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独自の価値を生み続ける協創とパートナーマッチングのDNA

最先端の建築を支えるエンジニアリング企業

[Arup]Fitzroy, London, UK

  • 難度の高いプロジェクトに臨機応変に対応
  • 「パートナーマッチング」で社内連携
  • グローバルで質の高いソリューションを実現

建築家から依頼を受けて、コンセプトや基本プランを実現させるための技術設計を行うのがアラップの仕事だ。創業者のオヴ・アラップ卿は、大規模な建築プロジェクトにおいて、分野をまたがる複雑な技術設計のニーズが存在することに早くから気づき、「技術設計のプロ集団」としてチームで仕事をする社風を作った。

ロンドンのオフィスには現在1800人の社員が在籍し、プロジェクトマネージャーや構造エンジニア、設備エンジニア、土木エンジニア、コンサルタント、プランナー、建築設計者など、各分野の専門家がコラボレーションしながら働く。大規模で複雑な建築や都市開発が増えるなか、現在のアラップはその高い専門性とイノベーション力で、建築設計の重要なパートを担う。

独自の価値を生み続ける創造性と、それを実現するための高い技術力は、フラットな組織構造によって下支えされている。社員たちは事業アイデアがあれば、イントラネットを通じて提出し、資金的なバックアップを得て、プロジェクトとして実現させることができる。能力主義を重視しており、若い社員の声も聞き入れられる。集合知を最大限に引き出し、協業する働き方から、建築業界でイノベーションを牽引する。

2010年、約4200万ポンドをかけて作られた本社ビル。総床面積は約1万6400?。1800人程度が働いている。自社のオフィスに多くの予算を割いたのは、デザイン性と機能性を兼ね備えた新しいオフィスのあり方を社内外に提案するためだ。青・白・透明のガラスパネルでモザイク状に構成されたファサードは印象的だが、デザイン偏重ではない。太陽による室内の温度上昇や、室内に差し込む自然光の量を調節するといった役割もあるという。
創業:1946年
売上高:約9億6000万ポンド(2011年度)
従業員数:約1万人
拠点:世界37カ国・90カ所
http://www.arup.com

  • 海外の支社やクライアントと打ち合わせするためのビデオカンファレンス・ルームは各階に1部屋ずつ設置されている。

  • オープンオフィスのアクセントとなるオレンジのディスプレイ棚には資料や模型が置かれている。横にはコラボレーションのためのハイテーブルがある。

  • 1Fは顧客とのミーティングスペース。会議の前後でコミュニケーションが発生しやすいよう、イスや飲み物が置いてある。

  • 床材や外壁材などのサンプルが集められたマテリアル・ライブラリー。社内の打ち合わせでもよく使われる。クライアントに建材のサンプルを見せながらプレゼンすることも多い。Photographer:Daniel Imade

メンバーが集まるとすぐに模型を
使ったディスカッションが始まる

誰かが出したアイデアは、最初は個人のものだが、共同作業をする過程で、必然的に「みんなのもの」=「アラップのもの」になる。小さな工夫・改善案はもちろん、新規事業に結びつくような斬新なビジネスアイデアも同様だ。

発案者が仲間に声をかけ、賛同者を増やし、所定の手続きを踏み、社内審査で承認されれば、プロジェクト化される。社内ではリアルとバーチャルの有機的な交流インフラがあり、専門家同士が自然な形で連携している。

オフィスは5階建てのビルで、中央にある吹き抜けから、違うフロアにいる社員同士がお互いを見渡せる。各フロアには予約不要な共有スペースがあり、メンバーが出会うとすぐに模型を使ったディスカッションが起こる。直接会って話をしやすいように、カフェのコーヒーや紅茶はすべて無料だ。

「Arup People」という社内向けSNSツールでは、入社の段階でプロフィールページが用意され、社員同士が気軽にパートナーを検索できる。キーワードを入力すると、全世界のアラップ社員の中から、該当する人材がリストアップされる。誰かとコンタクトしたいときは、社内インスタントメッセージングや、ビデオコンファレンスを使って、ダイレクトにアプローチできる。

過去の設計資料のライブラリーは見るだけでなく「使える」

現在のオフィスビルも、社内の3つの部署の共同作業で設計されている。全社員にアンケートをとって、どのようなワークスペースを希望するのか、求めるコラボレーションのスタイルを集約して作られた。

実験的な技術も多く取り入れられている。火災が起こった際に、スプリンクラーからの消火水で重要な資料がだめになることを避ける「防火カーテン」や、エレベーターに乗るとき希望階のボタンを押すと最適なエレベーターが呼ばれ、昇降効率をあげるしくみも導入されている。

共同作業という思想は、過去のあらゆる社内リソースを広く共有する姿勢にも表れている。社内の図書館には、1960年代まで遡って、社内資料や書籍、学術機関誌が実物保管されていて、社員はいつでも閲覧できる。アラップの名前を世界に広めるきっかけとなった1963年のシドニーオペラハウスのオリジナルデザインなど、貴重な資料を手にとって見られる。

社内のマテリアルライブラリー(材料資料室)には、プラスティックや花崗岩など、素材のサンプルが保管されている。このエリアには、社員だけでなく、クライアントも入ることができ、直接素材を見てもらって、一緒に話し合うことも可能だ。

イントラネット上のイメージライブラリーには、アラップがこれまで関わったプロジェクトの画像や設計図がデジタルデータとしてアップロードされている。クライアントの許可が下りている範囲で社内の誰でもアクセスできる。再使用の権利が許されていれば自由に利用できる。

知見の共有は、社外に向けても行われている。ビデオコンファレンスの際のパワーポイントの資料をネットで公開し、1階の多目的スペースではアラップの技術を生かした展示を行う。こうしたリソースを惜しみなくシェアする発想が次のコラボレーションの種となっていく。

世界中の建築家のパートナーとして期待される総合力

近年の技術設計で注目を集めているのが騒音対策だ。アラップにはサウンド・ラボという施設を有する音響技術部門があり、建物が完成した時点での各地点の音響を正確に予測し、事前に体験できる。コンサートホールなどの音響設計はもちろん、公共施設のプロジェクトでは、高速列車による騒音を予測する案件などもある。

新しいオフィスビルを作るときも、エアコンの動作音や交通からくるデスクエリアの雑音、ミーティングスペースでの声漏れをいかに軽減できるかにクライアントの期待が高まっている。ノイズを軽減したい一方で、コストとの関連や、デザインやディテールとのかね合いもある。建築家やデザイナー、クライアントと一緒に、パーティションを入れるとこうなる、壁を作るとこうなる、という実際のシミュレーションを行いながら、プロジェクトを進める必要があるのだ。

アラップでは、社内外に本格的なトレーニングプログラムを持っている。北ロンドンのカムデンには、スキルアップのためのトレーニングセンターがあり、希望者はそこで学べる。「自分に必要」「スキルを高めたい」「知識を得たい」などの理由から、自発的に参加する人がほとんどだ。このように個人、あるいは部門ごとに専門性を高めていく姿勢が、チームとしてのアラップの強さを支えている。

WORKSIGHT 02(2012.6)より

吹き抜けの一辺は、DNA鎖をモチーフにしたガラスパネルになっている。ガラス・アーティスト、アレックス・ベラチェンコの作品だ。

ドアの横にスケジュールがデジタル表示されている。会議室に迷うことがなく、空いていれば飛び込んで短時間の打ち合わせもできる。

同社は1946年、哲学者で構造エンジニアのオブ・アラップ卿によって作られた。数多くの建築物を手掛けたカリスマだが、意外におちゃめな面もあったという。「スーツの胸ポケットを見てください。お箸が入っていますよね。彼は人の食べ物をつまみ食いするのが大好きで、いつも持ち歩いていたそうです」とメディア・マネジャーのベス・ハラン氏。

設計段階で完成後の音響効果を予測・再現できる「サウンド・ラボ」は設計会社やクライアントにも評価の高い同社のエンジニアリングの一つだ。

 

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