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「医療×IT」で患者のリテラシーを高める

医師500人が支えるオンライン病気事典「MEDLEY」

[豊田剛一郎]株式会社メドレー 代表取締役医師

代表取締役医師という肩書きの通り、私は医師です。研修や米国の病院への留学を含めて4年あまり、医療現場で働く中でさまざまな課題に直面し、このままでは日本の医療がだめになるという危機感を強く抱きました。過重労働、診療プロセスの効率の悪さ、地域医療の崩壊、医療知識の格差が招く患者とのディスコミュニケーション、増大する医療費——。

危機感を感じていたのは私だけではありません。日本の医療従事者はみんな苦しんでいました。このままでいいのかと思いながらも、働き続けるには見て見ぬふりをするしかない。これは誰かが何とかしなければという強烈な使命感に突き動かされて、医療を変える一石を投じようと決めたんです。

とはいえ、医療業界は巨大で仕組みも複雑です。目の前の患者に精一杯で、現場から改革の波を起こすことは到底できない。そこで製薬企業などのコンサルティングに従事しながら、外部から医療を変えようとマッキンゼーに転職しました。しかし働くうちに、「医療を変える」となるとコンサルティングファームの限界も強く感じるようになりました。

そんな頃、小学校時代から付き合いがあった瀧口浩平(メドレー代表取締役社長)に声をかけられたんです。瀧口は祖父の病気の経験から医療に問題意識を抱いてこの会社を立ち上げ、「医療×IT」で納得のいく医療を実現すべく、医療・介護業界の求人サイト「JobMedley(ジョブメドレー)」をスタートさせていました。

患者側、医師側と立場こそ違いますが、このままでは日本の医療は立ち行かないという共通の使命感で瀧口と結束できた。そこで自分もメドレーに参画することを決めたんです。

「網羅性」「最新性」「中立性」を備えた病気事典

メドレーに入って私がまず着手したのが、オンライン病気事典「MEDLEY(メドレー)」の立ち上げでした。「JobMedley」は医療現場の人手不足を解消しようとするサービスですが、医師が病気の情報を網羅的に、かつ分かりやすくまとめることで患者のリテラシーを高めよう、患者に直接役立つ医療ど真ん中のサービスを作ろうと考えました。

医療の周辺の情報はインターネット上に大量にあふれているけれども、本格的な医療情報を扱うサービスは意外とないんですね。ウィキペディアに載っている医療情報の9割に不正確な記述があるという研究報告* もあります。

病気のことを知りたいと思っても、医学的に正確で、しかも一般の患者にもわかるように説明されている日本語のサイトが1つもないわけです。医師がコンテンツ制作に関わればいいのですが、健康や命に関わることなので中途半端にはできないし、そもそも多忙なのでそんな余裕がありません。それなら自分たちがやろうという、そういう流れでしたね。

最初は疾患を5つだけに絞って深い情報を提供するとか、患者コミュニティを作ろうといったアイデアも出たんです。でも、まずは情報を網羅することが大事だということで「事典」の方向性が決まりました。MEDLEYを見れば全ての病気や薬について情報が得られるし、医療機関のことも分かる。「網羅性」「最新性」「中立性」という3つの特徴を備えたコンテンツをまず作ってから、情報を深くしていこうという戦略です。

記事の信頼性を担保するために医療従事者を巻き込む

最初のうち執筆者は私一人で、徹夜で記事を書いていました。でも一人でできることには限界があります。かといって、どんな書き手でもいいというわけではない。正確さを担保するには医師なり医療従事者なり専門知識を持つ人が携わる必要があります。

そこで、まず知り合いの医者を口説いて回りました。しかし、「どうして病気事典なんか作るの」「意味が分からない」と冷たくあしらわれてしまったんです。医師時代は基本的に患者さんが自分の話を聞いてくれるという職業でしたし、こんなにも人に相手にされないのは人生初の経験でしたね(笑)。

それでもめげずに打診を続けるうち、協力してくれる医師が少しずつ増えていきました。大学の後輩のすごく優秀な医師もその中の一人で、今では非常勤ながら深くコミットしてくれる存在になっています。そういう優秀な仲間を得ていくことで形ができていき、コンテンツが拡充されていくと、手伝いを申し出てくれる医師や医療従事者が雪だるま式に増えていきました。

記事を匿名化したこともサービスの成長につながっていると思います。権威あるベテランの医師にインタビューして、その方の名前も出して記事を作る方が立ち上がりとしては早いかもしれません。しかし、他の医師が書きづらくなったり最新の情報に更新しづらくなってしまうこともある。網羅、最新、中立というコンセプトを維持するには、匿名であることが1つの重要な要素であると考えました。

サービスの規模が大きくなるほど味方も増えていく

もう1つ、医師が参加したくなるような枠組み作りの一環として私たちが注力しているのが、世界の有名医療ジャーナルに掲載された論文を中心に医学の最先端を紹介する「MEDLEYニュース」です。

病気事典は「待ちのメディア」です。それをどうすれば攻めに転ずることができるかと考えたとき、発信が大事だと思ったんですね。ただ、病気のことを普通に発信しても興味を持たれづらい。そこで医療従事者にも、医療に興味のある一般読者層にもアピールできるものということで、目新しい医療情報をわかりやすく伝えるニュースを配信しようと思ったんです。

MEDLEYニュースではアカデミックなものばかりでなく、ちょっと変わった雑学的なネタも拾います。例えば、お腹に力を入れて吹き矢を拭いたらヘルニアになっちゃったとか(笑)。そういう変化球の話題も織り交ぜつつ、多いときは1日5本くらいのペースで記事をアップするようにしました。

世界の最新論文を元にした記事を次々出してきて、しかもどれも正確だということで、医療従事者の多くは度肝を抜かれたはず。今では根強いファンがついています。MEDLEYニュースで我々の覚悟を示すことができたし、ブランディングにも役立ちました。結果として外部の協力者の輪がさらに広がっていったんです。

最初の30人くらいまでは友人でしたけど、今は500人以上の医師が協力してくれています。その数も日を追うごとに増えていて、サービスの規模が大きくなるほど味方も増えていく感じですね。裏を返せば、日本の医療に対する危機感をそれだけ多くの医療従事者が抱えているということなんでしょう。


株式会社メドレーではオンライン病気事典「MEDLEY」、オンライン診療アプリ「CLINICS」、医療介護の求人サイト「JobMedley」、介護施設の検索サイト「介護のほんね」の4事業を展開している。代表取締役社長は瀧口浩平氏、代表取締役医師は豊田剛一郎氏。2009年6月設立。社員数は151名。うち医師7名。(2017年2月現在)
http://www.medley.jp/


MEDLEYのトップページ。
https://medley.life/

* 2014年発表の米キャンベル大学の調査による。

医療を自分ごとにするには、まず知ること。
患者の視野が広がれば治療の幅も広がる

2015年のMEDLEY公開以降、今では病気については1,400以上、医薬品は3万、医療機関は16万に上る情報を集約する事典に成長しました。ユーザーである患者からは「病気や治療法について理解が深まった」「ここまで親切に書いてあるサイトは初めて」といった声が寄せられています。

中には「手術するかどうか悩んでいたけれども、治療法が他にもあると知りました。主治医に聞いてみます」という反応も。まさにそうやって使ってほしいという活用の仕方に手応えを感じました。

病気をきちんと知って、必要に応じて担当の医師に質問するということは、患者や家族が病気と向き合い、自分ごととして真剣にとらえるようになったことの表れでしょう。それまでも当然、当事者の認識はあったはずですが、知識がなければ医師のいうことをただ鵜呑みにすることになってしまいます。「医者が何とかしてくれるはずだ」と主体性を欠いたままでは、治療で症状が良くなればいいけれども、悪化すれば「医者が悪い」となってしまう。それが医療への不信につながると思います。

医療を自分ごとにするきっかけは、まず知ること。知らないことは自分ごとにならないし、向き合うこともできません。患者の視野が広がることで、治療の選択の幅も広がっていくはず。そしてそれは私たちの考える「納得のいく医療」の1つのあり方なんです。

MEDLEYが定番の参考書になれば医師にもメリットがある

患者のリテラシーの向上は、医師にとっても望ましいことです。MEDLEYのスタート前は「医者の権威が脅かされる」という反発があるかなと覚悟していました。でもこれまでに、「患者が病気のことを知るとは何事だ」と面と向かって言ってくる人はいません。言えないだけかもしれないし、言っていても私の耳に届いていないだけかもしれませんが(笑)。

多くの医師が、「患者さんも自分の病気についてきちんと知ってもらいたい」と言っています。グーグルがある以上、患者が無知のままでいることは今の時代あり得ません。医師もそう思っているけれども、問題は患者がアクセスしている情報の信頼性です。

ウェブには正しくない医療情報が大量にあると先ほど言いましたが、間違った情報を仕入れてきた患者に対して医師が訂正しようとすると、「でもネットに書いてありました」と反論される。どうせ得るなら正しい情報を得てほしいと医師も思っているんです。MEDLEYが定番の参考書として認知されれば医師にも恩恵があるということで、そんなところにも協力医師の増加の要因があるのでしょう。

MEDLEYの立ち上げ時、医療機関の外来向けのノベルティとして付箋を作りました。「本日お話しした病気」と印刷してあって、そこに担当医が病名や治療法を書き込んで患者に渡してもらうわけです。患者がMEDLEYでそれを調べて復習したり、お年寄りの患者にはご家族に渡して読んでもらうようにお願いしたりといったときに便利です。そのうえで質問があれば次回の外来で質問してもらう。この付箋は評判がいいですよ。患者との相互コミュニケーションを深めていこうと医療機関も努力しているんです。

医師の善意を患者に届ける仕組みを横展開したい

メドレーの収益源は広告とデータ提供を考えています。広告ではバナーのほか、医師へのインタビュー記事が主ですね。MEDLEYの事典機能にプラスして、客観的な事実だけでは語りきれない医師の生の声も掲載するようなイメージです。どの医師も熱い話をしてくれるんですよ。自分はこういう治療で成果をあげてきた、こういう症状に悩む患者さんはぜひ頼ってほしいといった内容もあって、それもまた患者には価値のある情報だと思います。

ただ、お金をいただくからといって提灯持ちになるわけではなくて、インタビューも校正も社内の医師・医療従事者が行い、情報の信頼性を担保しています。

社内の医師には既定の給与を払っていますが、記事の監修などを手伝ってくれる外部の医師はボランティアに近い報酬で手伝ってくれています。そこでお金をもらっても仕方がないとみんな言うし、そもそもいい医者ほどお金では動きません。彼らの原動力になるのは「想い」なんです。

いってみれば医師の善意が回って患者に届いているようなもので、これは医療界の常識からすると奇跡的なこと。MEDLEYが頑張ってくれたら自分たちのためにも患者のためにもなると思わせることができ始めている状況がようやく生まれつつあるわけです。こういう善意の仕組みをMEDLEY以外でも構築できたらいいですね。

MEDLEYはまだまだ発展途上です。個人的にはやりたいことの5パーセントくらいしか達成できていない感覚。病気の情報以外にも、医師の情報をもっと充実させたいし、多言語展開もしたい。患者のアクションをサポートするようなサービスもできるようにしていきたい。

納得のいく医療を実現するために、やれることは無限にあります。例えば小中学校で医療という科目の授業を作るのも一案だと思います。それくらい医療と日々の生活が密接する世の中にしたい。一人でも多くの人が読んでよかったと思える、そんな情報に接する環境を、さらに多彩なチャネルで作っていきたいと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2017.2.10 港区のメドレーオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo:Kazuhiro Shiraishi


ノベルティとして医療機関に配布した付箋。

豊田剛一郎(とよだ・ごういちろう)

1984年生まれ。医師・米国医師。東京大学医学部卒業後、脳神経外科医として勤務。聖隷浜松病院での初期臨床研修、NTT東日本関東病院脳神経外科での研修を経て、米国のChildren’s Hospital of Michiganに留学。米国での脳研究成果は国際的学術雑誌の表紙を飾る。日米での医師経験を通じて、日本の医療の将来に対する危機感を強く感じ、医療を変革するために臨床現場を離れることを決意。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主にヘルスケア業界の戦略コンサルティングに従事後、2015年2月より株式会社メドレーの代表取締役医師に就任。オンライン病気事典「MEDLEY」、オンライン診療アプリ「CLINICS」などの医療分野サービスの立ち上げを行う。

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