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都市のエコシステムをオフィスに導入し、働き方の柔軟性を高める

コミュニティ重視の設計手法で旧来型のビルを再活性化

[ジェームズ・グローズ]BVN CEO

2019年4月4日、虎ノ門ヒルズフォーラムにて、働き方やワークプレイス、不動産、テクノロジー、イノベーションの未来を探るフォーラム「WORKTECH(ワークテック)19 Tokyo」が開催された。
本稿では登壇者の一人、ジェームズ・グローズ氏のプレゼンテーションを紹介する。

建築事務所BVNでは、コミュニティのための場所づくりに取り組んでいます。今回は我々の手掛けた建築物を事例として、物理的制約のある超高層ビルからコミュニティ形成をサポートする柔軟性の高いビルへのシフトをいかに実現するか、そのマスタープラン(基本計画)についてお話しします。

超高層ビルは「排除」でなく「統合」を目指すべき

20世紀は仕事が階層的に行われ、ワーカー個人の自由度は狭められていました。ところが21世紀に入って、組織のフラット化や個人の生産性向上といった要素を背景に、ワーカーの選択肢が広がってきています。

一方で、都市、そして超高層ビルには、依然として権力構造が存在します。例えばプライバシー保護を目的とした境界の設定や隔離がそうです。外部の人を除外する傾向は強まっています。公共スペースをビルの中に設けることもありません。これはおかしなことです。

そもそも都市というものは、それ自体がエコシステムなんですね。相互依存性があり、人間はその依存関係の中の一部である。この事実を踏まえると、超高層ビルは「排除」でなく「統合」を目指すべきでしょう。内部に都市機能を包摂し、フラットなコンセプトで構成されることが人々の集う場として望ましい。ビルはコミュニティのために存在し、エコシステムを持つべきだと我々は考えています。

オフィスビルはアプリケーションであり、全てが相互接続する

このポリシーを実現するための設計のポイントは4つあります。「アクティブ(活力ある)ロビー」「コワーキング」「フレキシブルなスペース」「ワークスペース」です。

これらの要素を一緒に考えると、共通のプラットホームが必要になります。現在のワークプレイスにおいては。ヘルス、ウェルビーイング、ホスピタリティ、イベント、ホスティングといったテーマが重視されますが、その中心にあるのはコミュニティの充実です。さまざまな要素が一体となって建物内のコミュニティがうまく機能するのです。

ビルというものはアプリケーションであり、あらゆるものが相互に接続します。テクノロジーやデバイスもウェルビーイングと無関係ではあり得ません。そしてワークプレイスもまた、生活と切り離されたものではない。現代人の生活は、さまざまなものとつながり、統合されたコミュニティの中にあります。その未来像の一部としてテクノロジーは大いに活用されるべきでしょう。

いま求められているのは、より人間らしい建築物

例えばオーストラリア・メルボルンの「セントラルタワー」です。1989年に建てられた、黒川紀章氏デザインの54階建ての高層ビルですが、空間運用の柔軟性に乏しく、最近は空室が目立っていました。

そこで我々が2019年にリブランディングを行い、先ほどの4つのスペース要素をビル全体に分散。商業モール、ホテル、コンシェルジュサービスなどともつなげました。柔軟性が高く、自律的に進化するインターコネクテッドコミュニティを構築したのです。

10階をコンシェルジュサービスを提供するフロアとし、そこが建物の中心になりました。コーヒーショップやコワーキングスペースを含め、さまざまなスペースを活用できるようになり、新たなオフィスビルへと生まれ変わったのです。

いま求められているのは、よりパーソナルで、より人間らしい建築物なんですね。無機的な環境ではなく、親しみやすく温かみのある環境をワークプレイスの中に取り込むことが重要です。

建物の一角を曲線化。豊かな自然光や広い視野を確保する

我々がいまシドニーで開発している「Oculus」(オキュラス)というビルでは、「垂直コミュニティの形成」に取り組んでいます。

これは建物の形が非常にユニークなんです。建物というのは普通は立方体ですが、Oculusではその四隅の1つを削り取るように曲線化します。こうすると、ビル内に自然光がたっぷり入ります。建物の内部で下から上を仰ぎ見ることもできるし、建物の中から外部を見下ろすこともできる。Oculusは「目」という意味ですけど、まさに広い視野が確保されるわけです。

また、ジムやコワーキングスペース、カフェ、バーなどの公共スペースを取り込み、周辺地域ともつながるようにしています。中にいながら外にいるような感覚を得ることができるという意味で、自然、都市、そしてビルの内側にいるという体験を統合する1つの解になり得ると思います。

コワーキングスペースの窓は大きく開かれ、開放感があります。公園機能を持つ緑化スペースもありますし、アーバンシアターやジム、ウェルネスセンター、飲食店街も備わります。開かれた公共スペースがオフィスへの入口にあるということです。

人間が力を持ち、選択できる組織への変貌を促す

そうした特徴もさることながら、しかしOculusで最も重要なのは、フレキシブルな職場が作れるということでしょう。まるでカメレオンのように、ニーズに合わせて様相を変えていきます。

これを実現するのがパーツキットです。組み立て式のオフィス家具のようなもので、複数の種類を組み合わせることで柔軟性を確保すると同時に、好みのワークプレイスをスピーディに構成できます。テナントに対して大きな空間も作れますし、小分けにもできる。しかも、そうした多彩な空間が垂直にも水平にも展開できるのです。

パーツキットを使って集中したい場所を作ったり、反対にオープンな場所を作ったりすることもできます。模様替えも簡単なので、ワーカーやチーム、企業に合った多様なレイアウトが可能になります。

同じフロアで水平方向のコミュニケーションがあるだけでなく、上下階にも開けているので垂直方向のやりとりも見込めます。ビル全体が多様なコミュニティのために設計されているわけです。

このビルそのものが、フラットなコミュニティの形成を促します。ピラミッド型の階層化された組織構造から、民主的な市民社会的なコミュニティへと移行させる。ということは、人間が力を持ち、選択できる組織に変貌するわけですね。働き方や空間の利用についても、物理的制約にとらわれることなく、選択肢の幅を広げられるようになるでしょう。


BVN Architecture(ビーブイエヌ・アーキテクチャー)はオーストラリアに本社を置く建築事務所。ニューヨークやロンドンにも事務所を構え、グローバルに事業展開している。従業員は約300人。http://www.bvn.com.au/


「WORKTECH19 TOKYO」の会場の様子。

BVNは本社を構えるオーストラリアや、その近隣のニュージーランドで革新的な建築物を多く手掛けている。経済規模の大きくないこの地域がイノベーションの中心地となり得る理由についてグローズ氏は、経済のけん引役として社会的にイノベーションへの期待が大きいことに加え、実験や挑戦がしやすい風潮も有利に働いているという。「小さな国だからこそ、いろんなものを試してみることができるわけです」。

人々の知見を広め、変化の要求を
どのように満たしていくかをとらえる

もう1つ、我々の参画したプロジェクトを紹介しましょう。ニュージーランド・オークランドのビジネスセンター「B:Hive」(ビーハイブ)です。こちらはすでに竣工しています(2018年12月)。

このプロジェクトの一番の目的は「人の場所」(people place)を作ることでした。人々がフレキシブルなオプションを自分で選択できること。それはワークライフバランスを向上するための手段ともなるでしょう。

設計ではまず、その建物の中で人が何に帰属するのかを考えます。空間か、コミュニティか、あるいはもっと他のものかもしれません。ともあれビジネスや投資の面にばかり目を向けるのでなく、その建物を利用者のために作るんだという建築家のマインドセットが最も重要です。

人々の帰属先を規定したら、次は、どのようにその人たちに集まってもらうかを考えます。例えば、いまこうして私はプレゼンすることで、みなさんと空間や経験を共有しています。この場は1つのコミュニティでもあるわけです。しかし、働く場としてのコミュニティが円滑に機能するには、場を共有するだけでは不十分です。人々の知見を広め、その人たちの変化の要求をどのように満たしていくかをとらえなければなりません。それができてこそ、人々が職場に何を求めるのかが理解できるのです。

目的や意味を解き放ち、魔法を編み出す

「〇〇をしろ」と命令を下すようなヒエラルキー型の組織から脱して、フラットなエコシステムを形成し、新しい世界を作っていく。そのための方向性を、建築は指し示すことができます。それはオフィスだけでなく、例えば大学や病院でも同じです。

学校などはその最たる例でしょう。先進的な学校では教室に壁がありません。座って先生の話を聞くだけの授業もない。そもそも学校に登校しなくても学習できる時代です。タブレットがあれば、場所を問わずに何らかのコミュニティに帰属することができます。私たちの世代やベビーブーマー世代は手で触れるものを信じる物質主義の時代を生きてきましたが、現代の子どもたちは目に見えないものに価値を見出し、そこに生の実感を重ねていくのでしょう。

それはある種の魔法ともいえます。これまで見たことのないような、一見すると無価値なものにも価値を見出すことでもあります。人間は目的を必要としていますし、社会的に意味のあることに貢献したいという欲求も持っています。その目的や意味を解き放ち、あらゆる可能性へ向けた体験をするための場を作る。働き方の柔軟性を担保する。それにより未来を形づくる魔法を編み出すことが建築家の仕事でもあるのです。

仕事と都市コミュニティをブレンド

B:Hiveの課題は、都市の課題と通底します。例えば駐車場不足を解消するために公共交通へアクセスしやすくしましたし、建物内にアパート、オフィス、小売店、レストラン街などを設けてスペースに多様性を持たせました。都市のコミュニティ形成の場としてのオフィスビルとなったわけです。

重視した要素は3つあります。フレキシブルにすること、コミュニティを作ること、そしてウェルビーイングが中心にあることです。建てられてから半世紀経っているような古いビルでも、こうした要素を採り入れてコンシェルジュを配置するなどサービス環境を整えると、ファシリティマネジメントは要らなくなります。

B:Hiveでも公共スペースを建物内に取り込むことを重視しました。仕事と都市コミュニティをブレンドするのです。まずコミュニティを作り、そこに集う人々をもてなすための飲食や遊びなどのサービス環境を整えます。レストランやカフェ、バーといったものですね。こうしたスペースを建物の1階に置くと外部からもアクセスしやすくなるわけです。

B:Hiveはニュージーランド・オークランドの不動産管理会社「Smales Farm」が運営する5階建てのオフィスビル。約100社が入居している。

  • B:Hiveの中央部分にある大階段。ダイナミックにうねって、その存在自体が空間に活力を与えている。(写真提供:BVN、他4点も)

  • B:Hiveの内部。右側はデスクやチェアを並べたワークスペース。空間を区別しつつ、ガラスで視認性を高めているため一体感も演出できる。

  • 高層階から見下ろした光景。各階でアトリウムが異なることが見て取れる。

  • 階段付近が垂直に大きく開けているので、低層階にも日差しがたっぷりと注ぐ。

  • B:Hiveの外観。屋上部分の黒い出っ張りは換気口だ。

ワークスペースは容易にリデザインが可能

建物の中を階段が通っています。建物の中心にはランドスケープがあります。バーがあって、レストランがあって、それぞれのフロアに異なる形のアトリウムがあります。アトリウムの形を変えているのは空間に多様性を持たせると同時に、各フロアを特徴づけるためです。コンシェルジュが全てのフロアにいて、キッチンもあります。

フロアの外縁を囲むように、デスクやチェアを並べた大小の部屋がワークスペースとして存在しています。ワークスペースのパーティションは可動式で、一晩でリデザインが可能です。アクティビティに応じてスペースを変更したり、もしくはフロアを1つのスペースとして使うこともできます。

また、換気もできるので、新鮮な空気が建物の中に常に入ってきます。階段の周りが大きく開けているので、自然光もさんさんと降り注ぎます。どんなオフィススペースでも、どんなアレンジメントでも実現できるということで非常にフレキシビリティが高いです。

B:Hiveの目的はスペースを統合することなんですね。公共スペースとプライベートスペースを融合して、働き方やスペースの柔軟性を担保しています。配置されている家具もエリアごとに違っています。静かな雰囲気の場所もあれば、活性化される感じの場所もある。仕事の内容やその時々の気分に合わせてワーカーが好きな場所を選べます。

視界が広く取れるので、他のフロアを見渡すこともできます。人々がどうやって仕事をしているのかを見ることもできるのです。さまざまなことを、さまざまな時間帯に行うことができる。非常にカジュアルな環境です。

ルーズな環境でワーカーを刺激することがABWを促進する

B:Hiveは人々のウェルビーイングにも配慮しています。すでに申し上げたように、天井や屋根から日光が降り注ぐことは、ワーカーの心身に良い影響を与えるでしょう。

また、ここにいると歩く機会も増えます。エレベーターを敢えて遠いところに設置していますので、自然と階段の利用が増えるわけです。ここで1日過ごせば1万以上の歩数を稼ぐことができます。歩くことで健康も増進するでしょう。

しかも、自然の空気がたっぷりと入ってくるので呼吸も気持ちよくできます。アトリウム経由で換気口から空気が排出されるのです。機械を使った換気ではなく、自然な空気の流れになっています。環境全体をより自然な状態に近づけて、ワーカーの快適さを高めているのです。

ABW(アクティビティベースドワーキング)は、オーストラリアやニュージーランドでも取り組みが見られるようになってきました。B:Hiveもその一例です。普及のカギは、いかにコミュニティを形成するか、また民主主義的、平等主義的なカルチャーをいかに作るかという点にかかっています。これを実現するにもスペースにフレキシビリティを持たせ、ある種ルーズな環境を作ってワーカーを刺激することが必要だと思います。

WEB限定コンテンツ
(2019.4.4 港区の虎ノ門ヒルズフォーラムにて取材)

text:Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

ジェームズ・グローズ(James Grose)

1980年代後半に建築事務所であるGrose Bradleyを設立。1998年の合併によりBVN Donovan Hillのプリンシパルに就任、2006年よりBVNナショナルディレクター。数学学習センター(MLC)のセミナーキャンパス、ドックランズのナショナルオーストラリア銀行(NAB)、受賞歴のあるシドニー大学のBrain and Mind Centre、近年ではキングホーンがんセンターやノースワーフにあるASB銀行など、数々のベンチマークプロジェクトを手がけるBVN Donovan Hillのプロジェクトチームを率いている。

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