考え方からすると特別扱いすると他の人から不満が出るのでよくないという話になりますが、特別扱いすることで周りも組織もハッピーになるという価値観が醸成されつつある。「あいつはちょっと変な奴だけど、確かに成果を挙げているし、会社に貢献しているからまあいいか」という具合ですね。

個別の事情を認めて能力を生かす動きが出始めている

スポーツや芸能の世界では特別な才能に敬意を払うことが昔からありましたが、ビジネスの世界でも同じ動きが出てきているわけです。しかも特別扱いの対象が専門性だけでなく、一般の働き手に対しても適用するケースが見られるようになってきた。個別の事情を認めていくことで、その人の能力を生かす動きが少しずつ出始めているのです。

例えば新横浜にある半導体メーカーでは主婦も採用のターゲットにしています。昔はバリバリ働いていたけれども、出産や子育てで退職した主婦は、高い能力を持ちながら時間に余裕があります。そこで子どもを保育園に預けて日中の数時間だけ働いてもらうとか、自宅で新商品や販促のアイデアを考えてもらうといった形で活用するわけです。

ずば抜けた能力のある人材ではないかもしれませんが、企業としては育成の手間やコストをかけることなく、本人の過去のキャリアを生かす形で組織に活力や新たな視点を提供してもらうことが可能です。

そういう草の根I-Dealsのような取り組みは工夫次第で実行可能でしょう。一般社員から見れば特別扱いだけれども、会社にとっても、また本人にとっても自分の能力を家族に圧迫をかけない範囲で生かすことができるので理想的です。こういう新しい働き方のスタイルは今後少しずつ増えていくような気がします。

実際、キャリアの中で働き方のギアチェンジができる企業も出てきています。スーツの青木ではギアチェンジパッケージを用意していて、フルタイムで業務にコミットしている時期もあれば、出産後は車のシフトを落とすように時短勤務にして、子どもが中学校に上がったらまたフルに戻すというような働き方を後押ししています。

先ほどの半導体メーカーは働き手によって、この人は何時間、この人はフルに働くという選択肢ですが、こちらは働き方を時間軸の中で変化させるということ。形はさまざまあるでしょうが、いずれにしろ働き方の柔軟性を担保する企業は今後も増えると思われます。

単純な模倣では採用の本質を外しかねない

採用という企業活動に密接したものを研究するということで、多くの企業を訪問してヒアリングしていますし、企業との共同研究の機会も増えています。データの提供や分析など相互の学び合いを通じて、一緒に知識を作り出していくことが重要だと考えています。新しい手法に挑戦して、その結果を検証し、得られた知見を元にまた新しいものを生み出す。採用の現場とアカデミズムの現場でいい循環を回していく、その一端を担えればと思っています。

2016年に上梓した『採用学』(新潮選書)では、新しい採用が出始めました、もっとその動きを加速していきましょうというトーンでしたが、今はむしろ新規性にこだわる企業が増えて新しいもの競争になってきていることが気にかかります。

新しいことへのトライアルは重要ですが、それが自分を縛っていく側面もあります。特に採用は社会に開かれたものですから、新商品と同じでヒットすると世間の注目を浴びるので、やめたくてもなかなかやめられないことがあります。そこにしがみついてしまうと、せっかく新しいことをしたのに新しさがなくなってしまうという、そういう皮肉なパターンに陥らないよう常にアップデートしていかなくてはなりません。

次に出版する本* ではユニークな採用の2~3年後を追いかけて検証します。行き過ぎた新しいもの競争にちょっと待ったをかけることになります。採用を成功させる魔法の杖はないけれども陥りがちな罠はあるんですね。単純な模倣では本質を外しかねません。自社独自の採用のあり方を考えてもらうために、そうした轍を示したいと考えています。

日本企業は何を売りにしてグローバル人材市場を戦えばいいか

日本国内で採用のあり方を探求していくと同時に、同じことを海外にも拡張していきます。

アジアで日本企業が人を採用しようとすると、国内では採用力のある企業が劣勢に立たされることがよくあります。求職者の人気ランキングで日本ではトップ10に入る会社が、例えばシンガポールでは50位、60位にまで落ち込んでしまうことも珍しくないのです。

かつて、アジアにおける日本企業のイメージは、給料はそれほど高くないけれども職場のムードがいいとか、人材の育成はしっかりするという具合に、人を大事にするというポジティブなイメージがありました。しかし、シンガポールでアンケート調査をしてみると、今の日本企業は人を大切にするイメージをあまり持たれておらず、アメリカ企業とあまり変わりがないという結果が出ています。

では日本企業は何を売りにして人材市場を戦えばいいのか。そのあたりをこれから研究していきたいですね。日本国内とは少し違うレベルで、他企業との競争というより他国との競争の中で日本企業が取りうる戦略を考えていけたらと思っています。

未来の学びにつながる評価の仕組みを探求したい

もう1つ、また別の着眼点になりますが、人間が人間を評価することにフォーカスして、よりモチベーションが上がる評価の仕組みについても探求していくことも考えています。

これは育成にも関わる話で、例えば学校の先生が生徒に成績表を渡すとき、単に「5でよかったね」と言って渡すのと、「5を取ったけれども、こういうところを頑張ったらもっと勉強が楽しくなるかもしれないよ」というようなアドバイスを添えるとでは、その後の頑張りと成長に差が出てくるはず。同じことが企業の人事評価にも言えると思います。結果を見るだけでなく、未来の学びにつながる評価、人材の活性化につながる評価に結び付けていけたらいいですね。

そういうわけで、新しい形の採用がもたらした影響の検証、海外での日本企業の採用戦略、より効果的な評価の仕組みという、この3つのテーマにこれから10年くらいかけて取り組んでいきたいと考えています。どれも要素としてはつながっているけれども、単体だけではとらえられない問題もあります。一筋縄ではいかない探求になりますが、だからこそ面白いし、研究の価値があると思います。

WEB限定コンテンツ
(2018.2.15 横浜市の横浜国立大学キャンパスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

 

* 『日本企業の採用革新:新種の発生と帰結』(中央経済社、2018年6~7月発刊予定)

野村総合研究所の上級コンサルタント・上田恵陶奈氏らによる研究でも、海外の労働市場における日本企業の競争力の低さが指摘されている。
ワークサイトの取材記事はこちら。
「2030年、AIとの共存で人間のオリジナリティの確立が求められる」

服部泰宏(はっとり・やすひろ)

1980年、神奈川県生まれ。神戸大学大学院 経営学研究科 准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了後、滋賀大学経済学部専任講師、准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授を経て、2018年4月より現職。日本企業の組織と個人の関わりあいや、経営学的な知識の普及の研究等に従事。2013年以降は特に「採用学」の確立に向けた研究・活動に力をそそぐ。主な著書に『日本企業の心理的契約―組織と従業員の見えざる約束』(白桃書房)がある。2010年に第26回組織学会高宮賞、2014年に人材育成学会論文賞を受賞。

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