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仕事を俯瞰する目が説得力につながる
【日本のシリアル・イノベーター(1)後編】

「おりこうさん」のしたたかさが社内政治を越える鍵

[石田耕一]花王株式会社 開発マネジャー 主席研究員

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

前編で「ビオレ毛穴すっきりパック」の開発と事業化について説明しましたけど、そのスタートはごく小規模でした。予算もたいして盛り込まれず、メンバーもごくわずか、社内の期待もほとんどなかったと思います。

だけど、だからこそ開発が自由にできたんです。鼻の角栓がごっそり取れたら面白いという発想から、角栓を取るポリマーを開発し、そのポリマーをシート化し、さらにそれをドライタイプにしようと、商品の可能性を大きく広げていくことができた。事業的に余裕があったということです。もちろん、やっている本人たちは一生懸命でしたけどね。

イノベーションには「ごはん」と「おかず」がある

今の時代はどこの会社もきちっと事業目標を決めて、それに向かってものを作っていくでしょう。開発期間もある程度決まっていて、その範囲内でいかにいいものを作るか、それがマニュアル化されて仕事になっている。特に大企業ほどその傾向は顕著だと思います。事業効率だとかマーケティングだとかを考えると仕方ないとはいえ、こういう風潮はもの作りの自由度を狭めかねません。下手をすると、イノベーションを生む土俵を小さくしてしまうのではないでしょうか。

特にプロジェクトが大きくなるとメンバーも増えます。そうなると社命を意識して、絶対成功させないといけないというプレッシャーも背負ってしまう。経験的には、少人数の方が自由な発想ができると思いますよ。せいぜい3、4人、多くても5人程度。思い切ったこと、突飛なことにも大胆にチャレンジできるのは、これくらいの規模が限度だと思います。

そう考えると、大企業の想定するイノベーションは2種類あるといえるんじゃないでしょうか。たとえるならば、「ごはん」と「おかず」。イノベーションというと、ついおいしいおかずを作ろうと考えがちです。意外性があるもの、どれにしようか選ぶ楽しさのあるものですね。「毛穴すっきりパック」はおそらく「おかず的イノベーション」なんですよ。ある意味、飛び道具です。市場があまりにも大きくなりすぎたので、今や飛び道具とは誰も言わないですけどね。

「ごはん」は、もっと大きなブランドで、家庭や生活に深く根差していくもの。組織的な戦略に基づいて事業予算もきっちり盛り込んで進められる王道のイノベーションです。花王の商品でいえば「ビオレU」や「ヘルシア」** が該当するでしょう。

1つのブランドを維持していくには何らかの飛び道具も必要だし、ユーザーの要求にきめ細かく応えるニッチな商品も必要です。ただ、やっぱり「ごはん」の分野は重要なんですよね。そこにどうやって目新しさを持ち込むかというと難しいんだけれども、そういうイノベーションができるかどうかが問われていると思います。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

花王株式会社では一般消費者向けの「ビューティケア」「ヒューマンヘルスケア」「ファブリック&ホームケア」、産業界向けの「ケミカル」と、幅広く事業を展開している。
http://www.kao.com/jp/

** 花王「ヘルシア」シリーズ
ポリフェノール(茶カテキン、コーヒークロロゲン酸)を豊富に含み、脂肪を消費しやすくするヘルシアシリーズ。「緑茶」「五穀めぐみ茶」「ウォーター」「スパークリング」のほか、「コーヒー」(写真)もラインナップに加わった。

「おりこうさん」のしたたかさが
イノベーション達成の鍵

今の若手の研究者や企業人に言いたいことは、自分の仕事を俯瞰する目を持ってほしいということ。

何かやりたいことがあって、「こんなものどうでしょう」と上司に提案したとします。そうすると上司は「ここがだめ」「ここも何とかしろ」とか、いろいろ言ってくるでしょう。ひょっとすると、「いや全く別のものに、こういうものにした方がいい」なんて、斬新なことを言い出すかもしれない。でも、それは彼らが自分でやった、あるいはマネジメントとして経験したことに基づき、その提案を現在の社内的状況に合わせて最適化しようとしているとも考えられる。つまり、上司の言うことを鵜呑みにするだけでは新しいものは生み出せないということです。

むしろ自分の感覚に自信を持ってほしいと思います。現場の人間は感覚を研ぎ澄まして開発対象と向き合っているわけですから、新しいものを生み出しやすいはずなんです。ただ、力関係でいえば上司の方が強いことは当然なので、必要なのは上司を説得できる力ということになる。それには自分がやりたいことを、徹底的に広い範囲で見ることが重要です。深くではなく、広く、です。

まずは広く浅く仕事の全体図をつかむことで、深掘りすべきポイントが見えてきます。例えば商品を新規開発するといっても、完成度を高めるだけじゃなくて、消費者が使ってみてどう思うかを同時に検証していかないといけない。管理職の人たちは技術も市場動向も見ているから、どこかに不備があればダメ出しをするに決まっているんです。確かに面白いかもしれないけど、材料をどこから調達するのか、コストはいくらかかるのか――いろいろ突っ込みどころがあるので、広い視野がないと言い負かされてしまいます。

一匹狼のような存在になって、社内で変人扱いされようとも自分のやりたいことを貫く道もあるでしょうけど、それはかなり苦しいし、予算の確保も難しい。なので、言い方は悪いけれども、ある意味「おりこうさん」になるのが得策です。仕事の全体図をつかんだうえで、上司の考えを先回りして手を打っていく。その中で他部門、時には他社の協力も得ながら、商品の完成度を高めていく。最終的にそれを上層部が同意してくれる形に仕上げていくのです。それくらいのしたたかさがないとイノベーションの達成は難しいでしょう。

仕事が付いてくる人か、仕事に付いていく人か

昔の企業では一般的に、血気盛んな社員に対して「こいつに賭けてみようか」という雰囲気があったけれども、今はそういう意識は薄れています。成熟した大きな会社であればあるほど、そういう意識はないといっていいでしょう。仕事が付いてくる人か、仕事に付いていく人か。できることなら信頼と実績を積み重ねて前者に、「この人だからこういう仕事ができる」と思われる人になりたいですね。それはイノベーションを何度も起こすうえで重要な要素になると思います。

それからもう1つ、チャンスを生かすかことにも意識を向けてほしい。チャンスはどこにでも転がっていると思います。あれもこれもと手を出すわけにはいかないけれども、「これは」と思うものがあれば飛びついてものにするようなファイトがほしい。

「毛穴すっきりパック」の場合、私が研究所に異動してきたときに、たまたまシート化に携われたことが、まず1つめのチャンスです。ドライシート仕様を実現できると発見したことも偶然の産物でした。そうしたチャンスを逃さず、しっかりつかまえたことが成功につながったんです。

私の仕事の原動力には、もの作りの楽しさを味わいたいというのもあるし、こんな商品ができたらたくさんの人が驚くだろうなと、社会にインパクトをもたらしたいという思いもある。でも突き詰めれば、研究者としてナンバーワンのものを作りたいという欲求なんだと思います。2番、3番じゃ意味ないんですよ。それだと何か寂しい。

「毛穴すっきりパック」は、単に毛穴の角栓を取る商品の歴史ということでは後発なんですけど、それを簡便に、高い効果で、なおかつ安く、楽しくやれるという点ではナンバーワンであり、オンリーワンでした。

私は現在、「キュレル」という乾燥性敏感肌用のスキンケアシリーズの開発にも携わっていますけど、これもやっと日本市場で売上ナンバーワンになりました。開発の歴史としては1986年にさかのぼりますから、「毛穴すっきりパック」より付き合いは長いですね。発売は1999年で、花王のセラミド技術を応用した製品です。最初はなかなか売り上げが伸びなかったんです。でも、新しいビジネスモデルを貫き、じわじわと人気を獲得しながら、やっとナンバーワンになることができた。

どんな意味でもいいからナンバーワンにならないと、イノベーションの醍醐味は本当には実感できないんじゃないかな。そしてナンバーワンになることで、できることもまた広がっていくと思います。

WEB限定コンテンツ
(2014.4.14 中央区の花王本社にて取材)

石田耕一(いしだ・こういち)

花王株式会社 ビューティケア事業ユニット 開発マネジャー 主席研究員。1961年大分県生まれ。九州大学農学部食糧化学工学科修士課程修了。1985年花王入社。生物科学研究所、香粧品研究所などを経て、2012年よりビューティケア事業ユニットへ。スキンビューティ研究所も兼務している。http://www.kao.com/jp/

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