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誤解されている「ビッグデータ」の本質

ビッグデータの活用がもたらす成果への新しいアプローチ

[城田真琴]野村総合研究所 先端ITイノベーション部 上級研究員

データ量を表す単位「ペタバイト」という言葉をみなさんはご存じでしょうか。1ペタバイトは約100万ギガバイトで、これは新聞の朝刊にして約100万年分の記事データ量に相当すると言われています。

1ペタバイトだけでも膨大な量なのに、「30ペタバイト以上のデータを保有している」とされているサイトがあるから驚きです。それは、ユーザー全体で毎月300億もの新しいコンテンツが生み出されているFacebookです。フェイスブック社では気の遠くなるほどの量のデータを細かく分析し、Facebookの特徴のひとつである「知り合いかも?」の提示などに役立てています。アマゾンの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の提示と並ぶ、ビッグデータ活用の好例です。

「ビッグデータ」=「大量のデータ」ではない

ただし、いわゆる「大量のデータ」イコール「ビッグデータ」と捉えてしまうと、本質を見誤ることになります。「Volume」、「Variety」、「Velocity」の「3つのV」の特性を持ったものこそが「ビッグデータ」なのです。

まず、「Volume(ボリューム)」とは、そのまま「データ量」を表します。現状では数十テラバイトから数ペタバイトクラスのデータが「ビッグデータ」と呼ばれています。規模としては、スーパーマーケットの売上情報や顧客の個人情報など、これまで言われていたいわゆる「データ」です。次に「Variety(多様性)」。これはウェブのログデータやコールセンターの通話履歴、ツイッターやフェイスブックのテキストデータなど、従来は「経営に活かすデータ」としてみなされていなかった、多様なデータを指します。最後に「Velocity(速さ)」ですが、これはデータの生成頻度や更新頻度が高いという特徴を示した言葉。コンビニエンスストアなどで24時間発生し続けるPOSデータ、ウェブのクリックストリームデータなどが含まれます。

つまり、量だけではなく、多様性や更新頻度を含めたデータの価値に気づき、分析し、企業戦略に組み込むことが大切です。企業が次世代まで生き残る鍵は、こうしたビッグデータを活かす力をいかに早く身につけるかにあると思います。

身に付けたセンサーでコミュニケーションを可視化

例えば海外では、職場の生産性向上にビッグデータを活用しようという動きがあります。センサーを組み込んだツールを各社員が身につけ、いつも通りに働いてもらいながら、社員同士がどのようにコミュニケーションをとっているかを調べるのです。これにより、「双方向のコミュニケーションが成り立っている」、「上司ばかりが一方的に話をしている」、「(そもそも)誰かと話をしようとしていない」といった結果が手に入ります。それを分析し、可視化することで、生産性と社員間コミュニケーションとの相関関係を調べるわけです。

日本にも似たようなシステムがあり、日立製作所の「ビジネス顕微鏡」が特に知られています。これは加速度センサーや赤外線センサーを組み込んだツールを使って、社員がオフィス内でどのような導線で働いているのか、どのようなコミュニケーションをとっているのかを調べ、売上との関連性を探るためのシステムです。

こうしたデータは、例えばオフィスのレイアウト設計にも役立ちます。1つのユニット(課)を同じフロアに固めたほうが団結力が高まるのか、それともフロアをまたいで配置したほうが横断的でダイナミックな動きができるのか……といったこともデータを踏まえ、客観的かつ合理的に議論できるわけです。また、研究レベルですが、アメリカのユニティ大学では、特に「会話」に着目し、話す際のスピードや声のトーンを分析してコミュニケーションの質を測ろうとしています。これも興味深い例といえます。

他にも、パソコンに向かっている姿勢をカメラで撮り、机に対しての体の角度がどれくらいだと生産性が上がるのかといった、一見バカバカしいと思われる研究も行われているようです。近年はデータの蓄積にかかるコスト(ストレージコストなど)が下がってきているので、こうした些細なデータでも「とりあえず蓄積しておこう」という機運が高まっています。こうした傾向もビッグデータというコンセプトが浸透してきたからこそ、といえるでしょう。

城田氏の著書『ビッグデータの衝撃』(東洋経済新報社)。グーグルやフェイスブックなど、インターネット、IT業界の雄に共通するキーワード、それが「ビッグデータ」。本書は、ビッグデータの価値を認識し、使いこなすためのヒントにあふれた一冊だ。ベストセラーとなった前著『クラウドの衝撃』同様、具体的な事例を豊富に盛り込みながらビッグデータの本質や課題が丁寧に解説されている。

ビッグデータで
「採用すべき人材」がわかる

おもしろいところでは、最近、ビッグデータが人材採用の場面でも活用されている例があります。コールセンターなど、時給で働くスタッフが多いところでは、どうしても人の入れ替わりが激しくなってしまいがちですが、会社が投下する教育コストを考えると、当然、少しでも長く働いてもらうほうが望ましい。そこでビッグデータを活用し、どういった人材がコールセンターでの業務に向いているのか、また、コールセンターで長く働いてくれるかを調べるわけです。

例えば、アメリカのゼロックス社では、採用プロセスの中での性格テストなどのデータを蓄積して分析し、ある結論を導き出すことに成功しました。驚くことに、離職率と過去のキャリアや現在のパフォーマンスとは、相関性が見られなかったというのです。それより何よりパーソナリティが重要で、コールセンターで離職しづらい人材の条件は3つ。まずは「知識欲が適度に旺盛ではなく、クリエイティブな人」。知識欲が極度に旺盛だと、コールセンターの業務はすぐにつまらなく感じてしまうのでしょう。2つめは「信頼できる交通手段で通うことができる人」。「信頼できる交通手段」とは、電車など時間の狂いがあまりないものを指します。バスや車での通勤だと時間がずれる可能性があるため、時給で動くことの多い仕事にはあまり向いていないのでは、というわけです。職場の近くに住んでいることもポイントです。そして最後が「3つ以内のSNSを使っていること」。社会とのつながりをとろうとする姿勢がこの仕事に向いているのだろうか、と思われるかもしれませんが、4つ以上使っていると不向きらしいです。

このように、ビッグデータを活用することで、かつてなかった切り口から人材を分析できるようになっています。近い将来の人材採用プロセスに大きな変化が生じることは、十分考えられます。

「暗黙知」のノウハウ共有も可能になる

人材の採用にかかわるシーンだけでなく、保険の営業といった、経験に裏打ちされた「暗黙知」が成果のカギを握る仕事においても、ビッグデータは活用されつつあります。どんな方法でプレゼンをしているのか、セールストークはどのようにしているのか、どうやってクロージングに持っていくのか……といった暗黙知を共有しようという動きは、ナレッジ・マネジメントが流行した際にも存在しました。しかし、結局のところ、できる営業マンにとっては、自らが必死になって作り上げたノウハウを公開することになるため、社内のこうした動きには非協力的になってしまいます。そこで、営業マンが用いるタブレット端末などに仕掛けを施してログを記録します。こうすれば、営業マンの積極的な協力がなくても、彼らのノウハウを共有することが可能になります。

さらに、チェーン展開している飲食店などでは、店員の店舗内での動き、導線を分析して店舗のオペレーション改善に役立てているという例も見られます。ある程度、業務のオペレーションが固まっている職場だと、問題点を見出しやすく、比較的効果が出やすいという面があるのでしょう。

このように、ビッグデータの活用領域は、日々広がりを見せています。アイデア次第で、さまざまな業務改善に役立てることができるのです。

WEB限定コンテンツ
(2013.3.15 千代田区のオフィスにて取材)

城田真琴(しろた・まこと)

野村総合研究所先端ITイノベーション部上級研究員。北海道大学工学部卒業後、大手メーカーのシステムコンサルティング部門を経て、2001年より現職。現在はITアナリストとして先端テクノロジーの動向調査やベンダー戦略の分析などを進め、同時にそれらをもとにしたITの将来予測とベンダー、ユーザー双方への提言を行っている。

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