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2030年、AIとの共存で
人間のオリジナリティの確立が求められる

労働力人口が激減する時代、組織のあり方が問われる

[上田恵陶奈]株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント

日本の少子高齢化は世界に類を見ないスピードで進み、労働力不足が深刻化しています。2014年時点と比べて、2030年までに700万人以上の労働力が失われることが確定的です。今より多くの女性や高齢者が働くようになったとしても、依然として労働人口は225万人減少すると見込まれるのです(出所:労働政策研究・研修機構)。

この背景をひも解くとともに、ではこの問題に我々はどう向き合えばいいのかを提言すべく、野村総合研究所のメンバーとともに執筆したのが『誰が日本の労働力を支えるのか?』という本です。

人手不足を補う外国人労働力とデジタル労働力

労働力を補うにはいくつかの方策が考えられます。人の抜けた穴はやはり人で埋めるべきだということで外国人労働力に頼る方法もありますし、あるいは技術的に代替できる職業についてはAIやロボットといったデジタル労働力を活用することも有力な案です。

いずれにしてもある程度のサービスレベルの切り下げは必要となるでしょう。すでに小売業界など人手が不足している分野では、営業時間の短縮などサービス水準を引き下げる動きがあります。外国人労働者やデジタル労働力を補充したとしても、日本語が通じにくくなる、人間ならではの柔軟性の高いもてなしが期待できなくなるという具合に、サービスを提供する側の変化に消費者も歩調を合わせざるを得なくなるからです。


株式会社野村総合研究所(NRI)はコンサルティング、金融ITソリューション、産業ITソリューション、IT基盤サービスの事業を展開。従業員数は6,003人、NRIグループ全体で11,605人。連結売上高は4,245億円。(数字はいずれも2017年3月)
https://www.nri.com/jp/


『誰が日本の労働力を支えるのか?』(東洋経済新報社)。上田氏ほか、野村総合研究所の寺田知太氏、岸浩稔氏、森井愛子氏による共著。
オックスフォード大との共同研究を通じて日本の601職種について機械化可能性を判定しているほか、各分野の研究者とのディスカッションや独自の分析を元に2030年の日本の姿をシミュレーションで示している。

(『誰が日本の労働力を支えるのか?』p.30の図版を元に作成)

デジタル労働力で、人は付加価値の高い業務へとシフトする

ただ、日本は就労先としての経済条件がそれほど高くないので、外国人労働者を招こうとしても、思うように人は集まらないと予測されます。デジタル労働力については、このテーマで先行研究の進む英国オックスフォード大学と共同研究を行い、日本の労働者の49パーセントは技術的にはAIやロボットで代替可能* という推計が得られました。

49パーセントという数字は技術面だけからみたいわば最大値であり、実際には社会的要素などによって低くなります。一方で、この分析は全面的に代替できる可能性であるため、仕事の一部だけを自動化できる職種はもっとありますから、そういう意味ではさらに多くの方々が影響を受けると思われます。

ここで強調しておきたいのは、職場に自動化の波が押し寄せたからといって、ただちに人間が失業するというわけではないということです。機械が導入されて一つの業務が自動化されれば、人は余った時間で新しい業務を始めるでしょう。より付加価値の高い業務へとシフトする。それは産業革命以来、仕事の現場で見られてきた光景です。デジタル労働力は人の職を奪うものではなく、現実的には人と共存していくことになるでしょう。

* 高い確率(66パーセント以上)で、コンピュータで全面的に代替できる職種の労働人口の割合が49パーセントという集計結果になった。

(『誰が日本の労働力を支えるのか?』p.172の図版を元に作成)

より詳しい分析データや、こうした結論を得るに至った理由の詳細についての説明は本書に譲ります。ここでは研究成果を踏まえて、2030年に私たちの生活や働き方がどのように変化するか、また変化に対応するために何が必要かを考えてみたいと思います。

自分の長所や好奇心の方向をまずは見つめ直すこと

デジタル労働力との共生やグローバルな人材獲得競争といった変化を前に、我々日本人の働き手にはどういう構えが求められるでしょうか。

まず必要なことは、戦後の経済成長期の成功の方程式からの脱却です。当時は働き手の動きや能力を均質化して、組織全体で足並みを揃えて商品を大量生産していくことが良しとされましたが、今や他人と同じであることは美徳ではなく、自分のオリジナリティを持つことが大事です。

それは現代の日本人には容易ではないかもしれませんが、歴史を振り返れば、例えば幕末にはユニークな人たちを多く生んできましたからね。日本社会が今の均質性を捨てることは決して無理ではないと思っています。

3Dプリンタで何を作るかを考えてみてください。私なら息子のために作ってあげたいものがいくつか浮かびますけど、他の方ならオリジナルのプラモデルを作ってみようとか、新製品のプロトタイプ作りに挑戦したいといった発想があるかもしれません。モノづくりだけでなく、例えばネイルアートの好きな人なら、今は全く関係のない分野で派遣社員として働いていたとしても、兼業でネイルサロンを開いたっていい。

興味や関心を軸に、現状にとらわれずにチャンスを見ていくことが重要です。自分には隠された何かが眠っていると考えるのでなく、自分の長所や好奇心の方向をまずは見つめ直すこと。そこからさらに掘り下げていくことがオリジナリティの確立につながると思います。

フルセンテンスで正確に相手に伝わるコミュニケーション

働き手に求められる変化の2つ目は、考えていることをきっちり相手に伝えるコミュニケーション力や言語力を持つことです。

工業時代は全員が同じ動きをすることを目指して、インプットしたものを正確にリピートする教育や職業訓練が重視されました。インプットされた情報を正確に記憶し、手順を覚え、それを実施するということですが、今後はその部分がほとんど自動化されますので、知識を持っていることは差別化要素になりません。むしろアウトプットするときに自分の言葉でしゃべることの方がずっと大事になるわけです。

それには単語をぼそっと言うのではなく、フルセンテンスで正確に相手に伝わるようにコミュニケーションをしていくこと。子どもの教育についていえば暗記だけに偏らず、例えば教師との対話を通じて理解を深めるソクラテスメソッドなどの導入が望まれますが、いま社会人である我々のマインドセットは自分自身で変えるしかありません。コミュニケーション力というのは誰かが訓練してくれるものではないですからね。それをみなさんがどう自覚して動いていくのか、それも残された課題といえるでしょう。

創造性、ソーシャルインテリジェンス、
非定型の仕事は人が担う必要がある

注意したいのは、世の中で「いま」求められている要素で、自分の能力を評価しないこと。例えばプログラミング能力はいまは評価されますが、将来的にAIがプログラミングするようになれば、システムの全体を設計できるようなシステムデザインの能力の方がよほど重要になってきます。コードの記述の仕方より、人間が使いやすいシステムとはこういうものだという哲学を持っている人の方が優遇されるかもしれないわけです。

デジタル労働力による代替性が低く、人が担う必要がある仕事の特徴は3つのキーワードで示されます。芸術に加え哲学など抽象的な概念を整理・創出する「創造性」、他者との協調やネゴシエーション、サービス志向性といったコミュニケーション力を核とする「ソーシャルインテリジェンス」、マニュアル化しづらい業務、臨機応変な対応や状況判断といった「非定型」です。言い換えればこの3つが今後必要になる能力といえるわけで、この中で自分に当てはまりそうなものを考えていくとヒントになるのではないでしょうか。

仮にいまコンピュータを使いこなせず、窓際族と見なされている年配の社員がいたとしても、何かしら人の心をつかめるとか、お客様の信用を得られるといった能力があれば、将来的にその人は最前線のネゴシエーターとして活躍するかもしれません。そのくらい人の価値が移り変わっていくことが予想されます。

マネジメントの管理対象は「人」と「タスク」に分けられる

デジタル労働力と共存することで人間の仕事の領域がシフトしていくということで、マネジメントにも意識改革が求められます。

マネジメントの役割は2つあると思います。人を対象としたピープルマネジメントと、タスクを対象とする業務マネジメントです。いまは両方を同じ人が見ているけれども、これが将来は変わってくるかもしれません。

プロジェクト制が普及していけば、職位に関係なく、そのタスクをよく知る人がプロジェクトリーダーを務めることが増えるでしょう。一方、コーチングやティーチングの素養が問われるピープルマネジメントについては、経験の豊富な人が頼りになります。いわばピープルマネジメントのエキスパートが生まれてくるでしょう。

いまマネジメントをしている人は自分がどちらに向いているのかをまず見極めるべきで、例えばピープルマネジメントに向いていない人は無理に人をケアするスキルを身に付けようとするのではなく、割り切って現場マネジメントのエキスパートを目指すのも一手です。

いままでは全てを一人で見られなければマネジャーになれなかったけれども、今後は得意なものをとりあえず1つ持つことが強みになります。そういう意味で、できないことをできるように工夫するというのは、あまり合理的ではないと思いますね。

個人に寄り添うマネジメントや組織に変わっていく

部下の評価の仕方も変わってきます。今までは、例えば売上の金額や顧客の獲得数、英語の能力試験の点数といった定量指標があったけれども、それぞれの得意分野が変わるということは、そうした1つの物差しで部下同士を測れなくなるということ。従って、部下がうまく業務を進めているのかどうか、うまくいっていないならどうしたらいいかを個別に対処することが求められます。

ディスカッションパートナー、コンサルタント、コーチング、ティーチングなど、言い方はいろいろありますが、手法の違いこそあれ、1対1で向き合って、その人の目標を設定し、うまくいっていなければ修正する、そうやって寄り添っていくということが今後の評価の仕方になると思います。

そうなると1人のマネジャーがそう多くの部下を見られないという事態になります。でもそれでいいんです。というのも、AIで効率化される時代、オフィスにいまほど人が要らなくなるからです。業務の効率化と組織のスリム化を図って優秀な人材だけを集め、その一人ひとりに対してきめ細かいケアをしていくという具合に、今後はマネジメントや組織のあり方も変わっていくことでしょう。

WEB限定コンテンツ
(2016.5.26 千代田区の野村総合研究所オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

上田恵陶奈(うえだ・えとな)

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 2030年研究室 兼 コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント。東京大学法学部を卒業し、野村総合研究所に入社。英国University of Essex大学院政治経済学を修了。AI、決済、コンテンツなど複数の領域が融合した事業戦略の構築・実行支援、関連する政策立案に従事している。金融法学会会員、情報ネットワーク法学会会員。‎

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