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「JALフィロソフィ」を全社員の腹に落とす教育とは

「JALフィロソフィ手帳」を拠り所に社員同士で考え、答えを模索する

[伊勢田昌樹]日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 フィロソフィグループ グループ長

リーダー教育が文字通りリーダー層向けの施策だとするなら、その後実施された「JALフィロソフィ教育」は全社員向けという位置づけになります。最初のリーダー教育の際、会社経営において社員が考え方を共有することが重要であると稲盛名誉会長はくり返し説きました。そこで大西社長(当時)の指揮で作られたのが「JALフィロソフィ*」。大西社長(当時)は、リーダー教育を終えて、JALグループ全体の共通言語を作りたいという考えに至ったのです。策定メンバーには、最初のリーダー教育を受講した中から10名が選ばれました。本社部門だけに限らず、運航、客室、整備、空港などさまざまな部門から代表を選ぶ形でチームが作られたのです。このJALフィロソフィには、JALグループの全社員が持つべき考え方や価値観がまとめられています。

社内向けに公開したのは、破たんから1年後の2011年1月19日。しかし、ただ公開するだけで社内に浸透したら苦労はありません。ここからの課題は、JALフィロソフィを社員一人ひとりの腹に落としていくこと。そこでまず「JALフィロソフィ手帳」として全社員に配布しました。それも「必ず上司が手渡しするように」と依頼したのです。書類やメールのように一斉配布するだけに終わらず、社員にとって身近な上司の手から渡してもらったほうがより「大切なものだと伝わる」と考えたからです。

同時に「みんなで読む機会を設けてほしい」ともお願いしました。朝礼でも終礼でもいいので、手帳を開く機会を作ってほしかったんです。手帳をもらっても、そのまま引きだしにしまいっぱなし、家に持って帰っておしまいでは、何の意味もありませんから。たとえば人事本部では、毎週月曜日の朝に時間をとり、社員が持ち回りでJALフィロソフィの読み合わせをしています。

なぜ一般社員にファシリテーターを任せるのか

グループ社員全員に手帳が渡り、内容に少しなじんでもらった段階で「JALフィロソフィ教育」を開始しました。2011年4月から年4回、3カ月ごとに2時間ずつの教育を受けてもらっています。そこでは所属の部署も役職も関係なく同じ教室に集まり、その日初めて会う社員と一緒に、同じプログラムを受ける。それぞれ仕事の内容は違っても、JALグループの一員としての考え方は共有できますから。これが従来の縦割り意識を壊すきっかけになることも期待しています。

この教育の講師はファシリテーターと呼ばれる人達です。彼らは意識改革・人づくり推進部のスタッフですが、もともと現場にいる人達なんです。たとえば、パイロットや客室乗務員、整備士といった人達を現場から派遣してもらっています。教えるプロでもなければ、本社の事務方でもない、現場を良く知る人が進行役を務めている。

彼らは講師ではなく、あくまで進行役。受講者と同じスタートラインに立って一緒に学んでいく、という立場です。おそらく、JALフィロソフィを100%理解して教えられる人はJALのなかにはいないのです。それができるのは稲盛名誉会長だけ。それに同じ立場の人間が話すからこそ「あの人がいうなら」と受講者も納得する部分もあると思うんです。あるいは「同じ現場の人がこんなふうに考えているのか」と刺激を受けることもあるでしょう。

教育内容も社員みずからが手がけた

プログラムの内容もファシリテーター自ら作っています。どうしたら受講者みんなに理解してもらえるだろう、そのためにはどんな話題が必要で、どんなエピソードを用意するべきだろう。現場の感覚からこれはよいと思ったアイデアをどんどん反映させているんです。具体的には、「今、受講者に考えてもらうべきこと、気づいてもらうことは何だろう」といったことをJALフィロソフィに即してファシリテーター達でディスカッションしながら考えていきます。例えば「採算意識を高める」であったり「燃える集団になる」であったり。2011年9月に再上場した直後は「感謝の気持ちをもつ」がテーマになりました。

とはいえ、スタート地点は「そもそもなぜ全員がJALフィロソフィを学ばないといけないのか」を確認するところからです。社員それぞれ役割は違っても、組織として同じ目標に向かうためには、共通の考え方が必要になる。そして何より、企業理念**にある通り、それが全社員の幸福につながるものだからです。これは自分のためなのだと、理解しなければ始まりません。

この企業理念は、大西社長(当時)の強い意志でJALフィロソフィと同じタイミングで作られたものです。実はこの内容には、異を唱える役員もいたようです。当時のJALは公的資金が入り、多くの方にご迷惑をかけながらこれから再生していこうという時期でした。そのようなときにお客様よりも先に社員の幸福を掲げてよいのか、ご批判をいただかないかと。

しかし、大西社長(当時)は「まず社員がイキイキとしていなければ、よいサービスも提供できない」と考えておりました。議論を重ねるうちに、これこそがお客様にも社会にも貢献できる企業理念なのだと納得していくことになりました。

JALの意識改革は、新しいJALフィロソフィの共有を通して進められた。その言葉はやさしいが、どれも職業人として永遠のテーマになり得るほど奥が深い。
http://www.jal.com/ja/

*JALフィロソフィ
http://www.jal.com/ja/outline/corporate/
conduct.html

社員が携帯するJALフィロソフィ手帳。それぞれのフレーズに対して、短い説明文が添えられている。

**JALグループの企業理念:

JALグループは全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。

http://www.jal.com/ja/outline/corporate/
philosophy.html

意識は変わりつつある。
次は行動の変革を加速

JALフィロソフィに書かれていることは、さして難しいことではありません。小学生が道徳の時間に教わるようなことが書かれている。しかし、それは道徳と同じように実践するのが難しいとも言えます。でも、普段の業務のなかで迷って立ち止まったときに、ふと立ち返ることができる心のよりどころのようなものだと思うんです。JALフィロソフィ手帳をパラパラめくっていると、その時の自分を支えてくれる言葉に出会う。実際、社内でも会話のなかに「一人ひとりがJAL」「最高のバトンタッチ」といったフレーズが飛び交うようになっています。

JALフィロソフィは確かに社員の意識を変えている。その手応えは少しずつですがあります。ここからの課題は、行動を変えていけるかどうか。その成果も少しずつ耳に届きはじめています。たとえば、パイロットが燃油の効率的な使用について取り組むようになった。これまでは安全第一のみを重視し、コストを意識することなく余分に燃料を積んでいました。それが今は燃料が1ポンドいくらということを意識して飛行計画を立てるようになっている。明らかに採算意識が向上しています。

また、整備の現場でも、整備士が使用する布が1枚いくら、1回の洗濯費がいくらというところまで意識されるようになりました。すると、これまで毎回洗っていたところを洗う頻度を減らしたり、ボロくなって捨てそうなところをもう一回使ったりとか。本当に小さい話ですけれども、確実に何かが変わりつつあるんです。

根深かった縦割り意識にも変化が見られます。たとえば、飛行機の出発前に整備上のトラブルが起きて、部品交換の時間が必要になったとします。そういうとき、以前であれば整備担当だけが一生懸命で、周りは遠巻きに見ている感じでした。でも今は、そこに連携が生まれるようになった。ゲートでお待ちのお客様に機内からお飲み物を配るとか、別の部署がカバーしようという動きが見られるようになってきました。

反対に、整備担当のほうもゲートにいるスタッフに気を配る。「何で遅れるんだ」とお客様にお叱りを受けているのはゲートにいるスタッフです。そこで整備担当のほうが「接客は専門外だから」というのではなくて、むしろ整備の責任者が行って具体的に説明する。そうすると現場の様子がよくわかり、お客様も「そういうことなら仕方がない」と納得してくださることが多いようです。

また、パイロットの機内アナウンス。普段、乗客の皆様がお聞きになる「いつもご搭乗いただきましてありがとうございます」という搭乗御礼のアナウンスは、マニュアルで定められたものです。これを「自分の言葉で話そう」と工夫する人が現れた。フライトという仕事ができるのはお客様あってこそ。話し方は上手でなくても、その感謝の気持ちは自分の言葉で伝えたい、という。こんなふうに社員が自主的に変わろうする力、渦のようなものを感じています。

リーダーが部下以上に学ぶ姿勢を見せる

とはいえ、行動面の変化はまだまだこれからです。JALフィロソフィの理解は確実に進み、部門間の壁も少しずつ低くなっている。教育の雰囲気も変わってきているんです。以前はみんな1つの教室に集まっても黙って様子を探っていたものですが、最近は自然とコミュニケ-ションが生まれるようになってきています。

この動きをどうやって日々の実践につなげていくのか。私たち意識改善・人づくり推進部の課題はそこにあります。各職場に「こうしてください」とこちらから強制するのは良案ではないと思っています。最初は効果が出たとしても、そういうやり方では、いずれはマンネリ化して「やらされ感」が出てくるはず。そこで、以前3000名のリーダーを対象に2日間実施した教育のフォローアップを今年から始めています。以前学んだことを復習するのはもちろんですが、リーダーとしての新たな考え方にも触れてもらっています。

いずれにせよJALの意識改革は「リーダーから」という方針は変わっていません。現場の社員がいくら熱心でも、リーダーがそれを認めなかったら「それならもういいや」となってしまう。ですから、まず職場のリーダーを刺激する。リーダーが学んだことを職場に持ち帰り、JALフィロソフィを自ら実践する姿を部下たちに見せていく。職場全体にJALフィロソフィを浸透させていくには、このプロセスが不可欠。リーダーはリーダーである限り、部下以上に学び続けなければならないんです。

WEB限定コンテンツ
(2013.2.18 大田区の同社内研修室にて取材)

「意識を変え、新しいJALを作るのは、一人ひとりの社員。教育運営の大部分を現場からのファシリテーターに委ねることで、より多くの社員に気づき・共感を与えることができていると思います」

研修室の壁に貼られた「JALフィロソフィリレー」。さまざまな部門の社員がJALフィロソフィを自分の職場で実践したエピソードを寄稿している。こうした情報は社内のネットワークでも共有されている。

伊勢田昌樹(いせだ・まさき)

日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 フィロソフィグループ グループ長。1990年、JALに入社し、中国地区の総務担当を経て、2010年5月より、現職。

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