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偶然の産物を発想の転換に活かす
【日本のシリアル・イノベーター(1)前編】

通常のプロセスを逸脱して商品化を実現

[石田耕一]花王株式会社 開発マネジャー 主席研究員

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

花王「ビオレ毛穴すっきりパック」** は小鼻の角栓(皮脂の詰まり)を取るシート状のパックです。1996年4月に発売されてすぐ品切れを起こすほどの大ヒットとなり、その後、欧米やアジアなどグローバルにも展開している人気商品です。

開発ではずいぶんと紆余曲折がありました。小鼻の角栓を取るパック剤が他社から発売され始めたのが1987年ですから、「毛穴すっきりパック」が発売される10年前から似たような製品があったということです。でも、どれもペースト状で、手が汚れる、パックをうまくはがせないといった手間がかかる割に角栓がきれいに取れず、あまり売れていませんでした。ただ、アイデアの面白さに社内の研究員が目を付けたんですね。自分たちは本当に効果のある商品を作ろうじゃないかということで、毛穴や角栓の研究を始めたのが事業化の第一歩となりました。

「この偶然は使える」と気づくことで突破口を開いた

角栓を徹底的に解析し、それを除去するための毛穴パックの主体である吸着剤として、カチオンポリマーを新規化粧品成分として開発しました。このカチオンポリマーは毛穴と角栓の間隙に浸透しやすく、さらに角栓をがっちりとつかみとるための収縮応力、角栓と親和性も高いものです。

ただ、このポリマーをどう扱うかで壁に当たってしまった。従来品と比較してポリマーの吸着効果が高いぶん、はがすときに痛さが際立ってしまうんです。しかも他の製品と同じようなペーストタイプでは、手も汚れるし、はがし残りも出てしまう。4年かけて処方開発(素材の配合やレシピの開発)を進めていましたけど、結局頭打ちとなって、93年秋ごろに研究所内で開発を断念。経営トップへの提案にも至りませんでした。

その時、他の事業部のスタッフが、「フィルム状やシート状にしたらどうだろう」と思いついたんです。それで医薬品開発から研究所に異動してきたばかりの私に声がかかりました。暇そうに見えたんでしょうね(笑)。メンバーは私の他に新入社員の女性が1人。主担当のクリーム開発の片手間として、シート化に取り掛かりました。

ところが、やってみたら意外に難しい、というより不可能だったんですよね。いろいろな種類の布にポリマーを塗り広げて、自分たちの鼻に貼り付けて……ということを繰り返したけれども、ドロドロして扱いにくいし、とても消費者に届けるための製品化はできない。これは厳しいかなと思い始めて1週間、検討中のパック剤を塗り広げたまま、片付けるのを忘れてしまったんです。翌朝見てみたらパリパリに乾いている。水に濡らしたら元に戻るんじゃないかとピンときて、試してみたらうまくいった。「これはいける!」と思いましたね。

要するに、乾いた状態で製品化し、ユーザーが使う前に濡らしてペースト状に戻し、鼻に貼って再び乾かすということです。このとき「毛穴すっきりパック」の基本が固まりました。まさに偶然の産物です。でも、「この偶然は使える」と気づくことが発想の転換になるんです。

経営層をウンと言わせるには客観的な裏付けが必要

苦しかったのはこの先です。ユーザーが商品を濡らして使うなんて化粧品としては常識外れですから、幹部に見せれば「水を使わずに使えるようにしろ」と言われるはず。だけど、それでは商品として不可能です。何とかして乾いたまま、これを商品として認めてもらうにはどうしたらいいか。そこから先はそれを念頭に、クリーム開発もいったん脇に置いて、毛穴パックのシート化にのめり込んでいきました。

まずは支持体の布を何にするか。真っ先に思いついたのはパンティストッキングでしたけど、これだと柔らかすぎるしコストもかかる。材料関係や加工プロセスの研究メンバーも交えていろいろ試した結果、不織布に決まったんですけど、それもただの不織布じゃないんです。水になじむ層となじまない層の二層タイプの不織布にしました。水になじまない層によりパック剤のベタベタを解決し、水になじむ層でしっかりとパック剤を保持させ、鼻からはがすときは剥離しないように強度を保つ。そんな特殊な不織布を開発しました。

シートの形状をどうするかという課題もあります。鼻の形も大きさも人それぞれですけど、できるだけ多くの人にフィットする形状に仕上げたい。そこで1000人を超える女性の鼻の形やサイズを測って、その95パーセント以上をカバーできる80ミリの幅に決定しました。シートの設計もCADを独学で駆使しました。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

花王株式会社では一般消費者向けの「ビューティケア」「ヒューマンヘルスケア」「ファブリック&ホームケア」、産業界向けの「ケミカル」と、幅広く事業を展開している。
http://www.kao.com/jp/

** ビオレ毛穴すっきりパック
小鼻を水で濡らしてシートを貼り、乾かしてはがすことで角栓を取り除く。シートは白色と黒色の2色展開で、いずれも1箱10枚入り。

他にも考えなきゃいけないことは山ほどありました。ペーストの量、シートの厚み、水分量……細かいところまでメカニズムを解析しつつ、地道に課題を解決していきました。どんなに角栓が取れても皮膚を傷めたらおしまいです。効果を高めつつ安全性をいかに担保するか、その着地点を見出すのに一番苦労しましたね。

試作品作りと並行して、作っているものが本当にユーザーに受け入れられるかも確かめました。事業部と行った社外調査では、シートの形が鼻にうまくフィットしないといった理由で「使いづらい」という声が上がったものの使用意向は非常に高い。「いけるんじゃないか」という直感は、「使いやすささえクリアできれば絶対売れる」という確信に変わりました。もうちょっとの工夫さえあれば、ユーザーは絶対に受け入れてくれるはずだと。

でも、一担当者のそんな思いだけでは会社は動きません。経営層をウンと言わせるには、ユーザーの求めるものがこの商品にあるという客観的な裏付けがないといけない。その意味で、アンケートやインタビューの結果は商品性能をブラッシュアップすると同時に、上層部を説得する材料としても活用することができました。

100名ほどの社内女性の鼻にシートを貼り、輪郭をペンで記録(左)。3次元イメージアナライザを使って、1000人以上の鼻の表面周囲長も測定した(右上、右下)。(図版提供:花王)

通常のプロセスを逸脱し
最初から最後まで製品と向きあう

設備投資も大きな懸案でしたけど、やはりデータがものを言いました。通常の開発では、研究所で処方を決めたら社内のフローに基づいて生産へ引き継ぐことができますが、この毛穴パックはまったく新しいものなので生産設備も新設しないといけません。

最終的には、役員が顔をそろえる事業会で全体の承認を取り付ける必要があります。そこで役員たちにシートタイプとペーストタイプ、両方のパックを試してもらったんです。ペーストタイプの使いづらさを分からせてやれということですね。社長の鼻に塗ってもらったら、指はベトベトするわ、はがし残りもあるわで、「なんだこりゃ」と(笑)。一方、開発してきたシートタイプは使いやすいし効果も抜群。それを実感してもらったことで、その場では一応の承認を得ることができました。

ところが、設備も整えていよいよ生産に入ろうかという時点で上層部からストップがかかったんです。「確かに小鼻の角栓は取れる。だけどパックが厚すぎて使いづらい」と、社長がこう言うわけです。それで発売を半年延ばして、指摘された点を改善しました。

その後、実はもう1回危機的な状態に陥りました。発売ちょっと前に、パック剤の薄い透明フィルムがはがれないというトラブルが発生したんです。調べてみたらパック剤とフィルムが電気的に接着してしまうことが分かった。そこで急きょ、包装材料担当者やメーカーに相談すると同時に、自分でも徹底的に勉強し、原因を特定、材料を変更して解決しました。生産条件なども変更になるので、寝る間もない状況でした。

これらの対応に追われた時期は大変でしたけど、よりいいものに仕上がったことは間違いありません。新しいカテゴリーのものを作るということは、正解のない道をうろうろするようなもの。とにかくいろんな問題が生じるんですね。

結果的に材料まで含めた処方開発はもとより、生産検討まで、すべての工程に立ち会わざるを得ませんでした。通常のプロセスからかなり逸脱したことをしないと生産までこぎつけられない商品だったんです。こだわりたい部分をあきらめそうになったこともありましたが、そこで踏ん張れたのは、新しいものを創り出したいという研究者としての情熱だったと思います。

類似品の追随を許さない圧倒的な優位性

いざ発売してみると、たちまち売り切れが続出。会社始まって以来というくらい爆発的に売れ、当然のことながら生産が間に合わない。生産に余裕があればもっと伸びていたでしょう。まあでも、とにかくうれしかったですねえ。「こんなに取れました」って、角栓のついたパックを送ってくれる方もいました(笑)。ただ、あまりに反響が大きくて、ユーザーからも社内からもリニューアルの要求が相次ぎ、発売後数年は休む暇もなく改善要求に追われました。

発売して2年も経たないうちに海外へも展開し、各国でも評判を得ました。国や地域によってユーザーの要求や感じ方が違うので、それに追いついていくのも大変でした。現在でも40カ国以上で販売されています。

国内外で類似品が出てきましたけど、我々の製品には使い心地も効果もとても及ばなかった。1年半〜2年くらいは花王の独壇場でした。それだけ我々の製品が画期的で、しかもレベルの高いものだったということです。毛穴パック市場は150億円と見られていますが、このカテゴリーを開拓したことは間違いないと思います。

完成させたいという強い思いが偶然を引き寄せた

「毛穴すっきりパック」の開発は対象研究に2年、処方開発はペーストタイプが4年、シートタイプが3年、量産化へ向けた技術開発が2年かかっています。並行して進めて、トータルで8年。しつこく、しぶとく続けました。ずっと1人でやっていたらどこかでくじけて終わっていたでしょうね。社内で技術をつなぎ合わせつつ、折々に部署の垣根を越えて協力しあえたからこその結果なんです。

自分としては、鼻の角栓を取るという面白くて新しい商品を、いかに簡単に、安全に、高い性能で実現するか、それだけを考えていました。そこへたまたま乾いているパック剤を見つけてピンときた。セレンディピティとはこういうことをいうのかなと思います。何としてもこれを完成させたいという強い思いが偶然を引き寄せたんじゃないでしょうか。

シリアル・イノベーターというけれど、それ以前に目前の課題に没入できているか。そして、そもそもその課題の先にニーズはあるのか。そこがポイントになるでしょうね。どんな商品でも、どんなカテゴリーでも、そこにほれ込んだ人間が打ち込んでいけば、おのずとイノベーションが続いていくのではないかと思います。

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(2014.4.14 中央区の花王本社にて取材)

石田氏は現在、乾燥性敏感肌向けのスキンケアシリーズ「キュレル」も担当している。世界で初めてセラミド機能成分をスキンケア製品に配合、これも画期的な商品といえる。

石田耕一(いしだ・こういち)

花王株式会社 ビューティケア事業ユニット 開発マネジャー 主席研究員。1961年大分県生まれ。九州大学農学部食糧化学工学科修士課程修了。1985年花王入社。生物科学研究所、香粧品研究所などを経て、2012年よりビューティケア事業ユニットへ。スキンビューティ研究所も兼務している。http://www.kao.com/jp/

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