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社会起業家と企業の連携が未来を描くカギになる

ミッションを持った個人が切り開く社会

[加藤徹生]一般社団法人World in Asia 代表理事 経営コンサルタント

いま日本の大企業のなかに「問題の当事者」に近づこうという動きがあるかというと、まだまだというところですね。成長著しい新興国の市場に進出するときも、現地の人々の当事者性をキャッチできていない。当然、イノベーションも生み出せない。現場で起きていることを知らないまま、日本にいる人間が意志決定しているからです。

ある日本企業にジャカルタ市場の調査を相談されたことがあります。どのぐらい成長しているとか、消費者はどんな属性だとか、その程度の定量的なデータをとろうという。果たしてこれに意味があるのか。ジャカルタの調査なんてどの企業もしているでしょうし、市場の成長が早いからせいぜい3~4年後ぐらいしか見通せないのに。しかもデータを採るのに半年、商品案を考えるのにまた半年、商品が発売されるころにはすっかり市場が変わっています。

それに対して私は「農村と都市の関係のなかで市場を考えるべきだ」という話をしたんです。都市の成長のメカニズムには、農村から労働者が流れ込み、彼らが金を稼ぎ商品を買い、そして農村で待つ家族のもとに持ち帰るという流れが組み込まれています。

そうなると、都市に出る労働者の気持ちや、家族とのコミュニケーションのあり方、そういった定性的なデータやインサイトを得ないと、当事者を見誤る危険がある。もしかしたら、村で待つ母親のほうが消費のキーマンだったりするかもしれない。いずれにせよ、日本社会を前提にデータを採っているうちは、何もわかりません。

「現地で嫌われずに済む」メリットも

ですから、日本企業が海外で勝負しようと思うなら、意志決定の権限がある人が現地に行ってみたり暮らしてみたりするといいんです。本当に。問題の当事者に近いところで意志決定するとは、そういうことです。現地の社会起業家と連携するのも有効です。社会開発をしている彼らは、社会が変わるメカニズム、つまり市場の一歩手前のメカニズムに詳しいですから。たとえば彼らと合弁企業をつくって市場開発するとか。実際、アジアではNPOと営利企業が合弁企業をつくる事例が増えているんです。

なかでも、バングラデシュのブラック・ネットという会社は非常に面白いですね。WIMAXをバングラデシュ全土に張り巡らすという計画のもと、現地にある世界最大のNGOであるBRACが、アメリカのベンチャーキャピタルとつくった合弁会社です。これで市場をどんどん開発していき、あるところでベンチャーキャピタルは役割を離れ、いまはKDDIが出資しています。

もう1つ、現地の社会起業家と組むメリットがあるとしたら「その国に嫌われずに済む」。海外市場に進出すると、現地から「市場を侵略しにきたのか」と反発を受けることがよくあります。中国に進出した日本企業が悩まされている問題ですね。でも、その国の社会的課題を解決しようとしていて、そのための具体的な道筋もあることをちゃんと表現できれば、意味もなく、嫌われることはかなり減ると思うんです。

ミッションベースで語れる個人が信頼される

現地の社会起業家との関係を築くには、個人として話すことがとても重要です。これは社会起業家の面白いところで、彼らは個人の経験やスキルも見ますが、それ以上に個人としてどんな問題を解決したいのか、誰をエンパワーしたいのかを評価するんです。要するに、企業の名刺を差し出すだけでは、何も始まらないわけですね。

最初に組織の話をしてもよくわからないんです。貧困層を削減しましょう、職業訓練やりましょう、数値で見るとこのぐらいの効果が期待できます、どれもきれいな話ですが、きれいなだけにウソくさいとも言える。現場を実際に見てからでないとわからないこともたくさんあるはずです。だからこそ、最初に個人としてのミッションを語らないと信頼されない。その後でお互いの組織にベネフィットがあるかどうかといった話に進んでいく。僕も普段から心がけていることです。

World in Asiaは、ソーシャルベンチャーキャピタルとして、現在は東北の復興支援にフォーカスしている。10万人の生活再建が目標で、社会起業家のハンズオン支援を行う。
http://wia.stonesoup.jp/

ブラック・ネット(BRACNet)社のホームページ。アメリカのデフタ・パートナーズ社がNGOのBRACと合弁で設立した企業。通信インフラの整備だけでなく、途上国における遠隔医療・遠隔教育のシステム構築サービス提供にも注力している。本社はバングラデシュのダッカにある。
http://www.bracnet.net

社会起業家は
50年後の未来を約束する

これまで僕は、社会起業の側で仕事をしてきました。ですが、営利企業のなかにも社会問題の解決に取り組みたいと考える人が増えていることを実感しています。おそらくこれは先進国の、企業内のシステムの問題なのでしょう。自らが当事者として扱われなくなった。そのために、強いエネルギーでもって課題解決に貢献できる機会が失われた。これでは、クリエイティビティを持って仕事をすることができない。自分が何のために仕事をしているのかもわからない。反動として、社会起業が注目されているのだと思います。

自分で事業を起こしたり、NPOで働いたりしないまでも、営利企業のなかで働きながら職能を生かしたボランティア活動をする「プロボノ」も普及しつつあります。僕自身は、もっと深く社会課題に関わりたい、もっと現場やりたいと思ってNPOに飛び込んでしまったのですが。

現実的に考えて、社会貢献をしたいと思ったときの第一歩として、プロボノはいい選択肢だと思います。昔に比べればNPOと営利企業の垣根はずいぶん小さくなりましたが、一度NPOで働いてから営利企業に戻るのはやはり大変ですし、給与の差も激しいですから。今後は、営利企業がもっと積極的に関与するプロボノがあってもいいんじゃないでしょうか。例えば、商品開発のインサイトを持って帰るのが目的だといって、社員を何ヶ月かNPOで仕事をさせてみるとか。NPOの側としても、専門知識をもったプロがプロジェクトに参加してくれるなら、とてもありがたいことです。

社会起業家と企業が描く未来への約束

社会起業家の役割って、ビジネスセクターのなかにも、まだまだたくさんあると思うんです。最近思うのは、大企業の優秀な経営者たちが、ビジョンを語らなくなってしまった。50年後、こういうライフスタイルを実現する、こういうサービスが必要だからつくる、こういう人たちがこんなふうに活躍する世界にする、といった話をしない。語るとしても、せいぜいが5年か10年先のことでしょう。

50年後のことに責任を持ってくれる人がいない。社会をこうすると約束する人が企業のなかにいないんです。社会起業家の役割は、まさにそれだなと思っています。50年後の社会をこうすると、責任を持って約束すること。

例えば、50年後、先進国の失業率が4割になるかもしれない。でも同時にビジネスチャンスにできる可能性もあるわけです。おそらく、会社のなかのキャリアパスが崩壊していて、社内に蓄積されていた職人的な技が失われているので、良いものが作れない。そこで改めて「匠」と言われるような職人たちを育てるようなビジネスができたら、すごいマーケットになるし、すごい社会変革になると思うんです。

僕も議論したことがあるんですよ。eラーニングでインターフェイスを変えたらできるんじゃないか、メガネをインターフェイスにして各手順を解説する映像を見せたらいいんじゃないか、これでバーチャルな職業訓練ができるようになれば、ウルトラ低コストで職人たちを育成できるかもしれない、なんて。こういう話は50年後のライフスタイルを考えるときに、切実なはずですよね。こういうことを約束できる人が、企業のなかにもっと欲しいなと。きっと、僕たち社会起業の側の人間も、貢献できる部分だと思います。

WEB限定コンテンツ
(2012.11.28 コクヨファニチャー株式会社 霞が関ライブオフィスにて取材)

プロボノ
自分の専門性や技能を社会貢献に活かす活動。特に社会人が仕事上で培った技術やノウハウを提供することを指す。個々人のスキルアップにもつながるため、社員にプロボノを奨励する企業が増えている。

『辺境から世界を変える ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家」』
加藤徹生 著 井上英之 監修
ダイヤモンド社 刊
加藤氏がアジア12カ国を旅した中で出会った社会起業家たちのビジネスモデルを解説した一冊。現地で問題に直面している”当事者”だからこそ生み出せたイノベーションに着目し、持続可能な問題解決を実現したケースを紹介する。

加藤徹生(かとう・てつお)

1980年大阪府生まれ。大学在学中にインターンシップでコンサルティングの手ほどきを受け、卒業と同時に独立。社会起業家の育成や支援を中心にコンサルティング活動を続ける。2009年アジア各国への旅のなかで世界的規模で活躍するNGOや社会起業家に触れ、2011年にアジアやアメリカの社会起業家とともにWorld in Asiaを設立。東北の復興を目指す社会起業家に投資・支援を行っている。

 

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