このエントリーをはてなブックマークに追加

職場のLGBTと向き合い、5.7兆円の市場開拓を目指す

手つかずの巨大市場を攻略するための第一歩として

[村木真紀]虹色ダイバーシティ 代表

日本企業のLGBT施策が立ち遅れているおおもとには、そもそも「性的少数者を守る法律がない」という問題があります。だからこそ、性的指向による差別を禁止する社内規定がなく、教育の場でもLGBTについての正しい知識に触れる機会がないのです。

世界的に見ても、日本の遅れは決定的です。

一般的に、各国のLGBTに対する理解度は、3つの基準によって評価されます。法的に違法ではないか、差別禁止の法律があるか、そして同性婚や同性パートナーシップ法があるか、です。欧米において同性婚、同性パートナーシップ法が普及していることはよく知られています。でもこれは欧米に限らない、国際的な潮流です。アフリカ、オセアニア、アジアでも議論が進み、次々に法律が成立しています。

日本は人権侵害国家、是正勧告も受けている

では、日本はどうかというと、違法でこそありませんが、差別禁止法がなく、同性パートナーの法的保証もない。いまや、G8のなかで同性パートナーの法的保障を認めていないのは、日本とロシアだけです。LGBTに関していえば、日本は人権侵害国家と言われても仕方がない。実際に、2008年には国連人権委員会から是正勧告を受けています。

日本人はこうした事実を知りません。そもそも報道されることがないですし、適切な教育を受けていませんから、関心を持っている人が非常に少ないのが現状です。でも本来は、これは自分たちのごく身近な誰かの、生活に関わる問題なのです。誰もが無縁ではいられない。

かつてスペインで同性婚が施行されたとき、サパテロ首相がこんな演説をしました。「この変化は、何千という市民の生活にかかわるものだ。私たちは、遠くにいるよく知らない人のために法律を制定しているのではない。私たちの隣人や、同僚や、友人や、親族が幸福になる機会を拡大しようとしているのだ」。LGBTは、身近な誰かの問題である。こんな意識を持った日本人が増えたときが、性的少数者を守る法律が生まれるときなのでしょう。

虹色ダイバーシティは、性的少数者がいきいきと働ける職場作りを目指すグループ。講演活動のほか、調査・コンサルティングなども行っている。
http://www.nijiirodiversity.jp/

同性婚が認められている国
オランダ、ベルギー、スウェーデン、カナダ、スペイン、南アフリカ、ノルウェー、デンマーク、ポルトガル、アメリカ合衆国の一部の州(大統領選の争点の一つ)など

パートナー法が整備されている国
グリーンランド、ドイツ、フィンランド、イギリス、イタリア、スイス、チェコ、アイルランド、ブラジル、メキシコ、ウルグアイ、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ合衆国の一部の州、フランス(PACS制=民事連帯契約)など

法整備を待つのではなく
会社側から変えていく

現在の活動を始める前、教育現場を変えることで、そのきっかけが作れるのではと思ったことがあります。でもご存じの通り、そもそも性の多様性は学習指導要領にまったく入っておらず、一部の先生がたが頑張っておられるだけ。私にとっては高すぎるハードルでした。

でも、企業が相手だったら。私はもともとコンサルタントですから、職能を十分に生かすことができます。何より、企業は「強くなるため」という目的さえ理解できたら、法律がなくてもLGBT対策を推し進めてくれるのです。

その過程で、LGBTに関する正しい知識と関心を持った人たちが増えていく。働きやすい職場を得た性的少数者は、自信を持って生きられるようになるでしょう。そうしたら、LGBTにまつわるいろんな課題が解決に向かうんじゃないか。私はそんなふうに期待しています。

人の意識よりも先に、制度から変えていく

では、これから対策を始めようという企業は、どこから手をつけたらよいのでしょう。細かいところは企業によってまちまちですが、おおむね次のようなステップが考えられると思います。

ステップ1は、支援態勢を社内に作ること。もしものとき、当事者が相談できる先を、まず作ります。例えば人事や産業医が研修を受けたり、職場内の当事者ネットワークを作ったり、といった取り組みが考えられます。ステップ2は制度面の改善です。差別禁止規定を明文化する、LGBTでも福利厚生を受けられるようにする。ステップ3として、従業員の意識を変える。具体的には、従業員の意識調査や啓発キャンペーン、当事者団体の支援などを行います。

日本企業では、意識ではなく制度から手をつけるのが有効ではないかと考えています。人の考え方を変えるのは大変な時間がかかる。「こうしちゃいけない」「こうしましょう」と行動の変化を促すほうが早いのです。

加えて、LBGT当事者がみずから推進者になることは、可能であれば避けるべきだと私は考えています。そもそも現状では、彼らがカムアウトするメリットはゼロ。それに、当事者が目立って権利を主張することが「わがまま」だと誤解され、「なぜ彼らを特別扱いしなくてはならないのか」という周囲の反発をまねく恐れがあるからです。

だから、はじめに制度をがつんと変える。そのうちに、従業員のあいだに「この会社にもLGBTの人たちがいるんだ」という意識が生じる。それまで目に見えなかった「職場のLGBT」の存在を信じられるようになる。当事者も、会社が本気で施策に取り組んでいることがわかればカムアウトも進み、安心して働けるようになるはずです。

5.7兆円の巨大市場に
参入するチャンスでもある

最近、複数の経済誌が「消費市場としてのLGBT」を特集しました。その大きさは、米国内で77兆円、日本国内においても5.7兆円と試算されている。酒類市場とほぼ同じ、化粧品市場の3倍近くという、じつに巨大なものです。

LGBT市場の特性とされているのは、たとえば特定消費マインドが高いこと。洋服、エステ、海外旅行などに対する消費意欲が旺盛です。それからクチコミ力が強く、ロイヤリティが高い。一度気に入った商品はずっと使い続けますし、また評判のよいものはコミュニティのなかでどんどんクチコミが広がります。

例えば、私はAppleのiPhoneを使い、キャリアはソフトバンクと契約しています。周りのLGBTの友達も、ほとんどがそうです。Appleは社長のティム・クック氏がゲイですし、ソフトバンクは携帯キャリアのなかで唯一、同性同士でも住所が同じなら家族割引が使えるからです。

LGBTは企業の姿勢そのものを見ている

LGBTの消費行動に女性が追随するとも言われています。ファッション界で活躍する人材の多くがゲイであることは、昔から知られていました。彼らがトレンドセッターとなり、彼らが勧める商品を女性が購入する、ということです。

米国では、すでにLGBT向けを打ち出した商品や広告がふつうに存在しています。日本企業も今後、この未だ手つかずの巨大市場を取り込むための商品戦略、広告戦略を模索していくことになるでしょう。

しかし、注意していただきたいことがあります。

LGBTにアピールする商品をつくり、広告を打つだけでは足りない。当事者たちは、企業の姿勢そのものを見ています。「広告をたくさんうっているけど、あの会社は社内では何もしていない」。こうした情報がコミュニティに流れたら、彼らの支持を得ることもできません。

だからこそ、まずは社内で働く性的少数者に目を向け、彼らが安心して働ける職場をつくってほしい。それが、5.7兆円のLGBT市場を取り込む足がかりになるのです。

WEB限定コンテンツ
(2012.8.12 渋谷ヒカリエ8階にて取材/取材協力: Creative Lounge MOV)

北米トヨタのポスター。レズビアンのカップルと赤ちゃんをメインビジュアルに据えた広告になっている。欧米に進出している日本企業の多くは、こうしたLGBTを対象とした広告やマーケティングに積極的に取り組んでいる。

村木真紀(むらき・まき)

1974年茨城県生まれ。京都大学卒業後、大手製造業、外資系コンサルティング会社などを経て、現職。レズビアンとしての自身の経験をふまえ、2008年頃からブログなどを中心にLGBTの社会的な認知不足、働き方といったイシューを提言。2011年、性的少数者がいきいきと働ける職場づくりを目指すグループ「虹色ダイバーシティ」を設立。調査・講演・コンサルティング活動を行っている。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

RECOMMENDEDおすすめの記事

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する