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情報化で生まれる新しい学習のかたち

学習環境を「空間」「活動」「共同体」「人工物」の4領域から考える

[山内祐平]東京大学大学院 情報学環 准教授

私が研究テーマにしている学習環境デザインとは、情報化により社会が絶えず変化する時代にあって、人が学習して賢くなるために何が必要なのか。ざっくり言うと、そんな内容になります。学習という人間の営みは古くから続いているものですが、情報化をきっかけに大きく変わろうとしており、時代に取り残されないためには、学校・企業組織を問わず、適応を迫られています。例を挙げてみましょう。

今、世界中の大学で「MOOC(ムーク)」(Massive Open Online Courses)が大きなインパクトをもたらしています。これは大学の講義をネットを通じて世界中に公開されるプログラムのこと。過去のオンライン講座と違うのは、授業を撮影した映像を一方的に流すだけに終わらないことです。宿題や試験があり、水準に達すれば修了証も出る。しかも無償です。スタンフォード大学の教員が立ち上げた「コーセラ(Cousera*)」というMOOCがありますが、ここから配信されているのは、東大を含む世界60以上の大学による多種多様な講座。世界中から300万人近い受講生が参加し、トップクラスの知にアクセスしているのです。

このトレンドは加速こそすれ、逆行することはないでしょう。つまり、今の世の中、「先生が説明して学生は知識を習得する」という説明型の講義であれば、もうオンラインで十分なんです。そうなると対面型の授業では新しい付加価値が必要になってくる。例えば、説明型の講義をオンライン教材化して宿題にし、教室では応用課題を対話的に学ぶ、であるとか。こうした授業形式は「反転授業(Flipped Classroom)」と呼ばれ、アメリカでは、すでに現場で展開されています。

空間が人間の学習のあり方を規定する

情報化の時代の学習に必要なものを、私は「学習環境」と総称しています。その学習環境をデザインするときの要素には、「空間」「活動」「共同体」「人工物」の4つが必要だろうと仮説的に考えています。これらをトータルに研究することで、新しい学習のあり方を模索できるのではないか、というわけです。最近企業からも注目されているワークショップや学習コミュニティなども、この4つのうちに含まれています。

1つずつ順に説明していきましょう。

まず、学習における「空間」ですが、学習空間はダイレクトに学習を誘発するわけではありません。ただし、ある種の空間のあり方が、人間の身体の動きや姿勢を規定するのは事実。だから、求める学習活動があるのなら、それを疎外しないような空間づくりが重要になります。

わかりやすい例は、大学の講義室ですね。机と椅子が固定されていて、学生は黒板のほうを向くしかない構造になっている。この空間は、学生たちが4〜5人集まってグループワークをすることから疎外しています。もしもグループワークを活性化したいなら、別のあり方を持った空間を用意する必要があるわけです。

私がデザインにかかわった東大の「駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS:Komaba Active Learning Studio)」はそのような試みです。机はどれもキャスター付きで自由に移動できるようになっていて、2〜6人のグループワークにぴったりです。つまり、この空間は「ここはグループワークをする場である」というメッセージを発しているわけですね。冒頭で触れた反転授業も、こうしたタイプの教室が生きる学びの形です。

ワークショップを機能させるのは文化的蓄積

次に、「活動」という切り口では、ワークショップ型学習のデザイン手法などを研究しています。ですから、企業に対して「商品企画にワークショップを取り入れるなら、こんなふうにするといいですよ」などとアドバイスをすることもあります。ただ、企業の場合、問題が生じるのはワークショップのデザインの部分ではないことが多いのです。

というのも、問題は、ワークショップをとりまく組織論的、経営論的な文脈のほうで生じているからです。例えば、そこで生まれたアイデアが実行されない、ステイクホルダーがちゃんとワークショップに参加できず、その価値を理解できない、といった事態です。ワークショップを活用するということは、単にワークショップそのものをデザインすればいいという話ではありません。同時に、会社のなかでワークショップを生み出し、実務に繋げるコミュニティもデザインしなければならないということです。

これは、あるスキルを持った人材が仕切ればうまくいく、というものでもありません。東大には大学院生向けにワークショップの企画運営を教える授業がありますが、それも目的は「スキルを教える」ことではないんです。そこで教わることは、「ベストプラクティスを共有して、トライアルしていく」ことだけ。ワークショップにおいて、スキルを発揮して活躍する人間がいたとしても、その人は、そこにある人間関係や文化、価値観から切り離されてしまったら、多分何もできなくなってしまう。組織の中に、彼を生かすような”文化的な蓄積”があってこそ、初めてスキルも生きてくる、というわけです。

山内准教授が研究室を置く東京大学本郷キャンパス情報学環・福武ホール1F「学環コモンズ」の一角。情報学環・学際情報学府の全メンバーが利用できるコミュニティスペースで、リラックスしてさまざまな共同作業ができるようになっている。

*Coursera
世界中にトップレベルの教育を配信するために、スタンフォード大学の教授などが中心となって立ち上げたプロジェクト。アメリカのトップ校と各国から5校ずつしか参加できない。モンゴル在住の15歳の少年が物理のクラスで満点を取りMITへ入学する例が話題となるなど、知的人材のさらなる流動化を予感させるプラットフォームだ。 https://www.coursera.org/

Courseraの公開授業
https://www.coursera.org/courses

駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS)は、「理想の教養教育」の実現を目指して生まれた学習環境。従来の聴講型の授業に対して、能動的なワークショップを通して学ぶ「アクティブ・ラーニング」(能動的な学習)に力点を置いている。
http://www.kals.c.u-tokyo.ac.jp/

継続的に発展する学習コミュニティのあり方

3つ目の「共同体」という切り口を通して注目すべきは、学習コミュニティです。私の場合、その理想のあり方としては、「実践共同体(COP:Community of Practice)」という考え方に学ぶところが多いと考えています。COPとは、要するに、何か目標があって人々がつながり、ある実践(プラクティス)を共有するコミュニティのことです。

一般的に、イノベーティブと言われる企業にはCOPがあちこちにできているものです。一番わかりやすいのは勉強会です。「これは大事な課題だから」といって、異なるセクションの人間が越境的に集まり勉強会を開く。企業からアサインされたコミュニティよりも、そうやってメンバーが自発的に集まって生まれたコミュニティのほうが、学習を強く促すということです。

そこで私たちが研究しているのは、例えば勉強会が単発で終わらず、継続的に発展していくようなコミュニティとはどうあるべきか、です。

とはいえ、どんな企業にも適用できるオールマイティな方法論があるわけではありません。大切なのは、その企業に内在している”芽”をどう見つけるか。どんな組織にも1割ぐらいは「これって大事だよね」「勉強会を開きたいな」と考えている人がいます。その1割が「自由にやってもいいんだ」と思えるように上司が奨励したり、勉強会の存在を組織内に広めたり。こうした文化がある組織が望ましいと思います。

人と人との間に知識を流通させるもの

最後に、「人工物」という切り口ですが、これは対象範囲がかなり広くなります。空間があり、コミュニティがあり、ワークショップが行われていたとしても、そこに情報が焼き付けられた人工物がないと、人と人との間に知識が流通していかないわけですから。本や雑誌、電子教材、あるいはホワイトボードもそうなんですが、これら人工物が空間・活動・共同体を繋ぐ役割を果たしているのです。

例えば、何か学習をするときの教材とは、どうあるべきかと考える。このときのポイントは、学習に必要な情報リソースを適切なときに適切に手に入るよう構成されていることです。人間の情報処理能力には限りがありますから、すべての情報が目の前に差し出されると、かえって戸惑ってしまう。たくさんの情報があればいいなら「国会図書館に行けばいい」という話になりますから。つまり、そこでは情報を「提示しない」ことも重要になるわけです。そんなことを考えながら教材をデザインし、オンラインのほうがよければオンラインを使うし、手にとって眺められる本のほうが有利なら本を使う、といった具合です。

こんなふうに見ていくと、学習環境をデザインするには、非常に幅広い領域を見る必要があることがわかってきます。空間、活動、共同体、人工物と、1つひとつを整えるだけではうまくいきません。例えば、会社でイノベーションを生み出したいとします。そのとき、かっこいい空間を作るだけでもダメ。ワークショップが盛り上がるだけでもダメ。自発的に生まれた学習コミュニティも、優れた電子教材も、それだけでは学習を促すことはない。すべての要素が有機的に統合されて、1つの課題に向けて織り上げられていくようなダイナミックな人々の動き。そういうものを構成できるかどうかがポイントになるんです。

WEB限定コンテンツ
(2013.4.2 東京大学 本郷キャンパスの研究室にて取材)

「学びを通して成果を出すには、個々人のスキルを伸ばそうとするよりも、周囲との関連性やコミュニティの文化を育てる、という意識が大切です」

山内氏が学びの共同体のあり方として発想のベースとした『コミュニティ・オブ・プラクティス』(エティエンヌ・ウェンガー他 著、翔泳社)

山内祐平(やまうち・ゆうへい)

東京大学大学院 情報学環 准教授。1967年、愛媛県生まれ。大阪大学大学院 人間科学研究科 博士後期課程中退後、同大学助手、茨城大学人文学部 講師・助教授を経て、2000年より現職。

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