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モノが廃棄されるまでの距離を長くする

企業益、公共益を生むマテリアルリサイクルとは

[中台澄之]ビジネスアーティスト、株式会社ナカダイ常務取締役、「モノ:ファクトリー」代表

誰かが「不要」と見なしたモノは、他の誰かにとって「必要」なモノかもしれない。それを必要とする誰かに最適な形でモノを提供できれば、ゴミはゴミでなくなるはずだ——そんなシンプルな原理で廃棄物の価値を引き出し、環境負荷の低減や廃棄物処理コストの削減にもつなげているのが株式会社ナカダイだ。

オークションによるリユース(再使用)市場の活性化、廃棄物をマテリアル(素材)として再利用するリサイクル(再資源化)、さらに雑貨店のようにマテリアルを陳列販売して需要を掘り起こす「モノ:ファクトリー」の設立、廃棄物を解体するワークショップや自社処理工場の見学ツアーの企画など、廃棄物処理のノウハウを活かしたユニークなビジネスを展開している。

ナカダイには1日約50トンの廃棄物が運び込まれます。誰かが不要と判断したこれら大量のモノについて、使い方を創造し、捨て方をデザインしていきたい。それが我々の展開しているリマーケティングビジネスです。

いわゆる粗大ごみや生産工程のロス、ミスなどの関係で、新品の在庫が手つかずのまま廃棄へ回されることも少なくありません。また片道のみ使用される輸入の梱包材も大量に持ち込まれます。そうした廃棄物がナカダイの倉庫にはたくさん保管されています。

一般に廃棄物処理というと焼却・埋立に回されることが多く、プラスチックからペットボトルやポリバケツを作ったり、古紙からトイレットペーパーを作ったりするリサイクルはまだ主流ではありません。プラスチックや古紙以外の、金属くずやOA機器などもマテリアルとしてリサイクルやリユースに活用して、焼却や埋立までの距離を長くしたい。それも「もったいない」という意識で使うのではなく、モノ自体に素材としての価値を見出して「面白いから使ってみよう」というふうに頭を切り替えられる、そんな機会を提供したいと思っています。

そこで我々は徹底した分別・解体によるマテリアルリサイクルの他、オークションによる家具のリユース、廃棄物削減などのコンサルティングなどを行っているのです。

証券会社の営業から家業の廃棄物処理業へ転職

この会社は私の祖父が鉄鋼商として立ち上げ、鉄のスクラップをメインに事業を続けてきました。規模は今より小さかったです。

大きなビジネスを手掛けてみたいと思っていた私は大学卒業後、証券会社へ入社し、京都支店で法人営業を担当していました。営業として駆け回っていたある日、京都国際会館前に外国人が大勢詰めかけていて目を引かれました。京都議定書が採択されたとかで、環境問題への意識の高まりを漠然と感じました。

家業は家業で、スクラップ以外に事業を展開しようと、プラスチック廃棄物処分の許認可を得る一方、ISO14001(環境マネジメントシステムの国際規格)の取得を目指して模索を始めていました。これらは今までのスクラップ業からのいっそうの飛躍を意味していますが、社長以外に実行する社員がいなかったのも事実です。

1998年には家電リサイクル法も制定されるなど、廃棄物やリサイクルの業界が大きく動く感触がありました。今までの廃棄物業者にない感覚を自分が持ち込めば競争力を引き出せるのではないかと感じましたし、リサイクルに必要な許可が揃っているなら、廃棄物から別のものを作るマテリアルリサイクルへの展開が見込めます。これは面白そうだということで、1999年にナカダイへ転職しました。

入社後はISO14001取得の立ち上げに関わりつつ、マテリアルリサイクルを実現するために社内外を奔走していました。といっても、最初は私の提案がなかなか理解されず、しんどかったですね。

マテリアルリサイクルを実現するには分別を徹底しなければいけません。でも世の中の意識がまだ追いついていなかった。分別が面倒だから、まとめて引き取ってくれる他の業者にしようと考える会社が多かったです。そこで、「当社で処理すれば品目ごとに計量してリサイクル率をはじき出すので、コストダウンにつながります」と訴えて、しっかり分別してもらうようにしました。

率先して動いて社内の意識改革を図る

社内の意識改革にも着手しました。それまでは鉄スクラップが主流だったので、プレスしたモノをダンプにガシャンと積み込んで終わりだったものが、種類別に廃棄物を受け取って、それぞれ量って記録してと、我々の手間も増えますからね。全く違う世界観を導入するわけですから、言葉だけでは納得が得られない。だから最初は私が全部やっていました。営業に行って話をつけたら見積書や契約書を作って、さらに土日にトラックで回収に行って、計量して、伝票を作って……と。

当時、社内にはパソコンもなかったので、私が買ってきて独学で営業支援システムも作りました。入力はもちろん、そのソフトを使えるのも私しかいないので、2年間くらいはとにかく仕事に忙殺されていましたね。死にそうでした(笑)。周りとしては、手伝いたくても私がやろうとしていることがよく分からないし、私自身も試行錯誤しながらなので手伝えないということだったんでしょう。

だけど次第に周りの人が少しずつ手を貸してくれるようになって、営業の人員も補充できて余裕が出てきました。マテリアルリサイクルを促す循環型社会形成推進基本法が制定(2000年)されたことも、大きな追い風になりました。

お客さんの受けは非常に良くて、契約がバンバン取れた。行く先々でターゲットがほとんどお客になるという、その面白さ。自分は絶対間違っていないという確信が得られました。だから体力的にきつかったけど、嫌にはなりませんでしたね。そうやって顧客も増えて、それも大手企業との契約が増えたことで社員の意識も変わっていきました。

そんな矢先、オフィス家具メーカーの工場からチェアやデスクの廃棄を大量に引き受けることになりました。現物を見てみるときれいなものばかりなんですよ。ちょうど2003年の六本木ヒルズ開業を前に、企業の移転、什器の大量買い付けが見込まれる時期でした。その前にリユース市場を作れたら廃棄を減らせるということで、そのオフィス家具メーカーと連携して、2002年からリユース事業を始めたんです。

リサイクルが重要だという理想論から入って、収益性を持たせるために営業もしつつ、時代にうまくマッチして事業を拡大できた。それが2006年ごろまでの状況です。

株式会社ナカダイは産業廃棄物処分業(中間処理)として、廃棄物処理事業、リユース事業、使い方を創造する事業(イベントやワークショップ)、コンサルティング事業を展開している。昭和31年3月設立。
http://www.nakadai.co.jp/


サーマルリサイクルに使われる燃料チップ。不要になり再生利用できない木材やプラスチックの一部を破砕している。

京都議定書は、1997年、国立京都国際会館で開催された「地球温暖化防止京都会議(COP3)」にて採択された。

  • ナカダイ前橋工場にて。グレードごとに選別された鉄を巨大な電気磁石で吸い上げる。この後、プレスして市場へ還元する。

  • ナカダイ粕川工場はMRC(マテリアル・リバース・センター)と位置付けられ、廃棄家具のオークションも行っている。写真は競りの様子。

  • 発泡スチロールを溶かして固めたもの。テレビの枠部分の原料になる。

  • 回収した廃棄物を解体・分別して、マテリアル(素材)を種類別に陳列している。その数は300~400種に及ぶ。

スケールを追求する矛盾から脱却
「廃棄物の工場」から「製造業の工場」へ

ただ、2007年の秋ごろには、スケールを追求するやり方ではだめだと感じていました。廃棄物をたくさん集めてリサイクルすることが環境にいいことなのかという、根本的な疑問に突き当たったんですね。

プラスチック廃棄物は海外でリサイクル素材として使われますが、輸出コンテナは1ロットが23トンです。それもポリエチレンやポリプロピレンなど素材別に23トンということで、廃棄物処理業者は同一素材を大量に集めなければなりません。でも捨てる側は数量やタイミングの不一致で廃棄するのであって、安定的に同じモノを捨てるわけではない。安定的にほしいリサイクル業者と安定的に捨てない排出業者、この両者をいかにつなぐかが我々の勝負どころといえます。

そこで必要とされるのは量を集める営業力となるわけですが、そもそもそういう営業力は良いものなのかどうか。リサイクルだ、リユースだと言っても、本当にお客さんからの廃棄物が減ったら困るんですよ。ゴミが減ることに悔しがる自分にもまた腹が立ちました。

ものをたくさん集めなければいけないという矛盾から脱却しなきゃいけない。我々が本当に目指すべきは「廃棄物の工場」でなく「製造業の工場」だと考えて、具体的な方策を探ろうと勉強を始めました。ところがリーマン・ショックが起きて、スクラップ相場は10分の1に落ち込み、会社は倒産寸前にまで追い込まれました。もうやるしかないと腹が据わって、処理するだけの会社からとにかく脱皮して、素材を生産してモノの流れを変える会社へ舵を切ろうと決断したんです。

実行するには、ビジョンを社員みんなで共有する必要があります。その場として考えたのが、全社員が集まる内定者や新入社員の歓迎会でした。10月は内定者、4月は新入社員の歓迎会を兼ねて、ホテルを貸し切って会社の方針や社員の発表を行った後、飲み会をしてお開きという具合。2008年10月の会以来、今でもずっと続けていますが、ナカダイの方向性を社員に浸透させる貴重な機会となっています。

リサイクルとリユースの狭間にある第三の流れ

社内へのビジョンの浸透を見計らいながら、リマーケティングビジネスへの挑戦を始めました。

私が入社以来推進してきたのが、“マテリアルリサイクルとリユース”です。これは両方とも大量に扱うことで収益が成り立ちます。そこで、廃棄物処理業とは「廃棄されたものを処理する業」ではなく、「人が不要としたモノを、最適な形で世の中の必要とする人へ“つなぐ”業だ」と大きく解釈を変え、その第一弾として、“素材を生産する会社”としての社内への徹底を図りました。

その中で、リサイクルもリユースも大事にしつつ、第三の流れを探りにいきました。製品の形態を維持しながら中古で使うリユースの世界と、バケツやビニール袋などの別の商品の材料として使うマテリアルリサイクルの間です。

例えば、シャンプーのキャップ部分だけが大量に廃棄されたら、それはポリプロピレン樹脂として中国へ出荷し、バケツに生まれ変わります。発泡スチロールは溶かして中国に送り、テレビの外枠になります。それが従来の形です。

でも、キャップの形状のまま使えないか? 発泡スチロールのまま使えないか? 自転車も、サドルは壊れていても、車軸は使えないか?——といった具合に、一部の機能だけでもそのまま生かそうという試みです。

マテリアルの面白さに価値を見出すアートの世界

この第三の流れを追ううちに見えてきたのが、それまで全体を構成する一要素でしかなかったモノそれ自体の面白さです。しかもそれが時代を反映して変化している。

2000年ごろと2010年ごろでは廃棄物の内容が様変わりしています。磁気テープがMDへ、テレビはブラウン管から液晶へ。世界がアナログからデジタルへと変貌したのです。時代が変わるごとにモノが変わる面白さは、ナカダイならではの強みだと思いました。これは安定的に量を確保する行為の対極です。

雑多なものがメチャクチャに入ってくるけれども、中には信号機とか銭湯の看板とか風変わりな掘り出し物もある。「変わっているほど面白い」と評価してくれるターゲットはどこだろうと考えたとき、思い浮かんだのは建築とファッションでした。

どちらも時代が変わるごとに様式を変えて生きてきた。そこで2010年、建築家や音楽家などさまざまなクリエイターと連携して東京デザイナーズウィークに出展したんです。結果としてはかなり反響が良くて、この方向性でいいんだと自信も得られました。

モノをそのまま生かすという発想は、例えばキャップのプールを作って子どもたちに遊んでもらったり、PCの解体ワークショップを開いたりといった展開にもつながっています。

廃棄物の新しい可能性を追求する「モノ:ファクトリー」

さらにリマーケティングビジネスを推し進めるため、2011年に「モノ:ファクトリー」を設立しました。アートやデザインの感覚で、マテリアルの使い方を創造する拠点であり、廃棄物の新しい可能性を追求するナカダイの取り組みの象徴でもあります。廃棄物をマテリアルとして一般に公開・販売するほか、PC解体などのワークショップや工場見学も行っています。

廃棄物を大量に確保しないと動かない、そういう供給先しかないままではゴミの減量につながらないし、ビジネスとしてもリスクをはらんでいます。もっと小さなボリュームで動く世界をオプションとして持っていた方がいい。

また、大量のモノはデザインやアートの視点で見ると格好の素材でもあります。モノ自体の面白さもあるし、大量消費社会の象徴でもある。粉砕して別の商品にリサイクルする前に他の使い方ができれば、埋めるまでの距離を長くできると考えたわけです。

こうした活動を面白がってくれたり、意義に共鳴してくれたりする方々とのコラボレーションも増えてきました。現代美術館「ハラ ミュージアム アーク」(群馬)では、毎年夏に「ナカダイ伊香保工場」と称してワークショップを行っています。銀座のオープンオフィススペース「ChairS(チェアーズ)」のオープンにあたってはNPO法人「Very50」とコラボして、我々はリユースのオフィス什器を提供し、社会事業にまつわるコンサルティングやネットワーキングの場として活用されています。

ドイツでの体験を元にビジネスアーティストへ

お金を稼ぐだけでなく、みんなが幸せになれるビジネスを創り出したいと思っています。海外ではそういう人はビジネスアーティストと呼ばれていて、自分もあやかってビジネスアーティストを名乗っています。そう思うようになったきっかけはドイツでの体験でした。

2011年、妻がハンブルク郊外の音楽祭でピアノを演奏することになって自分も同行したんです。場所は田舎なんですけど、演奏するのは妻が身を縮ませるほど重鎮の音楽家ばかり。それほどの音楽家が地元の住民たち200人ほどのために演奏するんです。

主催者は地元出身で船舶業を営む男性で、「自分が素晴らしいと思うものを、自分を育ててくれた皆と共有したい。それだけのことだ」と言うんですね。会場の設営費はもちろん、演奏家への報酬や豪勢なもてなしの費用も全部彼が出している。しかも音楽祭の数日間は彼に仕えるメイドさんの慰労も兼ねていて、その方たちが晩餐の席でも上座に座っているんです。この音楽祭は10年以上続いているそうです。

彼の考え方はカルチャーショックでした。そういうお金の使い方ができるところまで、自分はまだ人格的に成熟していないと思い知らされました。逆に言うと、そういうお金の使い方ができるからこそビジネスが成功するのだろうし、だとすると、地域や社会、社員、家族も含めて、みんなの幸せを純粋に喜べる企業体になって、ああいうお金の使い方ができる稼ぎ方をしなきゃならない。

そのための手段として私たちにあるのは廃棄物処分業です。この仕事を通じて、自社がもうかるだけでなく、どうしたら他のみんなも幸せになれるかを総合的に考えていかないといけない。その感覚を共有して一緒に走ってくれる仲間と仕事をしたいし、その人たちと地域を作りあげていきたい。仕事は手段で、地域や社会、社員、家族といった周りのみんなに価値をもたらすことが最上位の目的なんだという感覚に頭が切り替わったんです。

結果として、廃棄物をより深く広く解釈しようとか、それをより相手に伝えたい、知ってほしいと強烈に思うようになりました。性別も年代も地位も超えて共感してくれる人が増えればブレークスルーが起こって、みんなが喜べるものが生まれるんじゃないか。直接的に収益に結びつかなくても、結果的には自分たちの糧になるし、それを儲かるように生かすのも自分たち次第なんでしょうね。そのための環境作りに今は注力しているところです。

WEB限定コンテンツ
(2014.10.22 群馬県前橋市のナカダイオフィス、前橋・粕川工場にて取材)

前橋工場には分別された大量の廃棄物が保管されている。

廃棄物ビジネスの可能性は大きい。環境省/環境成長エンジン研究会の報告書「環境への取組をエンジンとした経済成長に向けて」(平成25年度)によれば、廃棄物処理・資源有効利用における市場規模は43兆円にのぼる。

中台澄之(なかだい・すみゆき)

ビジネスアーティスト、株式会社ナカダイ常務取締役、「モノ:ファクトリー」代表。1972年生まれ。東京理科大学理学部卒。証券会社勤務を経て、ナカダイに入社。“リマーケティングビジネス”を 考案し、“発想はモノから生まれる”をコンセプトに「モノ:ファクトリー」を創設。使い方を創造し、捨て方をデザインするビジネスアーティストとして、さまざまな研修やイベントなどの企画、運営を行っている。
http://www.nakadai.co.jp/

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