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オンラインとリアル空間の連携が学習を豊かなものにする

「ブレンド型学習」の可能性と「学び方」の未来

[山内祐平]東京大学大学院 情報学環 准教授

私の研究の基盤はもともと、デジタル教材やオンライン学習のほうにあります。その過程では、NHK教育テレビのウェブサイトのデザインに関わったり、デジタル教材を作ったりしてきました。そこで学んだのは、デジタルやオンラインの世界だけで学習を完結させるのは非常に難しい、ということ。よく「ブレンド型学習」と言われますが、対面の学習とオンラインの学習がブレンドされたかたちのほうが、より豊かなものになる。そんな経緯から、ワークショップや空間づくりのほうにも研究領域が広がっていきました。

ここでは、近年の研究成果として、ベネッセコーポレーションと共同で行ってきた「Socla(ソクラ)*」というプロジェクトをご紹介したいと思います。

これは高校2年生を対象に、フェイスブックで繋がった大学生や社会人からなるサポーターのアドバイスを受けながら、キャリアプランを考えてもらうという試みです。例えば、宮城県に住むある高校生は、「文学部哲学科に進学すると、就職が難しくなるか?」という課題に取り組みました。毎日レポートを提出し、フェイスブックを通じてサポーターからサジェスチョンをもらう。2週間という短い期間でしたが、キャリアに対する考えが相当深まったようです。

学習コミュニティからの離脱を防ぐもの

「ソクラ」を始めて3年目になるのですが、面白いことがわかっています。今年は、対象となる高校生の半分をブレンド型学習に、もう半分をオンライン学習のみにに振り分けたのです。ブレンド型学習といっても、最初に顔合わせのパーティを、最後に発表会をするだけで、残りはオンライン学習と内容に変わりはありません。それなのに、結果に大きな違いが生じました。

ブレンド学習とオンライン学習の両者に共通する結果として挙げられるのは「将来に希望が持てる」「進路決定に不安が下がる」と答える高校生が増えたことなど。学習のクオリティもほとんど同じでした。その点では、オンラインだけでも十分な学習ができると考えられます。ただ、コミュニティからの離脱率が全然違う。オンライン学習だけの高校生は、コミュニティからドロップアウトしてしまう割合がずいぶん高いという結果が出たのです。

その違いがどこから生じたのかといったら、やはり対面における人と人との繋がりがあったかどうか、と言えるでしょう。たとえパーティと発表会でしか顔を合わせなかったとしても、そこには確かな人と人との繋がりが生まれ、学習から離脱しにくくなるようなのです。

これは「フェイスブックには足りないものがある」というよりも「リアルな空間のほうがリッチなもの、豊かなものがある」と考えるべきだと思います。簡単に言えば、フェイスブック上では、みんなとお花見したくてもできないなど、一見ささいなことですが……。こうしたことから、ある学習コミュニティを継続する上では、オンラインのみならずリアルな空間も伴うほうが、メンバーのコミュニティに対するロイヤリティが高くなるので望ましい、と考えることができます。今後、学習環境を考える際には、オンラインとリアルの空間をどう組み合わせていくか、というところが、1つの重要な課題になっていくはずです。

東京大学本郷キャンパス情報学館・福武1F「学環コモンズ」。学生・教員間の学際的な交流を通して新しい気づきや研究テーマが生まれる場として利用されている。

*Socla(ソクラ)プロジェクト
ベネッセコーポレーションと共同で山内氏が立ち上げたソーシャルラーニングプログラム。高校生がSNSを活用して高校生・大学生・社会人と交流し、国語・数学の基礎的な学びのスキルや、働くこと、大学進学の意味などについて学ぶことができる。 https://www.facebook.com/BEAT.Socla

社内SNS上に学習コミュニティが生まれている企業も

最近、企業の方と話をしていて実感するのは、企業は儲かるところには集中的に投資できても、儲かるかどうかわからないところにはなかなか投資ができない、ということです。そういう意味で、「ソクラ」のような試行錯誤を通して人間の能力開発の道を探るというやり方は、大学ならではのアプローチとも言えます。

しかし一方、「ソクラ」のような学習環境を作りたいと考える企業も現れ始めているのも事実です。あるIT企業では、社内SNSの中でさまざまな研究会が立ち上がっています。例えば、グローバル人材に関して考える研究会。要するに海外経験のある人の話を聞く会なんですね。普通、会社からただ「英語を勉強しろ」と言われても、手の付けようがありませんよね。でも仕事で英語を使った経験者が、「自分はあの国に行ったとき、こんな勉強をした」「この勉強は役に立たなかった」と語る機会があれば、ぜひ聞いてみたいと思う。こんなふうに学習コミュニティとして、参加者の学習モチベーションを上げる機能を強く果たしているようなんです。

そのIT企業は社内SNSを利用して新製品開発ができないか、とも検討していました。IT企業ですから、システムはすぐに作れるでしょう。しかし、そのシステムを利用して活発に交流するコミュニティを育てられるか、あるいは学習空間を作れるかというと、また別の工夫が必要になってきます。そして、その部分こそ難しいわけで、空間、活動、共同体、人工物と全部を揃えた学習環境を備えて成果を上げる企業が登場するのは、まだ先のことになりそうです。

オンラインとリアル空間をセットでデザインする時代に

今後、学習環境を考える際にキーとなるのは、前回の記事で触れた「反転授業」だと思っています。私たちが「ソクラ」で実践したブレンド型学習も、オンライン型学習と対面型学習の連携を意識したものですが、まだ徹底されているとはいえません。いわば、リアルとオンラインの環境がそれぞれ別々にデザインされているので、両者の環境をセットで1つのデザインとして収斂させていく必要があります。

これもまた難しい課題で、フェイスブックですら、企業の運営においてのリアル空間とオンラインが連携していません。社内コミュニティは全部フェイスブック上にあり、オフィス空間もかっこいい。しかし、それらの機能は決して有機的に関連づけられているわけではありません。

解決の仕方として、正攻法でいくなら、情報空間にあるものをリアル空間で可視化されるサイネージ的なしくみを構築する、といった手法が考えられるでしょう。あるいは逆に、コーヒーコーナーでふと始まった会話がそのままオンライン上に記録されていき、その記録情報がまたワークショップにおいてリアルに活用されていく……とか。そういった、リアル空間とオンラインの微妙な往復運動を意図的に仕掛けていくような試みは、まだ企業も大学も積極的ではないように思います。しかし10年後の未来には、そのための新たな技術も登場するし、活用して成果を上げる人も増えてくるのではないか、と期待しています。

WEB限定コンテンツ
(2013.4.2 東京大学 本郷キャンパスの研究室にて取材)

「オンラインとリアルの環境をどうハイブリッドして構築するかは、これからの学習環境を理想を考えるうえで、最も重要なテーマの1つと言えるでしょう」

山内氏の著書でも、当然、主題は学びの4要素である「空間」「活動」「共同体」「人工物」。近著に『ワークショップデザイン論ー創ることで学ぶ』(共著、慶應義塾大学出版会)

山内祐平(やまうち・ゆうへい)

東京大学大学院 情報学環 准教授。1967年、愛媛県生まれ。大阪大学大学院 人間科学研究科 博士後期課程中退後、同大学助手、茨城大学人文学部 講師・助教授を経て、2000年より現職。

 

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