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組織が倒れない、ぎりぎりのスピードを見極める

自己肯定と現状否定で成長を維持

[中川淳]株式会社中川政七商店 代表取締役社長 十三代

新卒で入社したのは富士通でした。営業として2年働いたけれども、大企業は10年くらい経たないと次のステップに行けません。そのペースに歯がゆさを感じて、奈良で工芸品の製造・卸を営む家業に転身しました。2002年のことです。

伝統工芸の製造販売の知識はゼロでした。でも、だからこそ現場の改善すべき点が見えたんです。例えば、商品Aが売れていて商品Bが売れていないのに、なぜかBばかり仕上がってきて、Aは一向に補充されなかったりする。製造担当者に聞くと、「Bのほうが作りやすくて、Aは作りにくい」と言うんですね。誰がいくつ作る指示を出しているのかも分からないし、営業に聞いてもはっきりしない。

一事が万事そんな感じで、みんな適当に何となくやっている。富士通のような電機業界は予実管理や生産管理がしっかりしているだけに、落差にあぜんとしました。

地方の中小企業でも優秀な人材が採れるはず

今になって、うちの会社が特別ひどかったわけではないと分かるんですけどね。コンサルで中小の工芸メーカーの現場に行くと、どこも似たり寄ったりですから。外部の職人さんとの付き合いもあるし、昔ながらの商習慣から生産や販売の管理がルーズになりがちな面もあると思います。そもそも田舎の小さい会社は社員のやる気が低いですよ。定時になれば仕事が残っていてもさっさと帰ってしまう。

だから僕が「ちゃんと仕事しましょうよ」と言っても、なかなか通じませんでした。繰り返し働きかけると、「そこまでして仕事したくない」と辞めてしまう。辞めていった人の穴埋めをしようにも、募集をかけてもほとんど応募がないという状況でした。

そのとき強く思ったのは、人を採れる会社にならなきゃいけないということ。会社のブランドが上がっていけば、奈良の中小企業でも優秀な人材が採れる状況は作れるはずだと思いました。すぐには難しいけれども、いずれはそうならなきゃいけない。ブランド力を高めることで、販促だけでなく採用の面でも有利になるだろうということは、このころから感じていたんです。

まっさらな組織に「心得」と「ビジョン」を植え付ける

結局、僕が担当していた事業部(麻織物を使った雑貨の製造・卸)は、パートを含めて10数名いた従業員が1年でほとんど入れ替わり、社歴が浅い人ばかりになりました。業務は一時的に大変でしたけど、真面目でやる気のある人たちに代わったので結果的には良かったですね。

それでも立て直しには2~3年かかったでしょうか。がむしゃらに頑張って、勤怠にしても発注や在庫管理にしても、だいぶまともになってきて、ちゃんと数字もついてきました。とりあえず当たり前のことを当たり前のようにやれる環境が整ってきた。

そうして次に思いを巡らせたのが、何のためにこの会社で仕事をするのか、どういう姿勢で仕事に向き合えばいいのか、ということです。300年もの歴史がある会社なのに社是も社訓もなかったんです。そこで、ないなら自分で作ろうとあれこれ考えて出て、2~3年は悶々としたでしょうか。

2006年に「こころば」という、仕事上の心得をまとめました。「正しくあること」から始まって、「誠実であること」「誇りを持つこと」「品があること」「前を向くこと」「歩み続けること」「自分を信じること」「ベストを尽くすこと」「謙虚であること」「楽しくやること」と、全部で10か条です。

次に、ふっと降りてきたのが「日本の工芸を元気にする!」というビジョンでした。そのときに会社が向かうべき方向がつかめたんですね。それが2007年のこと。翌08年に父の後を継いで社長に就任しました。

組織のビジョンを自分ごととして引き寄せてもらうために

「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを社内で最初に掲げたときは、みんなポカンとしていたんです。社長は何を言っているのかなと。でもコンサルを通じて実際にメーカーが立ち直るさまを見て、「なるほど、こういうことか」と分かってくれるようになりました。

ただ、それでもまだ「コンサルは社長がやっていることで、会社のビジョンは自分たちに関係ない」という捉えられ方だったんですね。でもそれは違うよと。僕が1人でやっているんじゃなくて、コンサルで立ち直ったものを流通させ、店で販売してお客さんに届けているのは中川政七商店なのであって、みんながその役割を背負っているんだと。この仕組みがあるから日本の工芸が再生するんだよと言い続け、2012年ぐらいでしょうか、ようやくみんなが自分ごととして捉えるようになった感があります。

言い始めてから5年くらいかかったけれども、会社は大きく変わったと思います。お店の販売スタッフは月の予算くらいしか視野にないのが普通でしょうけど、「自分たちは日本の工芸を元気にするためにお客さんに伝えているんだ、それが自分の仕事なんだ」と思えたら、それはやっぱり全然違いますよね。

2006年に「こころば」という、仕事上の心得をまとめました。「正しくあること」から始まって、「誠実であること」「誇りを持つこと」「品があること」「前を向くこと」「歩み続けること」「自分を信じること」「ベストを尽くすこと」「謙虚であること」「楽しくやること」「楽しくやること」と、全部で10か条です。

こころばやビジョンが定まったときから従業員の意識が変わって会社の本質は大きく変わったし、より強くなったと思います。


株式会社中川政七商店は奈良で1716年に創業。麻織物、生活雑貨、茶道具の製造・卸・小売、経営コンサルティングなどの事業を展開している。従業員数275人、売上高41億7000万円(2014年)。
http://www.yu-nakagawa.co.jp/


こころばは名刺サイズのプラスチックカードに印字し、社員が持ち歩けるようにしてある。「つらくなったときに見返せるように」(中川氏)。

今の時点で考えられる理想像に向けて
いかに早く、着実に到達するか

目先の数字や業績に左右されず、長期的なスパンで物事をとらえたとき、辛抱のしどころという時期もあるでしょう。重要なのは、今この時点で考えられる理想像に向けて、いかに早く到達するかということ。ただ、組織がついてこれずに倒れちゃうことがあるので、倒れないぎりぎりのスピードで走る、そのスピードの加減をするのが経営だと思っています。

社内の理解が何となく低いとか、あるいはしっかり固めるべきところがおろそかになっているといった雰囲気を感じると、ちょっとペースダウンしますね。会社の業績はピラミッドを積み上げるようなものなので、1つのことをいい加減にやると後々そこから崩れて痛い目に遭う。だからちゃんと固めてから次に行くようにしています。

正確な現状把握のためにしていることは、まず社員との日ごろからのコミュニケーションです。よく話すし、食事も行きます。

もう1つが、半年に一度の人事考課です。あえて人事部は置かず、上長と自分で評価をしていまして、全ての正社員を対象に30分~1時間くらい面談するんです。これも現場を知るのに役立ちます。会社という1つの大きな体の人間ドックみたいな感じですね。評価対象が100人以上いるので大変ですけど、これは大切なことだと思っています。

下手に人事部長とかが介入して、型にはまった人事評価手法を導入されると、本質を外した評価になってしまう気がするんです。仕事に対するスタンス、会社にどれだけ貢献しているか、あるいはどれだけ勉強しているか、伸びしろがどれくらいあるか。うちの会社はものすごい勢いでいろんなことが変化しているので、勉強をちゃんとして、変化に対応している人だけが生き残っています。だから、いろんなことを吸収しようという意欲は重視しています。じかに話せば、そういう数字だけでは測れないところもトータルで見ることができるわけです。

うちの会社では、仕事は大きく「ルーティン」と「プロジェクト」の2種類に分けています。ルーティンは各部署の既存業務で、プロジェクトは何か新しい仕事やイレギュラーな仕事です。プロジェクト発足時は公募をかけるんですが、誰でも手を挙げることができます。自発的にいろんなことに挑戦できる仕組みは整えているので、積極性や自主性を促す体制にはなっていると思います。

新社屋に設けた“仕事の周辺”に取り組むスペース

2010年には竣工した新社屋は、オフィススペースは仕切りがなく、ワンフロアを見通すことができます。コミュニケーションを取りやすいようにと社長室も作っていません。一時期、座ったとき目線が切れるように島の周りに書庫を置いていましたが、それも全部壁際に寄せてオープンにしました。部署を越えた会話も、だいぶやりやすくなったと思います。

それまで働いてた場所は古くて狭くて寒くて、本当にひどかったんですよ。打ち合わせテーブルは1台だけ。それもみんなの背中越しにあって、段ボールに囲まれているから、お客さんも落ち着かない。休憩スペースももちろんなし。環境が人を作ると思っているので、社員にはいい環境で仕事させてあげたいと思っていました。新社屋は身の丈以上ではありましたけど、環境にふさわしい会社になろうとみんなにも話したんです。

食堂には8メートルくらいのテーブルを2つ、ドンと置いて、そこは誰でも自由に使えるスペースにしました。仕事とそれ以外の中間的な部分はすごく大切だと思っていて、休憩してもいいし、雑誌を読んでもいいし、ちょっとしたミーティングをしてもいい。僕自身もそこでコーヒーとか飲みながら、ゆっくり考えごとをしたりします。傍目にはぼんやりしているように見えるかもしれないけど、それは大切な時間だし、みんなにもそういう時間は必要だと思う。仕事の周辺みたいなところをやれる場所ですね。

学生さんには受けがいいですよ。昔の社屋は、とにかく見せないようにしていたんです。1次、2次面接はひた隠し、仕方なく3次で見せると、「ええー?」って引かれる(笑)。でも新社屋ができてからは積極的に見せるようにしていますし、学生さんもやっぱりテンションが上がるんですよね。そういう意味でも会社のブランディングの象徴的な存在としていいものができました。

「現状30点」の認識で、改善し続ける土壌を作る

人が採れなかった昔に比べると、今は人を採りやすくなりました。会社の知名度も上がったしブランド力もアップした。ホームページに中途採用の情報を上げると、2週間で100人を超える応募があって、それも大手企業からの転職希望者が多かったりするんです。数が増えただけでなく、応募者の質も高まっているのを感じます。

勉強しない、やる気のない人は自分から去っていくし、一方でどんどん優秀な人が入ってきて、会社のスピードはさらに上がる。ひたすら成長していかないと脱落しかねない環境です。厳しいかもしれないけど、でもそれはすごく健全でもあると思うし、やる人にとっては楽しいし、頑張れば頑張っただけのポジションがもらえる状況は作れていると思います。

ただ、社員が30人だった頃より、1人ひとりの危機感は薄くなったと感じます。小所帯だと小さなミスが大打撃になりかねないけれども、規模が大きくなるとちょっとしたことでは会社はびくともしないし、誰かが何とかしてくれると油断も出てくるでしょう。

だから僕は社内で「現状30点だと思え」と言い続けているんです。70点くらいの認識だと改善のスピードが遅くなるから。これだけやっているのに30点かと、みんな思っているでしょうけどね。

ただ、現状否定と自己肯定は別で、両方大事です。自分を30点だと思ったらつらくなるんですよ。自分は頑張っているし、かつてよりもいろんなことができるようになった。そういう努力や成長は認めないといけません。でも一方で、現状に対しては否定しなさい、まだまだ満足しちゃいけないんだということです。自己肯定できている量までしか現状否定はできないんですよ。これを超えるとうつになってしまう。

だから僕はたっぷり自己肯定していますよ(笑)。日々自分でよくやっているなと思う。でも一方で、本当に現状は最悪やなと思っている。ギリギリにせめぎ合っているのが一番いい状態だと思いますね。

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(2014.11.6 コクヨ エコライブオフィス品川にて取材)


仕切りのないオフィスや高低差のある外観など、ユニークなデザインが注目されている。2010年度のグッドデザイン賞(中小企業庁長官賞)など、さまざまな賞も受賞した。(写真提供:中川政七商店)


食堂には存在感のあるテーブルが2台並んでいる。(写真提供:中川政七商店)

中川淳(なかがわ・じゅん)

1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、富士通株式会社を経て、2002年に家業の中川政七商店に入社。2008年、十三代社長に就任。「遊 中川」「粋更 kisara」「中川政七商店」などのブランドを展開し、工芸をベースにしたSPA(製造小売)業態を確立。2009年からは「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を手掛ける。著書に『奈良の小さな会社が 表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』『ブランドのはじめかた』『ブランドのそだてかた』(いずれも日経BP社)、『老舗を再生させた十三代がどうしても伝えたい 小さな会社の生きる道』(CCCメディアハウス)。http://www.yu-nakagawa.co.jp/

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