――これだけ多くの商品やサービスに囲まれながら、私たちは「豊かさ」を実感しづらくなっています。企業の商品開発への努力がなかなか消費者の心を打たないジレンマが指摘されています。一方で、地球環境の問題は待ったなしの状況です。企業の生産現場では成長戦略をどこに描くべきか暗中模索が続いています。今、企業は何を目指していけばよいのでしょうか。
企業の役割は人の暮らしを豊かにすること。それは今も昔も変わりません。しかし、現状はそうなっていないから、本来の在り方に戻さなければならないということでしょう。近年、ライフスタイルに関する議論が活発になってきていて、企業・個人を問わず、多くの人たちがこの問題に真剣に取り組んでいます。でも、「あなたの会社が目指しているライフスタイルって何ですか」と聞くと、具体的に答えられないことが多いんです。
企業がお客様のためだと思って売っているものが、実はテクノロジーのためだったということが多々あります。テクノロジーがテクノロジーのために進化して、それを一生懸命企業が支えているという非常に滑稽な姿が、こういう地球環境がシビアな状態になると見えてきます。
豊かさを担保するのがテクノロジーであるはずなのに、今は逆で「豊かでなければ人間らしく生きられない」という状況になっている。そうではなくて、企業は本来の「人間らしく生きるために豊かになる」というライフスタイルを売らなければならない。テクノロジーはサポート役ですから、後からついてくるべきものなんです。
たとえばソニーのウォークマンは、ウォークマンという機械を売っていたのではない。音楽を外に持ち出すというライフスタイルを売っていたんです。その後に機械がついていっているから、機械の形が変わっても30年間売り続けられたわけです。
では、今の非常に厳しい環境制約の中でも豊かであるというのはどういうことか。企業はそれをとことん考えて、「我が社が提供する豊かさをベースにしたライフスタイルはこうです」と発信しなければならない。そして各企業がそれを競い合う。そうすると、「私はこのライフスタイルが好きだから、この企業を応援する。少々高くてもこの会社の製品を買いたい」となります。明確なライフスタイルを発信することが新しい価値観を作ることになるんです。
未来像をイメージしてから、現在の問題に立ち返る
――制約というと一般的にはネガティブな印象を受けます。
制約というのはネガティブではなくて、より良い箍(たが)だと考えるべきです。その良い箍の中でどんな豊かな暮らしをつくるかを考えていかなければなりません。そこで有効なのが、将来の制約から今を考える「バックキャスト」という思考法です。まず、未来がどうなっているかを想像し、そこから今に立ち戻って課題設定や問題解決を考える。これがバックキャストです。
その逆――つまり、現状分析を積み重ねて未来を見通すやり方を「フォアキャスト」といいます。社会が右肩上がりで拡大しているときは、フォアキャストのほうがいいのですが、現代のような先が見通せないような状況では、フォアキャストだと、ネガティブなファクターばかり出てくることが多いんです。一方、バックキャストの特徴は、いろんな制約をポジティブに捉えられるようになることです。だから、今は物事をバックキャストで捉えていくべきだと私は思います。
僕たちの多くはフォアキャストの思考回路に偏りがちなんです。本来、バックキャストの思考を身につけるには、地道にトレーニングしていくしかないんですね。ところが、トレーニングなしでバックキャストの思考回路を持てる人がたまにいます。たとえば、ホンダの本田宗一郎さんやソニーの大賀典雄さんです。彼らはフォアキャスト、バックキャストを的確に切り替えられた人たちです。
企業経営という観点からは、少し前までそういうごく一部の素養のある人だけがバックキャストをしていればよかった。ところが今は、一定のリーダー層の人ならば、みんなトレーニングしてバックキャスト思考を身につけなければならない時代になってきた。経済が右肩上がりじゃない今、「新しい何か」が求められています。そのためにはフォアキャストではダメ。バックキャストじゃないと新しいものは見えてこないんです。
ウォークマン
1979年にソニーが発売したポータブルオーディオプレイヤー。世界初の手のひらサイズ再生専用機は一大センセーションを巻き起こし、携帯オーディオ市場を創出した。希望小売価格が3万3000円だったにも関わらず、品切れが続いたという。
バックキャスト
未来を予測するうえで、目標となるような状態・状況を想定し、そこから現在に立ち戻って"やるべきこと"を考えるやり方。地球温暖化などの環境問題解決に役立つ手法として注目されている。バックキャスティングともいう。
フォアキャスト
現状分析や過去の統計、実績などのデータをもとに、未来を演繹的に予測するやり方。フォアキャスティングともいう。
「バックキャストとフォアキャストは、どちらが良い悪いというものではありません。バックキャストで未来を見通してから、フォアキャストで具体的なビジネスに落とし込んでいく、というように相互補完的に使うべきものです」


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