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自由と明確な目標が生産性を最大化する

仕事と遊びをミックスした変化豊かな空間

[Google]New York, USA

  • 達成困難なプロジェクトでも社員の情熱と生産性を引き出す
  • 制度や空間に「自由に決めてよい」領域を積極的に設ける
  • 革新的なIT事業でトレンドの起点となり成長を持続

2004年、カリフォルニア州のマウンテンビューに本社を移したグーグルは、いまや世界40カ国以上に70以上のオフィスを擁するまでに事業を展開させている。インターネット事業といえばフラットなイメージだが、建物はどの支社も各国の文化に溶けこみ、地域色を前面に押し出している。ニューヨーク支社のビルは、元は港湾局が使用していた歴史ある建物。むき出しのレンガの壁面が、いかにもニューヨークのアパートらしい風情となっている。

ニューヨーク支社には、約3500人が勤務しており、従業員は広告部門と開発部門でそれぞれ半分ずつを占める。ニューヨークは広告・メディアの集積地なので、営業部隊が手厚く展開しているのだ。開発面でいえば、ニューヨーク支社は、Google DocsやGoogle Driveの開発拠点となっている。すでによく知られたことだが、建物に足を踏み入れれば、グーグルが仕事と遊びをミックスした文化を持っていることを改めて実感する。デスクが並ぶ仕事場の他には、休憩やストレッチ、ビデオゲーム、ビリヤードや卓球をして遊ぶコーナーが、そこここに設けられているのだ。グーグルでは、こうした活動が脳の仕事で使う部分以外を刺激すると考えられている。社員は一生懸命働き、一生懸命遊ぶことで、脳の全ての部分を活性化できるようになっている。

「決断を下すこと」がマネジメントに最も重要なスキル

結果に責任は求められるが、社員の仕事はフレキシブルで、どのような時間配分で仕事を進めるかは、各人に委ねられている。開発を担うエンジニア達は、11時前くらいから忙しくしていることが多く、調子が出ない時間帯で、彼らが「アフタヌーン・スランプ」と呼ぶ午後4〜5時頃には、スナックを食べたり、ゲームをしたりしている姿をよく見かける。ゲームやスポーツのクラブ組織も50〜60ほどあり、多くの社員が定期的に集まって趣味の時間を共有している(東京オフィスには100ほどもあるという)。その自由な雰囲気は、アメリカの大学の学生生活を思わせるほどだ。

グーグルのマネジメント層が従業員のクリエイティビティを保つために重要視しているのは、「自由でありかつ明確な目標がある」という環境を保つこと、とプロダクト部門を統括するディレクター、ジョナサン・ロシェル氏は言う。「グーグルは、社員にとても高いレベルの目標を課しています。ですから失敗も織り込み済みで、すべての目標が達成されることはないだろうとマネジメント層は承知しています。だからこそ、社員が仕事を楽しみに出社してくるような環境を調えることが大切なのです」

そのためにまず必要なことは、マネジメント層が決断力を持つこと。仕事に優先順位をつけ、一番最初に何をしなければないかを部下達にディレクションしてやることだ。さもなければ、現場は膨大な仕事量に押しつぶされ、いたずらに疲弊してしまう。ロシェル氏は「プロジェクト・マネジャーとイノベーターにとってもっとも重要なスキルの1つが決断力です」と指摘する。決断には勇気を伴うが、決断をしなければ問題は解決しない。決断にストレスを感じて先送りにするのではなく、むしろ決断を下すことに自信が持てることが、リーダーの資質として求められているというわけだ。

もちろん、決断すべき問題は大小あり、現場の一人ひとりにも日々決断は求められている。だからロシェル氏は、チームのメンバーそれぞれに、常に最善の決断を下し、積極的にプロジェクトを正しい方向に導くことを求めている。それはロシェル氏が「決断を下す人は他の人よりもよいアイデアを持っていることが多い」と考えているからだ。

設立:1998年
本社:カリフォルニア州マウンテンビュー
売上高:約50億ドル(2012年)
従業員:約4万5000人

ニューヨーク支社の建物は、エンパイアステートビルを凌ぐ広さで、 ニューヨーク市で2番目に大きい。当初、営業部門のために設立されたが、その後、エンジニア部門も設けられた。
http://www.google.com/

受付を抜けると、過去の様々なデバイスが展示されたコンピュータ・ミュージアムのコーナーがある。テクノロジーへの敬意を忘れないためだ。

ジョナサン・ロシェル
Jonathan Rochelle
(プロダクト部門ディレクター)

  • 24時間いつでもスナックが楽しめるマイクロキッチンのコーナー。手前ソファはレゴブロックの形になっている。

  • 朝食が8時〜9時、昼食が11時半〜2時、夕食が6時〜8時半に提供されている。梯子で上の階と行き来できる個所があり、遊び心のあるつくり。

  • ニューヨークのアパートの一室をイメージした会議室。バスタブの上に厚いガラス板をわたしてテーブルにしている。壁紙の冷蔵庫の部分のマグネットは実施に使用できる。

  • ライブラリ。落ちついて考え事をしたい時に利用する社員が多い。書籍はほとんどプログラミングに関するもの。日中の騒がしい時間帯でも、静かに過ごすことができる。

データを重視し、
失敗もオープンに論じ合う

もちろん、決断は間違っていることもある。そこで検討材料として大事なのがデータだ。自分の意見を持つことも大切だが、それが正しい方向にあることを示すには、データを提示しなければならない。グーグルでは、社員が意見を述べたり、決断を下すようなときは、どんなデータを根拠にしたのかを皆で確認して議論する、という文化が定着している。

「データを重視するというのは、グーグルの中でも重要なカルチャーの1つといえるでしょう。イノベーションの過程では、チーム全員が同じ価値観を共有し、オープンで正直でなければなりません。自分が失敗したときも、それを認めて皆でシェアする、という姿勢が必要です」(ロッシェル氏)。自分はこれを試したがうまくいかなかった。その理由はこうだ。そんな情報を常に正確に共有しているチームの空気が、イノベーションのスピードをアップさせるのだ。「失敗は恥ずかしいことではありません。イノベーションの過程で人は失敗するのです。問題は、その失敗をオープンにして、次はどう防ぐかを考えることです」。

イノベーションはルールではなく自発性から生まれる

グーグルが社員をクリエイティブに保つために実施している制度として、「20%タイム」の規則は有名だ。社員は、就業時間のうち、20%は担当業務以外のことに取り組まなければならないと定められている。つまり、時間にして1週間に少なくとも1日は、他のプロダクトに取り組んだり、興味のある活動をしたりして、自分を高めるために時間を使うことになる。グーグルでは、これが仕事への興味を持続させるカギになっているのだ。

このルールの発想は、より大きな文脈として、グーグルの経営論の基底にある「70%・20%・10%」という方法論に基づいている。これは経営資源をどこに投資すべきかの配分を示した数字で、70%はコアビジネスへ、20%はコアビジネスに関連するものへ、10%は全く新しいものに対して投資する、という方法だ。グーグルでは、大小の組織レベルでこのルールを運用し、生産性と革新性を維持している。例えば、10人のチームなら、7名は正攻法でプロジェクトにぶつかり、2名はその周辺で新しい試行錯誤を重ね、1名は彼らとは別の全く新しい何かに取り組む、という具合だ。

エンジニア同士では、例えば、Google Docを開発しているチームヘは、他の開発チーム(検索部門など)の20%が週1日、働きにやってくる。頻繁に違うチームのメンバーと一緒に仕事をするこのような仕組みは、一見、非効率にも思えるが、こうすることでお互いに技術を教え合い、新しいアイデアを出し合い、刺激し合って仕事への情熱を高めるきっかけになるため、むしろメリットのほうが大きい。なかには、そうして参加したチームに完全に加わる社員も珍しくなく、社内で適材適所を向上させるリクルーティングの方法としても役立っている。

20%ルールで社員個人が行っている活動は、多岐にわたる。「エンジニアリングに関連する活動が多いですが、そうしなければならないというわけではありません」とロシェル氏。週に1日学校でプログラミングを教えに行く、という社員もいれば、近くの公園を掃除してくる、という社員もいる。地域の子ども達と接する機会を設けたり、恵まれない子どもやNPOの活動に加わるといった行動を選ぶ社員もいる。

様々な活動を通して何らかを学んだ社員達は、それを組織に還元する。グーグルは、こうして厚みのある組織として成長してきたのだ。そこには、社員が自由な空気のなかで自主的に活動し、新しいアイデアを周囲に発信できる土壌がある。イノベーションそれ自体はルールから生まれるものではなく、自発的なクリエイティビティから誕生するものと、グーグルのマネジメント層は考えているのだ。

自分自身で作り上げる仕事環境

モチベーション維持のための環境といえば、グーグルでは、食事のサービスも充実している。「バラエティーが豊富で美味しくヘルシーな食事を好きなときに、無料で食べられる。これは社員の生産性を引き出す上で、もっとも重要なことの1つでしょう」とロシェル氏。建物内のカフェテリアは24時間空いており、1日3食、決まった時間に食べられるようになっている。オフィスに居ながらにして楽しく食事ができるので、外出する必要がなく、食事の時間を丸ごと息抜きの時間にあてられるのは、意外に大きい。建物の外に出て飲食店で食事を済ませて帰ってくると、それだけでも結構な時間を使ってしまうからだ。

仕事エリアは、やや机が混んでいるのが気になるというロシェル氏だが、実は社員たちはそれをあまり気にせず仕事に集中している。というのも、デスクをどう配置するかはみんなで自由に決められるので、仕事環境を自分で好きなように作り込めるようになっているからだ。デスク周りのデコレーションも奨励されていて、おもちゃや植物を置き、皆が個性を発揮している。気分転換にラップトップを持ち歩いて、ソファやデスクを行き来して仕事をしているし、もちろん、必要ならば、自宅で仕事を進めることも構わない。

グーグルが社員に求めるハードルは高い。だが、職場にはたくさんの楽しみがある。イラついた表情でデスクに向かう人はなく、みな笑顔で働いているという。自由に任せることが生産性を大きく向上させる方法であることを、グーグルは実証している。

WEB限定コンテンツ
(2013.4.10 アメリカ ニューヨークのオフィスにて取材)

マイクロキッチンの隣にはレゴブロックのコーナーがあり、社員が作った作品が並べられている。

一面がホワイトボードになっており、自由に落書きをしてブレーンストーミングができる一角。

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