このエントリーをはてなブックマークに追加

企業や社会にブレークスルーをもたらす
イノベーションプラットフォーム

スモールスタートで生み出すイノベーションの連鎖

[Aalto Design Factory]Espoo, Finland

  • 小さく、早く、安く、イノベーションのタネを作り上げる
  • 企業ワーカーと学生がデザインシンキングを実践できる場をつくる
  • 産学官連携の成功モデルとして世界中の企業からプロジェクトが集まる存在に

小国であってもグローバルで戦えるイノベーションを自国企業で起こす―フィンランドの国家的課題を解決するための取り組みの一つとして作られたのがアールト大学である。ヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ芸術デザイン大学を合併し、政府、企業、大学による共同投資で2008年に創設された。

特に注目したいのが、世界に通用するプロダクトデザイナーの養成を根底のテーマに据えた「アールトデザインファクトリー」(以下ADF)だ。デザイン研究機関でありながら、企業から案件を請け負って課題解決と人材育成を図るというプラクティカルな使命を担う。

映像やWebなどに力点を置いた「メディアファクトリー」やサービス業にフォーカスした「サービスファクトリー」、起業を支援する「ベンチャーガレージ」、特定企業のプラットフォーム構築を支援する「アップキャンパス」とともに、アールト大のオープンイノベーションの中核的存在となっている。

デザインファクトリーの教授にして“管理人”のカレヴィ“エーツ”エクマン氏は、「ここはプロダクトデザインの教育、研究、適用を目的とした共同制作プラットフォームだ」と語る。基本理念は、小さく、早く、安く、イノベーションのタネを作り上げること。コンパクトなプロジェクトで成功したら、それをプロトタイプにして、より大きな規模での成果を狙うのである。

フィンランド国内では、2007年春から大規模な大学改革が進められてきた。その動きを背景に2010年1月1日、既存の三つの大学が合併して創設されたのがアールト大学である。デザインファクトリーのキャンパスが入る建物は、以前スプレーの工場として使われていた。
創設:2008年
学生数:約500人(2012)
教職員数:教授20人、職員31人(2013)
http://designfactory.aalto.fi/

  • 「プーハマー」と呼ばれるメインの作業スペース。プロジェクトごとに緩やかにスペースが区切られ、ミーティングやプロトタイプ作りが行われている。

  • カフェテリアは学生や教員、来訪者が集まるコミュニティスペース。壁のモニタは上海キャンパスとTV電話で24時間つながっている。

  • フライス盤などの加工用工具や様々な素材が集められた「マシンショップ」。

  • 集中して作業に取り組みたいときに使われる部屋。「休日のように誰からも電話がかかってこない状態」から、ホリデールームと名付けられている。

プロトタイプに囲まれた空間が
集う人たちの創造力を刺激する

看板ともいえる製品開発プロジェクトコース「PDP」(Product Development Project Course)は、ヘルシンキ工科大学時代の1980年に始まった。

建物や作業室、機械、技術などの「物理的な設備」と、働き方、働く場所、手段や方法論といった「精神性」の二つの要素を重視しながら試行錯誤を重ね、企業の参画も促してきた。

2005年には、製品開発において企業や大学で必要とされる基盤を調査・考察する「FLPD」(Future Lab of Product Design)を発足、研究環境そのものの研究にも力を注ぐ。こうした蓄積をアールト大へ移植した。

思い立ったアイデアをすぐ形にできる場所

大学新設と同時に研究の場も刷新した。スプレー工場だった建物を改築し、それまでの10倍の3000㎡超へとスペースを拡大。空間デザイン主任のエサ・サンタマキ氏は「集まった人たちが新しい試みに挑戦するためのプラットフォームとして、広く自由な空間を提供することが重要」と語る。

作業室や金工室をいくつも設け、工作ツールや高価な加工機器も潤沢に取り揃えた。これらは三つのファクトリーやベンチャーガレージ、アップキャンパスの学生はもちろん、パートナー企業の社員や外部研究者、起業家、他大学の学生なども含めて、ここに出入りする人なら誰でも自由に利用できる。思い立ったらアイデアをすぐ形にできるので、プロトタイプが当たり前のように散らばり、実に刺激的な空間になっている。

「どの部屋も、中に入ると誰かが作業しているのが目に飛び込んでくる。その環境が人々をアクションに引き込みます。そうした作りを心がけています」(サンタマキ氏)

インテリアに可変性の高いツールを組み合わせたことも特徴だ。壁の多くは固定せず、貨物船のコンテナを使った箱型のスペースは移動が容易。学生向けのプーハマーと呼ばれる作業スペースも自在にデザインできる。

さらに、カフェコーナーをあえて1カ所にして自然なコミュニケーションを促すなど、交流を活性化する仕掛けもある。まさに物心両面からユーザーたちのクリエイティビティをかきたてる工夫が凝らされている。

学生は経験を積み、企業はアイデアと若い人材を調達する

パートナー企業はフィンランドのみならず、日本、スウェーデン、オランダ、ドイツ、エストニアなど多彩だ。学生達が取り組む課題は全て実際に企業が抱えている問題で、企業側が解決できない難解なテーマも少なくない。

しかし学生たちの問題解決能力は高く、参加する企業は舌を巻くという。「全く違う視点からの提案は企業にアイデアの見直しや姿勢転換の機会を与える」(エクマン氏)。実際に製品化されたものは、携帯電話のワイヤレス充電ステーション「PowerKiss」や、投げられるワイヤレスマイク「Catch Box」など20以上にのぼる。

企業が求めるのはこうした新鮮なアイデアと固定観念に捉われない思考だ。それを専門業者に発注するよりローコストで入手できるうえ、プロジェクトを通じて優秀な人材をスカウトできる。イノベーションを主導できる人材は競争力の源泉となる。熱い視線を向ける企業は多い。

若者たちの探究心と技術が新たな視点を生み出し、企業にブレークスルーをもたらし、未来を変えていく。アールトデザインファクトリーは総合的なデザイン分野の教育、研究、応用のためのグローバルなプラットフォームとして、そしてイノベーションの連鎖を生み出す舞台として、その地位を確立しつつある。

WORKSIGHT 04(2013.6)より

コンピュータルームの様子。学生のプロジェクトは2人一組が多いため、2人用の1を多数用意している。端末には専門的なソフトウェアがインストールされている。

ビッグシスターと呼ばれる部屋。天井に8台のカメラが取り付けられた部屋で、消費者の行動観察に使われる。写真は8台のカメラをコントロールする端末。こうしたデータ収集装置が豊富なのもADFの特徴だ。

キャンパス内には、起業家支援のための環境が併設されている。北欧最大のスタートアップ支援プログラムを提供する「ベンチャーガレージ」では、これまでに70以上のベンチャー企業が生まれている。北欧最大のベンチャー支援イベント、スタートアップサウナの拠点でもある。
http://startupsauna.com/

マイクロソフトとノキア、アールト大の共同出資で作られたコラボレーションオフィス「アップキャンパス」では、学生と企業がコラボしながらWindows Phone向けのアプリを開発している。 https://ace.aalto.fi/appcampus/

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

RECOMMENDEDおすすめの記事

オープンなオフィスでこそチームワークは加速する

[Cambridge Associates]San Francisco, USA

子どものクリエイティビティを育むAI時代の寺子屋

[竹内薫]サイエンス作家、YES International School 校長

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する