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長時間労働の是正がブレークスルーをもたらす

人がクリエイティビティを発揮できる働き方とは

[リンダ・グラットン×石川善樹]ロンドン・ビジネススクール教授/予防医学研究者、株式会社 Campus for H 共同創業者

2016年10月、WORKSIGHT LAB. エグゼクティブセミナー「THE 100-YEAR LIFE~100歳まで生きる時代のワークスタイル~」にて、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』を執筆したリンダ・グラットン氏の講演会が開催された。(主催:コクヨ株式会社)

グラットン氏の講演内容を前編で、その後に行われた予防医学研究者、株式会社 Campus for H 共同創業者・石川善樹氏とのトークセッション内容を後編(本編)で紹介する。

石川

ビジネスパーソンの健康については、日本と海外で興味深い違いがあります。海外では地位が上がれば上がるほど健康になりますが、日本では地位が上がるほど不健康になるんです。出世しない方が健康にはいいと(笑)。これはバブル崩壊以降、特に1990年以降の現象で、中間管理職に激しいストレスがかかっているということです。会社としてそこを何とかしないとサステイナブルなキャリアを築くことは難しいと思います。

グラットン

アメリカやイギリスで地位の高い人が健康なのは、裁量の自由度が高いことも影響しているでしょう。裁量権がない、選択肢が少ないという状況はストレスを招きます。
例えばイギリスの場合、より職位の高いマネジャーの方が健康なのは、働き方の自由度が高まるからです。なので、もしかすると日本では地位が上がるほど長時間労働をせざるを得なくなり、自由度が低下することが健康を害する1つの要因かもしれません。欧米でも金融業界などは残業が多いですが、それを自分でコントロールできるようになれば健康への影響も変わってくるのではないでしょうか。

年を取っても元気でいる人は3つ以上のコミュニティに所属

石川

もう1つ僕が日本のビジネスパーソン、特に男性のビジネスパーソンについて懸念しているのが、キャリアの移行が容易にできない人が多いことです。50歳でそれなりの地位に上り詰めた人が退職して次のキャリアに移ろうとしたとき、前の会社のプライドを引きずってうまく移行できない、ひいてはストレスで体を壊したり早死にしてしまう人が特に男性に多く見られます。

グラットン

それは察しがつきます。自分には権力があると思い込んでいる人が、実はその権力がポジションに付随するものと分かったときの落胆といったらないですよね。
私は今後重視される無形資産として自分自身の評判があると考えていますが、これには2つの要素があります。1つは会社の肩書以上の自分の評判を作っていくこと。簡単ではありませんが、取り組むべき価値のある非常に大切なことです。2つ目は無形資産を作って変身のきっかけをつかむことです。自分に対する知識を高め、さらに多様なネットワークを保つことで、肩書を通さないありのままの自分をポジティブにとらえられるようになるでしょう。それはキャリアの移行をスムーズにするはずです。

石川

私たちの研究では、年を取っても元気でいる人は3つ以上のコミュニティに所属しているという特徴が見られました。1つとか2つのコミュニティだと足りないんですね。例えば会社のいつものメンバーと毎日同じ会話をしていると、頭を使わないので認知症になりやすくなるということです。でも3つ以上のコミュニティにいると、相手の考えや感情に思いを巡らせることになるので、それがいい刺激となって認知症になりにくいと考えられます。

グラットン

それは日本だけに限った話ではありません。アメリカの研究でも中年男性の85パーセントは、性別や職業などが似た者同士で交わる傾向があるとされています。石川さんがおっしゃった、自分と違う人と出会ったときには否が応でも自分と向き合う必要が出てくるということ、これは非常に鋭い指摘だと思います。自分と違う人と交わることは、自分が変わる良いチャンスでもあります。
続いて、会場からの質問にお答えしましょう。


ロンドン・ビジネススクールは英国・ロンドンにあるビジネススクール。世界で最高位のビジネススクールであり、MBAプログラムや金融実務経験者を対象としたマスターズ・イン・ファイナンス(MiF)プログラムは世界トップレベルと評価されている。
http://www.london.edu/


石川氏が共同創業者/副社長を務める株式会社 Campus for H は、企業、組織の健康づくり・生産性向上に関する調査・研究や、関連するサービスの開発・販売とコンサルテーションを行っている。
http://campus-h.com/

また石川氏は、ソーシャルマーケティング、調査・研究、データ解析などを通じて社会や医療の問題の解決を図る株式会社キャンサースキャンの創業にも携わっている。
https://cancerscan.jp/

本人の意思や心身への影響、
チームの働き方などを複合的にジャッジ

――今後、働き方が多様化して全ての社員に裁量労働制が認められた場合、会社側は長時間労働や残業をどこまで認めるべきでしょうか。またそのとき、人事制度はどうあるべきでしょうか。

石川

今後はおそらく人事評価の軸も変わっていくことになるでしょう。これまでのように就労時間だけで評価するのはでなく、例えば本人が非常にやりがいを持って仕事に取り組んでいて、なおかつ健康を損なうレベルでなければ、長時間労働も許容されるのではないでしょうか。
また、チーム内の労働時間のバランスも見ていく必要があるでしょう。1人だけ長時間働かなければいけないという状況はつらいです。ですから本人の意思や心身への影響、チームとしての働き方などを複合的にジャッジしていくことになると思います。

グラットン

石川さんの講演* で特に印象的だったのが、サミュエル・スマイルズのことです。スマイルズは不屈の意志が重要だと説き、それが明治期の日本人に広く受け入れられた。それが脈々と息づいてきたからこそ、景気の低迷を盛り返すべく長時間労働に精を出しているのかと腑に落ちました。
ただ、これからは違った考え方を導入していかなくてはいけないと思います。長時間労働の基本的な問題は行動が反復的になることです。でも反復作業はロボットやAIの得意分野ですよね。機械なら24時間休みなく働き続けることができます。ですから、反復作業は機械に任せ、人間はクリエイティビティの分野で能力を発揮すべきなのです。
イノベーションを起こすには、いろいろなアイデアを取り入れ、なおかつそれを温める時間が必要ですが、長時間労働に追われているとそれはかないません。この点、企業は本腰を入れて対策を講じるべきでしょう。週末は出社やメールを禁止するといった小手先の対応でなく、どうすればイノベーションを育むことができるのかを考え、働き方を抜本的に変えていく必要があると思います。
日本人には優れたクリエイティビティが備わっていると思いますし、イノベーションを発揮できる素地もあります。さまざまな仕事を機械化することで“カイゼン”も進めてこられましたね。しかし、まだ大きなイノベーションには結びついていません。イギリスも含めた多くの国が大きなブレークスルーを必要としていますが、これは今の働き方ではなし得ないものだと思います。

ダイバーシティの促進は人事制度改革のヒントになる

――人生100年時代になって、高齢の労働者でも生産性を保つことが重要とのことですが、体力や知力がピーク時から衰えていく人もいると思います。日本企業は成長を前提として、従業員を長期間雇用するための評価システムを組み上げてきましたが、今後は働き手の衰えとどう付き合い、評価システムと同居させていけばいいのでしょうか。

グラットン

終身雇用に基づいた制度をどう変えていくかということで、この点は日本の社会も企業もジレンマを抱えていると思います。就職先として大企業が安心だ、大企業なら一生面倒を見てもらえるという考えはもはや過去のもので、20歳から80歳まで1つの会社に勤め上げるということはまずないでしょう。
ということで、組み合わせで考えていかなくてはいけないと思います。働き手本人が自分をマネジメントして、しっかりと移行期を越えていくことが重要です。そして企業も、例えば退職した人がやっぱり戻りたいといった場合、迎え入れる準備ができているでしょうか。他にも政府や教育機関など、多くのステークホルダーが関わるべき問題です。残念ながら、ご質問に対する答えを私は示すことができません。
ただ、ヒントになることは1つ申し上げられます。以前、ロンドンにいらしたある日本企業のCEOに会社をどう変えていけばいいのかと聞かれました。その方もやはり現在の人材慣行のひずみに悩んでおられました。私はこの会社がクルミのようだと感じ、殻を破るには殻を叩き割るか、中の実に到達する何らかの方法を見出すか、いずれかの方法しかないと答えました。取るべき道は当然後者です。叩き割ることなく変化を模索していかなくてはなりません。特に日本の企業はタイトに制度設計がなされていますから、どう変えていけばいいか見当もつかないということはあるでしょう。それでも例えばダイバーシティを促進する、女性の社員や幹部を増やしたりするだけでも違ってくると思います。

「不調」「好調」を「普通」の状態へリカバリーするには

石川

人生100年時代、長く活躍しないといけないという点で、私がオリンピック選手から学んだことがあります。それはリカバリーには2種類あるということ。人のコンディションは「不調」「普通」「好調」の3つですが、不調も好調も長続きしません。ですから不調を普通に戻すリカバリーと、好調から普通に戻すリカバリー、この2つを覚えておかないと長くは活躍できないんですね。
そのための具体的な方法論として、不調を普通に戻すのに一番大事なのは睡眠です。一流選手、あるいは一流パフォーマーほどよく寝ています。多くの日本人は、起きている自分の方が寝ている自分より偉いと思っているんですよ。でも寝ている自分の方が、実は大量に情報を処理してくれていますからね。寝るときは「後はお任せしました」というくらいでいい(笑)。それから好調を普通に戻すには仕事から離れることです。日本人は全然休みを取らないので、ずっと好調の状態が続きすぎて、好調疲れの人が多いかなと思います。

グラットン

今のお話は共感できます。私の研究でも同じような結論が導き出されているからです。2015年の世界経済フォーラムで私はF1ドライバーに関するセッションを行いました。医師を交えて3人のドライバーとパフォーマンス向上の要素について検討したのですが、F1ドライバーもやはり睡眠を重視していたんです。彼らはコンディションを整えるために8~10時間寝るそうです。人間が最高のパフォーマンスを発揮するには、十分な睡眠が不可欠なんですね。
また、これも石川さんがおっしゃったとおり、仕事から離れることもパフォーマンス向上に寄与します。これは優秀なアスリート集団の証言です。もっと睡眠をとって、仕事から離れることが重要だということです。

石川

そうすることでアイデアが湧き、人間としてクリエイティビティが発揮できるということでしょうか。

グラットン

その通り! 石川さん、ぜひそれについて本を書いてくださいね(笑)。

WEB限定コンテンツ
(2016.10.25 中央区のベルサール汐留にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri


* トークセッションの前に「人生100年時代におけるセルフマネジメントの原則」と題して石川氏の講演が行われた。
日本人の行動が意志偏重となったことの背景に、不屈の意志の重要性を説いたサミュエル・スマイルズの書籍『西國立志編』があると指摘、しかし、長く働き続けるには意志や根性だけでなく、長期間に渡る変化が必要であり、体調に応じた小さなノルマを設定すること、限界に来たら他分野からの学びを取り入れることなど、行動科学に基づいたセルフマネジメント手法を紹介した。

リンダ・グラットン(Lynda Gratton)

ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。2年に1度発表される世界で最も権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。フィナンシャルタイムズ紙「次の10年で最も大きな変化を生み出しうるビジネス思想家」、英タイムズ紙「世界のトップ15ビジネス思想家」などに選出。邦訳されベストセラーとなった『ワーク・シフト』(2013年ビジネス書大賞受賞)などの著作があり、20を超える言語に翻訳されている。

石川善樹(いしかわ・よしき)

予防医学研究者、株式会社 Campus for H 共同創業者。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとした学際的研究に従事。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、マーケティング、データ解析等。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(ともにマガジンハウス社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)がある。

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