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「観」の目で関係性をリ・デザインする

社会問題を解決する「無形のデザイン」

[太刀川英輔]NOSIGNER代表

僕たち「NOSIGNER(ノザイナー)」には、ジャンルの制約がありません。グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、空間や建築のデザインが「とりあえず」は得意。でも形のないものもデザインしているんです。自分たちではソーシャルデザインイノベーションの会社だと言っています。人や空間などの状況とデザインの間にある関係性に価値を見出して、社会的に機能する有形・無形のデザインを生み出すということです。

といっても僕が大学で学んでいたのは建築でした。デザインに向かうようになったのは、大学院生の頃、高知県の四万十川上流にある檮原町の再開発プロジェクトに関わったのがきっかけです。過疎化していた檮原を林業の町として活性化するために町役場を設計する、あるいは町全体をデザインして、そこにエコツーリズムを導入する、といった内容でした。

でも僕は「建築だけではできないことがあるな」と感じたんです。例えば、地域の外にいる人たちと関係を結ぼうとするなら、大きなハードをポンと建てるよりも、檮原という町のブランディングを設計したほうが機能するかもしれない。時を同じくして、建築学会のイベントに建築家でない人をたくさん呼んで「そもそも建築の良し悪しはどうやって決まるのか」と考えたことがあります。建築という閉じた領域の外側にいる人から見て、建築とはそもそも何なのか、と。

あれこれ考えているうちに、いろんなものを包括する概念として「デザイン」があるのだと気がつきました。建築だけ、1つの専門性だけ、という閉じた視点ではなく、物事を包括的に考える概念としてのデザイン。そんなわけで、僕にとってデザインとは、最初からジャンルを越境するものなんです。これは僕にとっては非常にラッキーでした。

誰かに理解されて初めてデザインは価値を持つ

その後、デザインを学びながら、家具やグラフィックのデザインをコンペに出すようになりました。ところがなかなか受賞できない。自分にはすごい才能があるはずだと信じていたのに(笑)。そこで、なぜ評価されないのか考えました。あるいは、評価されるデザインを見て、それがなぜ評価されるのかをと考えました。

そのうちに気づいたのは、デザインは言語みたいなものだということです。デザインは誰かに理解されるということを通してのみ価値が体現される。そんなの当たり前だと言われるかもしれませんが、僕にとっては大事な気づきで。つまり作り手は、デザインそのものや自分が作っているという事実を忘れて、そのデザインがどう認知されているのか、というところをフォーカスしないと、本当の価値は生み出せない。

宮本武蔵は、「みる」という言葉に「見」と「観」の2つの字を当てています。「見る」は自分の目が見ている状態。「観る」は状況を上から俯瞰する目。僕の考えるデザインには、その「観の目」に近いものが必要になるんです。自分が提供するデザインと、想定している相手との間に起こることを見通すということですから。

「デザインを通して様々なものが関係づいている」、だからデザインは言語のようなものだ。これで僕のなかには、なんとなく「こう考えるとデザインはうまくいく」と仮説が立ちました。もっともそれを体現するためのデザインスキルは後から身に付けていくわけですが。

2006年から「NOSIGNER」と名乗り、外部からのデザイン依頼を受けるようになりました。DESIGNは「SIGN」、「記号化する」という言葉からきています。でも僕は、形そのものよりも、その形を利用して、人や社会との関係性など形のないものを作るような仕事がしたかった。つまり無形のデザインをつくる仕事として「NOSIGNER」を名乗るようになったんです。

太刀川英輔氏率いるデザインファーム「NOSIGNER」。NOSIGNERとは「見えないものをデザインする人」という意味の造語で、モノのかたちだけでなく、可視化されづらい機能や関係性までもデザインするという思いを込めている。
http://nosigner.com/

状況を俯瞰する「観の目」で
デザインをとらえなおす

「NOSIGNER」最初のクライアントは、徳島の木竹工業協同組合の職人さんたちでした。ここでも僕がラッキーだったのは、単なる表現としてのデザインでなく、明らかなミッションを背負ったデザインにいきなり関れたことです。それも、職人のおじさんたちのアドバイスをいろいろ聞きながら、実地でデザインを学ぶことができました。

彼らが抱えた課題は、伝統的産業である木工が全盛期の3分の1になっていたことです。主な商品は、鏡台などの嫁入り道具。嫁入り道具という文化が消えるにつれて、売上げが落ちていったわけです。でも、これが得意だからといって鏡台を作り続けていた。

そういう地域の産業にデザイナーが関わるとき、よく間違えるのは、かっこいい鏡台を作ろうとしてしまうんです。かっこいいものを作るのがデザイナーの役目で、かっこよければ売れるんだと。でも、嫁入り道具という文化が消えているんですから、売れないですよね。そういう大きな視座なしに、徳島に入っても効果は出せない。

僕も最初は問題の全体像がわかっていませんでした。まず作ったのは「遊山箱」。徳島の木工のよさを伝える「親善大使」にするつもりで、徳島伝統のお弁当箱をリデザインしました。デザインとしては一定の評価を得て、海外の展示にも招待されたんです。でも売上げという意味では、思ったような効果が出なかった。徳島が抱える課題を解決するインパクトを持つものではなかったということです。

「よいデザイン」だけでは市場はつくれない

なぜだろうとすごく悩みました。当時はまだ大学院生で、作り手としてデザインをよくすることには頭がいっても、そのデザインから生まれる関係性というものに無自覚でした。

でも、だんだん気がつくわけですね。例えば市場をつくることの大事さがあるなと。徳島には僕と職人さんがいて、開発の仕組みがあるだけで、流通の仕組みがありませんでした。それから、そのデザインが社会においてどう認識されるか、つまり「観の目」のパートを担う人もいなかったんです。

その後、徳島には流通のチームが入って、新しいプロダクトが誕生しました。例えば、ビジネスデスクです。それまでは誰に向けているのかわからないものを何となく作っていたんですが、これはビジネスエグゼクティブにターゲットを絞り、ビジネスツールとしての市場を狙いました。

すると、手応えも変わったんです。アフリカ某国の大統領デスク候補になりましたし、ニューヨークのグッゲンハイムミュージアムにも置かれています。だから成功と断言するつもりはありませんが、これまでの地域発のプロダクトとは違う展開を作ることができました。

WEB限定コンテンツ
(2013.11.29 横浜市関内の同社オフィスにて取材)

NOSIGNERは、横浜スタジアムを臨むビルの一室にある。1F部分は打ち合わせなど行うスペースで、2Fは執務スペースになっている。

徳島の木工家具ブランドの一つとして、職人と開発したカルテジア。引き出しが2方向に動かせるのが特徴で、複数の段を同時に使用できる。 http://nosigner.com/ja/case/cartesia-2-desk/

太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)

1981年生まれ。法政大学工学部卒業後、慶應義塾大学大学院理工学研究科へ。在学中の2006年にNOSIGNERを立ち上げ、プロダクトからグラフィック、空間デザインまで、ジャンルを問わずデザインを手掛ける。SDA AWARD サインデザイン最優秀賞、DSA AWARD 空間デザイン優秀賞をはじめDesign for Asia Awardなど、国内外の様々なアワードを受賞。

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