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個々の社員の幸せなビール体験が成長の原動力

多彩なチャネルを通じてファンコミュニティを形成

[稲垣聡]株式会社ヤッホーブルーイング よなよなエールプロダクション/マーケティングディレクター

日本に本格的なクラフトビールを定着させて、日常的に楽しめる飲み物にしたいというのが我々の目指すところです。

当社の製品は味もビジュアルも含めて個性的なラインナップですが、どの製品も奇をてらったわけではありません。開発に際して顕在化しているニーズを取り入れることも、あまりないですね。

クラフトビールはそもそも多様性に富むものであって、それぞれの個性の違いを楽しむものですから、そういう意味では日本人の味覚にカスタマイズするようなマーケットインの発想ではなく、あくまで本格的な製品を投入するという直球勝負をしているつもりです。

新製品によってまずは市場を拡大することが重要

従来的な大量生産のビールに比べれば、確かに風変わりな存在だと思います。変わったものは飽きられやすいとも言われますが、クラフトビールの市場はまだ成熟していないので、その心配はいらないと思っています。

例えば、チョコレートやアイスなどのお菓子類は日本市場にすっかり定着している分、消費者の好みが細分化されています。そうなると熾烈なシェア争いになり、メーカーは次々と新製品を出していかざるを得ません。

しかしクラフトビールの場合、一部の熱心なファンは別として、ほとんどのお客様は好みがまだ細分化されていません。いろんな味があるんだとお客様がわかり始めて盛り上がってきたというのが、ここ数年の流れでしょう。

将来的にはアメリカのようにいろいろな種類のビールが次々に出てくる可能性はあります。でも今のところは新製品を収益の柱にするのではなく、新製品によってまずは市場を拡大することの方が先決だと思うんですね。

もっとも、クラフトビールの中でも「僕ビール、君ビール。」のようなセゾンスタイルは酸味、苦み、フレーバーが際立つ変化球的な製品で、決して中心的な製品ではないと思います。我々としてはクラフトビールの王道はアメリカン・ペールエールである「よなよなエール」。鮨でいうとマグロみたいな存在でしょうか(笑)。

ある程度、市場が形成されたときが本当の勝負になるのかもしれません。本来飲んでいただきたい「よなよなエール」の方に皆さんに興味を持っていただきたい。それが我々の基本戦略です。

4,000人のクラフトビールファンが集う「よなよなエールの超宴」

若年層の間でアルコール離れが進んでいるともいわれますけど、クラフトビールのカテゴリは伸びていますし*、当社のお客様でも30歳前後の方は増えています。我々はそういう風潮をあまり意識していません。

お客様とじかに接する機会として、さまざまなイベントを実施していますが、その参加者も若い方が多いです。

2010年ごろから実施している「宴(うたげ)」は、樽から注ぐ新鮮なビールを味わいながら、お祭りのような雰囲気とファン同士の交流を楽しんでいただくイベントです。会場ではたびたび「普通のファン」が「熱狂的なファン」に変わる様を目にします。感性の若い方ほど、こういうオープンな熱気を好むところもあるでしょう。回を重ねるごとに規模が大きくなり、次第に80人ほどの定員があっという間に埋まってしまうほどの人気となりました。

そこで、さらに規模を大きくしようと打ち出したのが「よなよなエールの超宴(ちょううたげ。以下、超宴)」で、2015年からは北軽井沢や都内で開催しています。2017年秋の都内の超宴には4,000人が参加し、大盛況となりました**。参加者の年齢層は幅広いですが、20〜30代のお客様も多く見えます。

クラフトビール好き同士のゆるやかな連帯感を大切に

この他、醸造所見学ツアーや「本気(マジ)仕込み」*** というファンがビールを仕込むイベントもあります。そうした活動に参加した熱狂的なファンがSNSなどで情報を発信して、そこからクチコミでファンの輪が広がるという状況を大切にしています。

これらのイベントはお客様との貴重な接点ではありますが、直接の売りにつながるようなマーケティングはしないですね。いらっしゃる方と話したり会場を眺めたりして、どんな人が誰と来ているのか、過去のイベントとの違いはどうだろうとか、この人はビールをどれくらい好きなのかなとか、どんな服を着ているかとか、そういった表面的な要素を大雑把にとらえるくらいです。

お客様に熱狂してもらって、さらにファンになってもらうことが目的ですから、形式ばってお客様の声を拾うとかアンケートを取るということはしません。顔なじみの常連さんを見つけたら挨拶し、その常連の方が初めて来たお客様と盛り上がっていたら一緒に入れてもらって自分も楽しむ。そういうクラフトビール好き同士のゆるやかな連帯感があるからこそ、我々のブランドが支持されるのではないかという気もします。

人と人の距離を縮める。だからクラフトビールは面白い

日本のビール市場を変えたい、日本にクラフトビールを広めたいというのが創業の原点であり、会社の使命であり、事業規模が拡大しても変わらない一大目標です。「ビールに味を! 人生に幸せを!」というミッションの先にあるのは世界平和だと、てんちょ(社長の井手直行氏)は説いていて、それにもみんな深く共鳴しています。

クラフトビールって話のネタになりますよね。いろんな味わいやストーリーがあるので、「僕は〇〇が好き」といえば「ホント? 自分も!」と初対面でも盛り上がれます。ビールを通じて友達になったり、会ったばかりでもつながるみたいなことが結構ある。僕はそれを入社前に体験しているし、実際に宴や超宴でもそういう光景が見られます。だからこそクラフトビールというカテゴリは面白いんです。

飲んでおいしい、気持ちよく酔ってリラックスできるというだけじゃなくて、クラフトビールを好きになると、初めて会う人とこんなに仲良くなれるし、こんなに幸せな気持ちになれる。そういう体験をお客様にしていただきたいという思いが根底にあります。

そして、こういうクラフトビールへの個人的な思い入れを、当社のスタッフはそれぞれに持っているんですね。だから会社が掲げるミッションに深く共感できるんじゃないでしょうか。それぞれ自分の幸せなビール体験を持っていて、その重ね合った部分が会社の成長の原動力になっているのかもしれません。


株式会社ヤッホーブルーイングは、国内最大手のクラフトビールブルワリー。代表取締役社長は井手直行氏。本社は長野県軽井沢町。現在、星野リゾート代表を務める星野佳路氏が1996年に設立した。
http://yohobrewing.com/


「よなよなエール」は発売20年目の2017年に初めてリニューアル。柑橘類を思わせる香りがいっそう鮮やかになった。

* ビール大手5社のビール類出荷量は2017年まで13年連続で低下する一方、国税庁「地ビール等製造業の概況」によると、地ビール・発泡酒の販売数量は2009~14年の5年で約1.7倍に伸びている。

** 2018年の超宴は秋に都内のみで開催し、5,000人規模に拡大する予定。

*** 参加者を一日ブルワー(ビール醸造家)に任命し、モルトの投入、ホップの計量・麦汁への投入など、仕込みに携わってもらうイベント。2018年5月現在は実施していない。

  • 2017年10月、神宮外苑軟式野球場(東京)で行われた超宴の様子。4,000人がクラフトビールに酔いしれた。(写真提供:ヤッホーブルーイング、以降2点も)

  • 「大人の醸造所見学ツアー」の様子。長野県佐久市の醸造所で素材や生産工程についてレクチャーを受け、試飲も行う。

  • 「本気(マジ)仕込み」の様子。自分で仕込みを手掛けたビールは出来上がりが持ち遠しく、ファンのボルテージも上がる。

ファンとのコミュニケーションは
マーケティングにも醸造にも好影響を与える

醸造のスタッフも思い入れは強いですよ。例えば、「バレルフカミダス」**** という製品は醸造発で生まれたビールなんです。

ウイスキーの木樽で熟成させたバレルエイジドというスタイルのビールで、アメリカでの流行を受けて多くのブルワリーで取り組みがなされています。醸造の面々もずっとつくってみたいと言っていて、ついにツテを頼りにウイスキーメーカーから木樽を調達して仕込みをしまして。「ちょっと入れちゃったんだけど」のあと、しばらくして「できちゃったんだけど」って(笑)。イベントで提供したら好評で、名前をつけて製品化したという流れです。

ただ、こういういわゆるプロダクトアウトの製品や、マーケット側の主導で生まれた「僕ビール、君ビール。」は開発のプロセスとしては例外的です。ほとんどは醸造とマーケティングでバランスを取って開発を進めています。

醸造の人間もお客様のことを見ていますね。イベントやレストランで、どんなビールを飲んでいるか、どんな話をしているかなど気にかけています。職人でありながらマーケット発想も併せ持ち、自分のつくりたいものをどうやって世の中に出していこうかという視点を持っています。

超宴や醸造所見学ツアーのようなイベントがあると、スタッフがお客様と接する機会が増えるので、顧客目線を養うことにつながります。飲んで喜んでくれる人がいると意識するし、そう意識させる状況がある。ファンの方々とのコミュニケーションはマーケティングにもモノづくりにも大きな影響を与えていると感じます。

ハイクオリティなビールを、みんなが普通に楽しめるように

幸いなことにクラフトビールはメディアでも取り上げられて、認知度は上がってきました。でも、まだまだ道半ばです。

例えばハイブリッドカーと聞けば、多くの人はトヨタのプリウスを思い浮かべるでしょう。それくらい市場を牽引する商品がないと文化としては成立しないけれども、クラフトビールでは万人に認知される代表的な商品がまだありません。

スーパーや量販店でもクラフトビールの扱いがバラバラです。クラフトビールコーナーを作ってくださっているところもあれば、ニュービールの中に混ぜるお店もあるし、チューハイの横に置くお店もあります。カテゴリとして売り場の一角を占める存在にならないと日常の飲み物になるのは難しい。地ビールのように一過性のブームで終わらせないためにも、地道に流通網の構築に取り組んでいくことが大事だと考えています。

同時に、味わいの部分でも磨きをかけています。当社の銘柄は数々の受賞歴もありますが、さらに味を高めて世界屈指のクラフトビールと肩を並べるくらいのビールにしたい。しかも、それがコンビニで気軽に買えるようにしたい。

そのためにもマーケティングと醸造、どちらが欠けてもダメなんですね。僕はビールのおいしさを物理的に高めることはできないし、醸造が頑張ってうまいビールができても、お客様に届かなければ意味がない。とてつもなくハイクオリティな、マニアも驚くすごいビールを、みんなが普通に楽しめる状況にしたいんです。そこはこれからも妥協せずに高い目線でやっていきます。

WEB限定コンテンツ
(2018.3.9 渋谷区のヤッホーブルーイング東京オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

**** 数量限定品。

稲垣聡(いながき・さとし)

1976年、東京都生まれ。日本大学文理学部卒業後、リクルートや広告制作会社のコピーライター、ディレクターを経て、2011年入社。よなよなエールのほか、主要製品ブランドのマーケティング戦略、ブランド戦略、新ブランド開発を担当。開発に携わったブランドは「水曜日のネコ」「僕ビール、君ビール。」「月面画報」や、レストラン「YONA YONA BEER WORKS」など。2017年、中央大学大学院 戦略経営研究科修了。

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