Management
Nov. 12, 2018
働き方のリデザインで「忖度レス」を実現、イノベーション創出へ
新しい働き方を開発することが改革の眼目
[林宏昌]Redesign Work株式会社 代表取締役社長
前編で、リクルートホールディングス在籍時の働き方改革について話しましたが、グランドデザインが描けないのはイノベーションに通じます。ですから、僕らは当初「ワークスタイルイノベーション」と言っていました。働き方を再発明しようというスタンスです。
ウォーターフォール方式で精緻に計画を練り上げることはできないし、練り上げたところでトライアルで新しい兆しが出てきたら常に作り替えていかないといけない。とりあえず着手して、失敗も糧にしながら進めていくことが働き方改革の要諦だと思います。
それぞれの部署にマッチする人事制度があっていい
しかし、失敗も糧にしながら推進すると聞くと、多くの企業の推進側の人が尻込みしてしまうんですね。「改革の必要性は分かるけど、うちでは無理だ」と。それに対して僕は、「ご自身が無理だと思い込んでいるだけじゃないですか?」と応えます。
リーダー自身がそう思っていては現場も動きません。確かに全社をいきなり変えるのは難しいけれども、テレワークなりフリーアドレスなりをプロジェクトメンバーだけでも試みることで違う景色が見えてくるはず。自分たちが試してもいないのに「世の中のトレンドだから」「施策として決まったことだから」と現場に押し付けるだけでは機能しません。
まず小さく始めてみて、自分たちでその施策のいい面も悪い面も把握する。そのうえで現場のみなさんと一緒に設計を進め、確実な運用を支えるための体制作りが不可欠です。部門によって働き方が違うので、それぞれの自由度を高めていく懐の深さが問われます。
特に人事の方は、不平等を避けるために制度の一元化にこだわる傾向があるように感じます。しかし、例えばオフィス勤務と工場勤務の従業員では、仕事内容も職場環境も勤務スタイルも違いますよね。オフィス勤務者の中でも同様に違うはずです。人事制度は一律でなければならないという考えは慣習によるところが大きいと思います。既存の枠組みにとらわれず、それぞれの部署や事業部に見合った施策があっていいのではないでしょうか。
自分たちの会社にガチャッとはまる働き方改革パッケージがほしいという相談も寄せられます。そこで業界に特化したパッケージを提案すると、「いや、うちはこうじゃない」「ちょっと違うんだ」と、結局カスタマイズを希望されるパターンが少なくありません。働き方というのは会社の文化を色濃く反映しているし、それを変えられるのは究極的には社内の方々なんですね。もちろん僕らは専門家の立場で惜しみなく支援しますが、よりよい働き方改革を実現するために、社員自ら手間をかけることをいとわないでほしいと思います。
「イノベーション創出」と「従業員の成長」を目指す
僕らが働き方改革をサポートしている企業は、どこも意欲的に取り組みを進めています。
例えば、お手伝いをしている会社の1社の働き方改革の目的は大きく2つあり、1つは創造時間を確保し、イノベーションを生み出すためのより良い環境を整備すること。もう1つは、業務効率化による業務改善。またそれらを通じて、従業員のみなさんの成長の機会をいま以上に提供していくことです。改革によって捻出された時間を戦略立案やキャリアアップに充てること、また、ライフステージが変化しても長く働いてもらう仕組みを作ることを狙っています。
まずはテレワークの導入に向けて、情報共有やコミュニケーションをオンラインでできるようサイバーオフィス化を進めています。従来のようなオフィスでの対面コミュニケーションが主流のままだと、自宅や外出先でテレワークしている人と情報格差が生じます。でも、例えばビジネスチャットで情報をやりとりしていれば、それを見ればメンバー間のコミュニケーションを把握できますから、どこにいても同じ情報粒度で仕事に取り組めるわけです。
情報へのアクセシビリティも重要で、自宅から社内データに触れられる環境がなければいけない。その意味でも業務のオンライン化は不可欠です。それでいまは、オンライン化とテレワークを実証実験しながら進めています。実証実験の結果、この会社で長く働きたいとより強く思うようになったとか、育児、介護、学習、趣味との両立ができるようになったという反応が得られています。
目下の課題は、全社展開と次のテーマ開発でしょうか。部門を中心とした実証実験結果を踏まえ、いかに全社に展開・定着をしていくのか。また、次にどのようなテーマで実証実験を行いながら、インパクトのある事例を生みだし、全社に展開していくのかを現在検討しています。
顔を合わせた方が効率のいい業務もある
お手伝いをしている各社では、従業員の方々の主体性を引き出すために、テレワークの前にワークショップを行っています。何のためのテレワークかを考え、通勤や身支度の浮いた時間を何に充てるかを自分で決めてもらうんです。睡眠不足を解消する、本を読む、体を動かす、顧客を訪問する、セミナーに行くなど、内容は何でもいいんですが、計画通りに時間を使うことで充足感が得られますし、テレワークの価値も実感しやすくなります。
また、僕が役職者に講演して、テレワークや業務のオンライン化の意義を理解していただくなど、意識改革にも努めています。制度としてテレワークを導入しても、リーダーが部下に単なる慣習として毎日出社を強いるようでは形骸化しますから、マネジメント層の意識改革は重要なんです。
ただ、顔を合わせた方が効率のいい業務もありますし、対面でしかできない業務もありますよね。ホワイトボードを使う類の議論やディスカッション、もしくは相手の反応を細かく見ながら進めていく必要のあるもの、例えば若手の指導などがこれに当たります。情報共有や簡単な承認の類のものはビジネスチャットでスマート化するなど、このあたりは会社や部署のカルチャーに合わせた柔軟な運用が望まれます。せっかく対面で会っているのに、単純な情報共有だけで済ませるのはもったいない。オンラインでは完結できない、本人のキャリアの相談や、難易度が高い抽象的な議論などに対面価値の質的な転換を目指したいですね。
働き方を変えるためのプロセスやポイントについて僕らは熟知しているけれども、働き方そのものはこちらで決めるものではありません。組織として、個人として、どんな働き方をしたいのかを考えていただき、その実装を支援するのが僕らの役割。だからこそワークショップやディスカッションを通じて、どういう働き方、生き方にしたいかを考えることが大事なんです。
働き方を変えるための手段や方法論を
編み出していくことが改革の眼目
これはコンサルや実務支援でお付き合いのある企業というより、講演会などでご縁のあった企業と接する中で感じることですけど、一般的に経営トップは総論では働き方改革が大事だと言うものの、方法論が伴っていないことが多くて、もったいないなと思います。
最近、僕は働き方改革ならぬ「働き方開発」という表現をしているんですが、働き方を変えるための手段、方法論を編み出していくことが改革の大きな眼目だと感じています。
具体的な解決策があって、それに則って課題を解消しようとトップが方針を掲げるならまだしも、解決策はないのにゴールだけ示されても現場は混乱します。例えば、トップが労働時間を削減しようと決めるけれども、具体的にどう削減したらいいか分からないので、夜に電気を消したりパソコンをシャットアウトしたりするわけです。でも、「あと30分で仕事が終わるのに……」ということだってある。そういう時は仕方なくカフェや自宅で続きをやる羽目になり、かえって効率が悪いんですね。
例えばビジネスチャットを導入すると、コミュニケーション量が増えて会議を減らせることや、営業組織が徹底的にサテライトオフィスを活用することで、移動時間が一日40分短縮できることなどが、リクルートでの実証実験では明らかになっています。そういう方法論の開発こそが大事で、方法論なしに方針だけ叫んでも空回りするだけです。
働き方を変えていくことは業務の生産性向上や人材の多様化を促すので、結果としてイノベーションにつながるはず。そういう働き方改革の本質を見据えて、方法論の開発に地道に取り組むことが競争力強化に向けた足場固めになると思います。
働き方の自由度の低さが過剰な忖度を招いている
個人的には、イノベーションと働き方は相関があると考えています。日本企業ではイノベーションが生まれにくいといわれますが、その背景には働き方の自由度が低いこと、それによって過剰な忖度が生じてしまうことがあるのではないでしょうか。
会社や上司に嫌われると給料が下がる、ポジションを外されるといった不安があるから、言いたいことがあっても我慢するわけです。結果として発想が貧困になり、新しいものを生み出すことが難しくなってしまう。
モノ不足の時代は1分でも長くベルトコンベアを動かすことが価値だったし、職場のみんなが同じカルチャーの元、コミュニケーションを同質化して息を合わせることが大事でした。でもいまは職場をパッケージ化する時代ではありません。
世の中にモノがあふれているし、カスタマーも価値観や属性がバラバラで、個別最適が求められています。統一、平等、一律といった思想はもはや効力を失っているのです。
社内が同質化していては時代の変化に取り残されるだけ
現代では情報もモノも次々と消費され、商品や事業のライフサイクルが短くなっています。価値を失ったものは捨てて、新しいものに載せ替えていかないといけないのに、社内が同質化していては時代の変化に取り残されてしまいます。
組織としては外部の視点を積極的に取り入れ、個人としては会社に依存しないキャリアを構築するなど、周囲と違う意見も堂々と表出できる環境づくりが急務です。上司に対して「その考えは時代とそぐわないです」と指摘して、仮に冷遇されるようなことがあれば、転職や独立をして外に出ればいい。〝忖度レス〟な社会にしていくことがイノベーション創出につながるのではないでしょうか。
その意味でも働き方改革は大きな可能性を秘めています。さまざまな経験や価値観を持った人とコラボレーションして、相互に刺激を与えながら創発に取り組んでいく。そういうことが柔軟にできるように組織をリデザインしていくことが重要です。
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(2018.8.1 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose
林宏昌(はやし・ひろまさ)
1981年京都府生まれ。早稲田大学理工学部卒。2005年リクルート入社。住宅領域の新築マンション首都圏営業部に配属。優秀営業を表彰する全社TOP GUN AWARDを、入社4年目と5年目に連続受賞、6年目でマネジャーに昇進する。入社8年目に社長秘書を務め、2014年に経営企画室室長、2015年より広報ブランド推進室室長兼「働き方変革プロジェクト」プロジェクトリーダー、2016年からワークスタイルイノベーション 働き方変革推進室室長に就任。リクルートホールディングス働き方変革推進部エバンジェリストを2018年6月まで務める。2017年5月にRedesign Work株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。