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有識者8人による短期合宿で社会革新の芽を生み出す

独立採算で運営する政府系シンクタンク

[Sitra]Helsinki, Finland

  • 社会改革を成功させ自国の競争力を高める
  • 集中的に課題解決に取り組む合宿プログラム「スタジオ」を開発
  • 行政ならではのタテ割り意識から逸脱した政策の創出

シトラの使命はフィンランドの社会革新(=ソーシャルイノベーション)を行うことで、延長線上には自国の競争力を高めるという至上命題がある。公的機関ではあるが、政治的、経済的に独立しているため、自分たちの意思で活動できるのが大きな強みだ。

比較的最近の取り組みでは、デザインの力でソーシャルイノベーションを実現しようとする「ヘルシンキ・デザイン・ラボ」というプロジェクトを立ち上げて、「スタジオ」と呼ぶプログラムを実施。世界中から有識者を召集し、複雑な社会課題を解決する足がかりとした。今年6月に一定の成果を収めたため、プロジェクトは終了。その成果は、こちらのWebサイトに公開されている。

四つのPのコントロールがイノベーションのカギ

スタジオの運営にあたって重視しているのは四つの“P”だと、ディレクターのマルコ・スタインバーグ氏は語る。「正しい人員(people)、正しい問題設定(problem)、正しい過程(process)、そしてふさわしい場所(place)だ」。

まずは「人員」について。有識者=デザインチームの定員は8人で、これは密な協力をするのに最適の人数という。人選のポイントは、専門知識、経験、社交性、寛容さのバランスが取れていて、なおかつバックグラウンドがそれぞれ異なること。実際の顔ぶれを見ても大学の教員、エコノミスト、官公庁の改革部門のトップなど、分野やポジションが違えば国籍もばらばらだ。

こうして問題を多角的に捉える「360度のアプローチ」が可能となる。また8人のうち経験豊富な1人をシニアデザイナーに指名し、プロジェクトを統率・先導してもらう。

二つ目のPの「問題設定」は、より突っ込んだテーマを据えることを意味する。例えば高齢化社会について考えるなら、医療、死に関する倫理、高齢者の雇用といった枠組みがある。また議論の下準備として、関係者へのインタビューや統計、各種調査の分析を通じて問題を明確に定義する「チャレンジ・ブリーフ」も作成する。

Sitra
創設:1967年
予算:約2619万ユーロ(2011年)
総資産:約6億3149万ユーロ(2011年)
職員数:120人(2013年)

ヘルシンキ郊外にあるオフィスビル。シトラは八つのフロアに入居している。役割は、資金調達、投資、社会改革の三つ。公的機関だが約6億ユーロの資産を保有し、政治的にも経済的にも自立しており、主にグリーンエネルギーのベンチャーなど社会公共的な企業や、社会革新の可能性を秘めた企業への投資を行っている。
http://www.sitra.fi/

マルコ・スタインバーグ
Marco Steinberg
Director / Strategic Design

ハーバード大学大学院デザインスクールを修了後、 1999年から2009年まで同校でストラテジック・デザインの教授に。2010年よりシトラに参画し、ダウンタウンヘルシンキの大規模開発など都市開発に携わる。ヘルシンキデザインラボ(HDL)創設メンバーの1人。

  • オープンスペースフロアには、キッチン兼ミーティングスペースがある。毎週木曜日14時にケーキを用意して他部署の人と話すのがシトラの習慣。

  • 4〜6人用の小さなミーティングスペースは個室フロアに設置している。スタジオでは、問題に対して360度アプローチを行うため、集める人材は多様な国籍・バックグラウンドを持つエキスパートを選ぶ。

  • 合宿前に行うチャレンジ・ブリーフを使ったミーティング。チャレンジ・ブリーフとは、問題を明確に定義するための書類。統計データの収集からエスノグラフィーを使った実地調査、インタビューなど様々な手法を駆使して情報を収集する。

  • 合宿中の様子。1週間のうち、前半の日程でメンバー同士の顔合わせの後、大臣などによる課題の説明、現場の見学や現場の人へのインタビューが行われる。その後、リサーチなどに自由に使える日が2日あり、最後に市民や関係省庁のステークホルダーを集めてアイデアをプレゼンし、議論を行う。

過去のしがらみにとらわれない
ゼロベースの発想で政策を提言

三つ目の「過程」は、チームに求める作業の手続きを指す。まずは方策改善のための計画を明確にするが、単なるプロセスの改善ではなくゼロベースで全体を考え直す。その上で具体的なアクションの指針トップ10を提案してもらう。こうして最終的にどの案に落ち着くか決定する前に行動を起こせるというわけだ。

そして最後のP、「場所」も重要である。ヘルシンキの中心街より少し離れたホテルやレンタルオフィスを借りて、ここでメンバーは1週間の合宿を行う。普段の仕事空間にいる時と近い、くつろいだ環境が用意される。

2010年に高齢化社会チームで使われたチャレンジ・ブリーフ。「高齢化社会における福祉の再考」というタイトルがついている。チャレンジ・ブリーフは、メンバーには「スタジオ」の1週間前に送付しておく。

オフィスはオープンスペースフロア、個室フロア、会議室フロアと用途ごとに分けている。白い壁はホワイトボード・ウォールになっている。

360°View

オフィスはオープンスペースフロア、個室フロア、会議室フロアと用途ごとに分けている。白い壁はホワイトボード・ウォールになっている。

※画像をタップすると360°スライド表示が見られます

自由にレイアウトを変えながら
リラックスして集中できる環境

スタジオ内部はメンバーのための配慮が行き届いている。状況によって部屋のレイアウトを変えられるよう、デスクや椅子は動かしやすいものにしている。また、リラックスして作業に打ち込めるように大きな窓やソファを配置。ホワイトボードや大きな机、デジタル機器といった議論をサポートするツールに、プロジェクトステータスや参加者情報を共有できるボードもある。こうした環境でメンバーはイノベーションに向けた独創的なアイデアを創出していく。

役人の意識も変える新鮮な刺激剤となる

これまでサステナビリティ、高齢化社会、教育制度という三つのテーマについてスタジオで話し合いが行われてきたが、メンバーの中にはスタジオ作業を通じて意識が変わった人もいる。「当初、参加を渋っていたある省庁の管理職は、スタジオでの1週間を終えると今度は頻繁に連絡や相談をしてくるようになった。我々の活動に関して彼の見解の根本的な部分が変わったというサインだ」と、スタインバーグ氏。ヨーロッパ最大の公共事業部門のディレクターにデザイナーを送り込んだ実績もある。組織のキーパーソンのマインドを変え、改革を志向させることに成功しているのだ。

スタジオでも、これまでのタテ割り組織からでは出てこないアイデアが創出されている。例えば、高齢化社会への対応策として、高齢者の資産を社会投資へ振り向ける「グレイゴールド」や、公共サービスにエンドユーザーを巻き込む「公共事業の共創」が提示された。フィンランドの社会課題を解決する大規模なソーシャルイノベーションの第一歩は、小さなスタジオから始まるのである。

WORKSIGHT 04(2013.06より)

スタジオで話し合われた内容はすべてオープンにする。書籍としても刊行し、Web上にチャレンジ・ブリーフや資料をPDFや写真として掲載、さらに4〜5分程度のダイジェスト映像を制作し公開している。

2010年の「スタジオ」をまとめた書籍『Recipes for Systemic Change』。フィンランドだけでなく世界各国の書店で販売している。

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